記憶
彼は遅くにできた子供を可愛がっていた。
「お父さん、大丈夫? お薬飲む?」
初老にさしかかった父親と、まだ幼い子供が連れ立って歩いていた。父親はときどき咳をし、辛そうに歩いていた。
「大丈夫。少し休めば楽になるさ」
病気を患っていたが、まだ幼い子供のためにも少しでも長生きしたかった。
「お父さん。お母さんのお墓にあげるお花を摘んでいい?」
「遠くへ行くんじゃないぞ」
「うん、わかってる」
子供が駆けて行く姿を微笑ましく眺めていた。
と同時に、彼は遠くの村から嫁いできた妻を思い出していた。
(だんだん似てきたな)
妻の墓のまわりを掃除し、手を合わせていた父親は、ふと、子供の戻りが遅いのに急に不安になった。
辺りを見回してみた。
墓地の周辺にはいくらでも野生の花が咲いていた。
しかし、子供の姿はなく、彼は視界に入った北の森の存在にゾッとした。
(まさか……)
墓地から北の森までかなり距離があり、視界も開けていた。
(そんなはずはない)
「ありがとう」
その時、子供の声が聞こえた。
父親はホッとして、声のする方へ歩いて行った。
「こんなところにいたのか……」
そして、墓石の陰から顔を出して声を失った。
「お父さん!」
たくさんの花を抱えた子供の傍に、まるで彫像のように立っている青年がいた。
目は暗く、どこを見ているのか定かではない。
「お父さん、見て。お花をこんなにくれたよ」
子供は嬉しそうに父親に見せた。しかし、彼は顔色を変えて言った。
「こっちにおいで、さぁ、早く」
父親は蒼白になりながら、子供に近づいた。足がもつれた。
「待って……!」
バサリ。
大きな羽音が聞こえた。
「待ってくれ! 子供を連れていかないでくれ!」
さっきまではなかった大きな翼が青年の背後から現れた。
「頼む!」
父親の叫びと同時に、子供の悲鳴が墓地にこだました。
「お父さん! お父さん!」
泣き叫ぶ我が子は、手の届かない宙に浮かんでいた。
父親は子の名前を叫んだ、何度も。
彼は絶望的な叫びを上げながら飛び立っていく妖魔をいつまでも見つめていた。
ハッとして、アシュリータは身を起こした。
(まさか……)
同時に、アルマンも目覚めた。
「あなた……人間なの?」
これは、夢じゃない。記憶だ。彼の。
妖魔にさらわれた子供。
「……」
彼はゆっくり起き上がった。
「何を言ってるんだ」
アシュリータは震えが止まらなかった。
「私……今まで」
アルマンは様子のおかしい彼女の両手をとった。
「こっちを見ろ。僕の目を見るんだ」
「私が殺してきたのは……」
「僕を見ろと言ってるんだ!」
アシュリータは泣き崩れた。
「あなたたち、妖魔はもともと人間だったのよ!」
「……」
「あなたも見たでしょ? どうして、黙っていたの?」
「元はそうでも、今は違う」
「私……私……」
アルマンはアシュリータを抱きしめた。
「聞け。お前たちが殺してきたのは、ただの抜け殻だ。生きる意味を持っていない。たとえ、元は人間であったとしても。正気を保てず、生きられもせず。それなら、いっそ君たちの手で葬った方が……」
「……」
「僕が、もしそうなったら、そうしてくれるか? そう願ってる。君には残酷なことかもしれないが、僕にはそれが救いなんだ」
アシュリータは彼もまた泣いているのかと思った。
「この呪縛から解放してくれ」




