痛み
アルマンが戻ってきた。
最近、出かけることが多い。
アシュリータは、彼がもともと人間であったとわかってから、彼に対する接し方にとまどっていた。と同時に、罪の意識で自分を責めてもいた。
(どうしたらいいの、私)
そんなアシュリータを見て、アルマンは少しだけ優しい態度をとるようになっていた。
「草原の方に行ってみるか」
彼女が何も答えないでいると、彼はそっと彼女を抱え、翼をひろげた。
「風にあたる方がいい」
そうして、冬なのに、色とりどりの花が咲いている草原に降り立った。
「どうした?」
アシュリータは泣きそうになった。
「私に優しくしないで」
アルマンは彼女に背を向けた。
「僕はずっと魔族について知りたかったけど人間には近づかないようにしてた。フェネルやゴヴィが知らせてくれるから魔族狩りに遭うこともなかった」
「じゃあ、なぜ私の前に現れたの?」
「声が聞こえた」
「…?…」
「君の」
「……」
「君の心の叫びが森中にこだましてた。それが僕の心の中の何かを動かした」
「……」
「僕には、人でいえば幼い頃の記憶がない。幼かった時があったのかもわからない。仲間がいた気がするが、気付いた時は一人だった。使い魔たちだけが傍にいてくれた。そんな時に見ていた都合のいい夢。僕はさらわれてきた人間の子なんだと」
「あれは、あなたのお墓だったのね?」
墓碑には年号の横に、『アルマン五歳』と彫られていた。生きていれば二十歳くらい。
「なぜか、あの墓にある名前が気になったのも、意味のないことだと思っていた。君が僕に触れるまでは」
そして、彼はまた彼女の方を向いた。
「君は僕の鍵なんだ。記憶が鮮明になる。これは夢なんかじゃない、と教えてくれる。僕だけじゃ無理なんだ」
「あなたの家族はまだどこかにいるかもしれない」
「近くに父親らしき人の名の墓もあった。そこを訪れる人はいない。たとえ、いたとしても妖魔となった僕に会いたいだろうか。知らない方がいいだろう」
アシュリータは胸を痛めた。
「あなたのお父さん……ずいぶんと探したでしょうね」
「……」
「でも、見聞きしている妖魔の姿とは違っていたから村の人たちに信じてもらえなかったのかも。ただの人さらいだと処理された? 本来なら魔族狩りの隊が動いてるはずだわ」
妖魔は人をさらう、それは子供の躾のために作りだされた話だとされていた。
「妖魔と人間の違いは何? 妖魔は幼いあなたをさらって何をしたの?」
「……」
「あなたをさらった妖魔も、あなたと同じ人間の目をしていた」
しばらく沈黙が二人の間に流れた。
アシュリータは足元にある白い花を見つめていた。
(これは本物かしら? それとも夢?)
花に触れようとしたとき、茎の鋭いトゲが目に付いた。
躊躇していると、アルマンがそれに気付いて、何のためらいもなく白い花を摘み、茎のトゲを払って彼女に差し出した。
「幻影でも痛みは感じる。気をつけろ」
その手には赤い血が流れていた。
アシュリータはその瞬間、とても切ない気持ちになり、思わず彼の手を白い花ごと自分の両手で優しく包んだ。
「あなたには暖かい血が流れてる。今まで私が殺してきた妖魔たちは一滴の血も流れなかった」
アルマンは微動だにせず、ただこう言った。
「元の世界に帰りたいか」




