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聖玉と巫女の物語  作者: ともるん
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騎士隊長ヘイワード

「捜索隊を増やして、各地に派遣する」


 巫女を捜索する騎士隊の隊長はヘイワードという男で、彼は魔族狩りでも指揮をとっていた。ウェルギンの三つ年上の親友でもあり、ファルサ巫女がいた頃から魔族狩りに参加していた。その他の経験豊富な騎士たちや、これまで魔族狩りに同行した経験のある神官たちは、城が手薄になるのを避けるため、城や神殿、騎士たちの拠点バシュラークに残っている。


 アシュリータが魔族の男と消えた後、すぐに彼は騎士団を率いて、まず妖魔が捕まったカニスンへと急いだ。


「あの男がこの村に現れた時の事を詳しく知りたい」

 この村には先の魔族狩りの際にも訪れていた。


「結局、あの男は魔族だったんですかい?」

 村人たちには何も詳しい事は知らされていなかった。


「神殿の地下牢で息絶えた」

 神官長から、巫女が妖魔の男にさらわれた事を非公開にするよう言われていた。


「あの時、現場にいた者は?」

 ヘイワードのこの言葉によって、彼の元へ十数人の村人たちが集まった。


「村に現れたのは初めてだった。見かけない顔だと思い、隣村のもんだと思ってた」

「俺は、村はずれにある城の廃墟で奴を見かけた事がある」


(城の廃墟?)


 そういえば、と、ヘイワードは、カニスン滞在時、巫女がよくそこへ訪れていたと部下の一人が言っていた事を思い出した。


「初めから、俺は怪しいと思って見てた。そしたら奴は突然、町の真ん中で妖術を使いだしたんだ」

「妖術、というと」

「井戸を一瞬のうちに枯らしたり、満たしたりしたんだ。俺たちはこれはただごとじゃねぇって思った」


 それで、妖魔だと思い、拷問にかけたわけか。

 しかし、男は死なず、妖魔にも変身しなかった。

 そして、正体を暴いてもらうため、神殿に運び、巫女を呼んだわけか。


 ヘイワードは男の所業を不審に思った。

 なぜ、わざわざ自分から捕まるようなことをしたのだろうか、と。


 その後、途中でウェルギンが加わった。彼は、巫女をさらった妖魔を目撃した一人だったので、ヘイワード隊に同行することを神官長から許可されていた。廃墟となった城も捜索してみたが、何の手がかりもなかった。彼らは捜索の範囲を広げ、北の森を目指すことにした。


「この前の魔族狩りでは、妹の様子はどうだった?」

 ウェルギンは先頭を行くヘイワードに並ぶように馬をつけた。


「様子? 特に変わった様子は見られなかったが」

 ヘイワードは先頭を副官に譲り、列から少し離れてウェルギンと話すことにした。


「巫女は神殿の中から突如として、妖魔とともに消えたそうだが、妖魔は巫女には触れられぬはずではなかったか」

 一報を聞いて一番驚いたのは、魔族狩りで巫女とともにする騎士たちだった。

 見る限りでは、妖魔で巫女に近づける者はいなかった。

 巫女は自身が聖なる存在で、邪悪な者はその傍にも寄れなかったはずだ。


「わからない。結局、あの男は妖魔の姿を露呈しなかった」

「巫女の光に当たってもか」

「ああ。だから、神官たちは恐れている」

「……?」


「伝説の《魔王》が復活したんじゃないか、ってね」


「……!」


「妹が無事でいるのは分かっている。どの占いでも同じだった。『巫女は霧の中に囚われている』って。問題はそれがどこかってことだ」


「待ってくれ、ウェルギン。相手が魔王だというのは……」 

「民衆の間ではもう忘れ去られている伝説だ。しかし、今でも神殿では神官たちが見習いの時に聞かせられる話だ。少しは根拠に基づいているのだろう。俺たちの知らない事実を神官たちは知っている。でなければ、あんなに大騒ぎはしない」


「信じられないな……」

「ああ、誰にも言うなよ」

「わかってる」

 ヘイワードは当惑した面持ちでそう答えた。


「君はどう思ってる、ウェルギン。相手は魔王だと思うか」


 ウェルギンはあの時の事を思い出していた。

(あの男、普通の妖魔ではなかった。それは確かだ。しかし、伝説の《魔王》?)


 彼の見る限り、不思議とアシュリータは警戒心をなくしていた。

 相手が妖魔の王ならば、巫女は拒絶反応に襲われるのではないのか。

 それに、通常、城砦には強い結界がはってあり、魔族の力は使えないはず。

 ヘイワードの話では、男は日中に村に現れた。妖魔が、魔族の力が強まる夜に村に侵入してきた話は聞いたことがあるが……。


「わからないな。俺は魔王のことを詳しく知らない」


 民衆が知っている魔王の伝説は、昔、妖魔の王がいたが、偉大なる神官が封じ込めたという話。魔王は夜になると子供をさらっていったので、御伽噺のように躾のために使われたりしていた。『夜寝ない子は魔王にさらわれるんだよ』『悪い子は魔王が食べてしまうんだよ』などと。


 ウェルギンが神殿に出入りしている時に神官に聞いた話では、神殿の奥に今も魔王の力を封じ込めている場所があるという事だった。

 しかし、それを見た者はいないという。


 ウェルギンは伝説の魔王について、詳しく知りたいと思った。

「そうか」

 ヘイワードは察しのいい男だ。友の考える事はすぐに分かった。


「巫女の捜索の方は任せて欲しい。君は神殿へ戻って、伝説の魔王について調べてくれないか。手がかりになるかもしれない」

 ウェルギンは友の言葉に頷いた。

「助かる」


「しかし、神官たちは君に真実を教えてくれるのか」

 ウェルギンは一瞬、目を伏せた。

「いいや、難しいと思う」

 ヘイワードはそれについては言及しなかった。


「気をつけろよ。行商人の中には敵国の密使の疑いをかけられた者もいるんだろ」

 ウェルギンはドキリとした。ヘイワードは気付いているのだろうか。

 話題を変えようと、ウェルギンはこんなことを言った。


「そういえば、君の両親、元気にしていたよ。この間、近くを通ったから寄ってみた」

 ヘイワードの家族は、城砦の外にある、小さな村で商売をしていた。

「そうか……」

「たまには顔を見せてくれって」

「……わかった」

 ヘイワードの反応は鈍いものだった。


 そして、ややあってウェルギンはヘイワードに向かってこう言った。

「ところで、このことは他に誰かに言ってあるの?」

「このこと……巫女捜索のことか? 他の誰かって?」

「いや、親しい人とかに」


「奥歯に物がはさまった言い方をするな。たとえ恋人がいても極秘だろ」

「そうか……」

 ウェルギンは何か言いかけてやめた。ヘイワードも気付かないふりをした。

「それじゃ、後はよろしく頼む」

 ウェルギンは友に別れを告げ、神殿の方角へと向かった。

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