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 神殿と国王の力関係は、とても微妙である。

 こちらとしては、神殿をないがしろにする気などないのだが、かと言って彼らに政権を握られることは許容できない。

 故に、加減が難しい。


 ここ一年程、調整に調整を重ね、聖女の意向とやらでずっと叶わなかった対面の場を設けることがようやく出来たのだ。

 その間の聖女の活躍は目覚ましい。今や、彼女の仕掛けた数々の出来事は革命とまで言われている。

 かくいう俺自身も、彼女のおかげで今の国王という立場を磐石なものにできたと言って過言ではない。


「お初にお目にかかります、陛下」

「堅苦しいのは好かぬ。こうして密かに会うことになったのもその為だ。楽にして欲しい」


 俺がそう言うと、彼女はすっと姿勢を元に戻した。

 聖女と国王。

 立場としては同等とされるのだが、彼女が見事なカーテシーを披露してくれたのは、これまでの彼女の行動から察するにほんの気まぐれだろう。


 正面から目があって数秒。彼女はふわりと、笑みを浮かべてみせた。この国では珍しい黒髪黒目で、やや幼いがすっきりと整った顔立ち。

 一言で言えば、異国の美女、と言って差し支えないだろう。ただ、清廉かつ華やかな見た目に油断し舐めてかかると、頭の鈍った貴族連中が精神的にも肉体的にもあっという間にやりこめられてしまう程に毒のある危険な花だ。


「あらイケメンさんだこと」

「いけ? 褒め言葉か?」

「勿論ですよ。お顔の造作が素晴らしいですね、という意味です。やはり王族となると見目が素晴らしいのですね」

「ふむ、外見か」

「初めてお会いしたのですし、内面は知りませんもの」


 実は暗部や護衛騎士を使ってやりとりしているのだが、あくまであれは内密にしていることなので、ここは暗黙の了解で初対面になっている。

 こういう時、彼女がある種で自分とよく似た思考を持っていると感じて、親近感が沸くところだ。

 

 野心はなく、ただ興味の赴くまま。しかしながら、そこで得たものの内容はきちんと吟味して処理している。出来れば『聖女様』ではなく、官吏として出会いたかった相手である。

 彼女が側に居てくれれば、政治はどんなに簡単で面白くなるだろう。


「おや、聖女殿は人の心を覗けると専らの噂だが?」

「ふふ……そういう事を信じる方はね、大抵疚しいことを抱えているのですよ。だから私の前に来るとあれやこれやが露見していないだろうかと、逆に顔に出てしまうのです」

「なるほど。その点俺は疚しいことなどないから、聖女殿には何も読み取れないかな?」

「そうですわね……今考えているのはこの後出てくるおやつが甘いものだといいなとかそのようなところでしょう? わざわざ暴くほどのことではございませんけれど」

「うむ、当たりだ! 素晴らしいな!」


 周りにいる騎士たちが、なんだこの中身がまるでない会話は、と言いたげな遠い目をして立っている。

 俺は楽しいから、延々続けていても良いのだが。


「それで、如何様なご用向きでいらしたので? 陛下」


 そんな騎士たちの思いを汲んだのか、単に会話に飽きたのか、彼女がごく自然な声色で空気を改める。

 声ひとつで場を作る才能。

 うむ、やはり官吏にほしかったな。彼女であればかなり良い職につけるはずだ。外交関係でも任せたら敵なしなのではないか。

 いや……なんだかとてつもなく恐いな。戦わずして全勝する姿しか浮かばない。


「……聖女殿は、我々と共に国の発展を見届ける気はないか?」

「単刀直入ですわね。お断りします」

「はっきり言うではないか。理由を聞いても?」

「私、そのうち自分の世界に帰りますもの」。

「……帰る? 故郷に?」


 てっきり、面倒だとかそんな理由かと予測していたのに、思ってもみなかった答えで驚いた。


「私がこちらに来てからそこそこ経ちましたけど、すぐ魔王が復活するわけでもないし、今すぐ荒廃して国が崩壊する訳じゃあないでしょう。さほど困ってないのに呼びだされて、いい迷惑だったんですよ、私も」


 その割にかなり楽しく好き勝手してるような。

 という意見が、神殿騎士や神官たちの顔にありありと浮かんでいるが、俺も彼女も黙殺した。


「ふむ。まあそうだな」


 そもそもの始まりは、神殿側が国王への権力誇示の為に無理やり召喚したのだ。本当かどうかもわからない、かつての聖女の予言とやらにこじつけて。


「ちゃんと自力で帰れるように色々準備しているのです。凄いでしょう?」

「……それは凄いな、だが」


 つい本音が溢れそうになり、それは国王としてというより男として情けない気がして慌てて口をつぐむ。


「なんです?」

「……いや、なんでもない。もし、帰る日が決まったら教えてくれるか。見送らせて欲しい」

「ええ、分かりました」


 その後、当たり障りない近況報告らしきものをして、俺たちは解散した。


「……参ったな」


 馬車に乗り込み、俺はくしゃりと髪をかき揚げひとりごちる。髪が激しく乱れると何故か側近が顔を赤くして怒るのだが、今日くらい大目に見て欲しいものだ。


 彼女と直接話せる今日という日を、俺は自分で思っていた以上にかなり楽しみにしていたようだ。

 彼女がいつか『帰ってしまう』と知ったあの時。

 『寂しい』などという感情を、久々に思い出してしまった気がするのだ。


 俺の立ち位置を考えたらとてもそんな事、言えやしないのだが。







 国王と秘密裏に対面したあの日から、暗部さんがぱったりと来なくなった。


 来てくれなきゃ帰る日も伝えられないじゃないの。

 そう文句をたれる私に、ナイスミドルの護衛騎士さんは何やら言いたげにしていたけど、私は無視した。


 分かってる。別に暗部さんでパシらなくても、正使を送って手紙で済ませられる。けど、今更そんな事をしなきゃいけないっていうのがなんとなく嫌だった。

 それに、あの時の国王の顔……なんなの、なんであんな寂しそうな顔するの。

 私が帰るのがそんなに……?


 ガタン、と揺れが来て、私の思考が止まる。

 この馬車、サスペンションとか無いのかしら……まぁ、無いよね。王都の道は舗装が進んでいると聞いたけど、それでもこんなに揺れるなら、やっぱり私はこの世界の移動手段に慣れることが出来そうにない。

 

 今日は、建国祭とやらだ。

 この日は、国王と聖女が正式に公の場で対面する行事があって、それが祭の開始でもある。

 なので、正装させられて、私は王宮に向かっているところだ。護衛騎士さんはこの馬車の隣を騎馬で並走してる。やばい、あのナイスミドルちゃんとしてると色気半端ない。隙間からガン見しとこう。


 そんな事をしながら馬車に揺られて城に着くと、国王自らが迎えに来ていた。


「わざわざお出迎えいただかずとも……お忙しいのでしょう?」

「貴女の為に割く時間より他に大事なものなど無いさ」

「まぁ、白々しい」


 凛々しい正装姿は目の保養になる。

 でも私は怒っていた。

 だって、あれから暗部さんが来ていない。つまり、楽しみにしていた、大臣たちの現状報告がなくなったのだ。


「すまぬ。建国祭の準備で慌ただしかったのも事実だ」

「今日は存分に楽しませて頂きますからね」

「勿論だ。聖女殿の為に色々用意しているから、ぜひ楽しんで欲しい」


 苦笑して私の手を取る国王。さすが国王、そんなさりげない仕草もものすごく様になる。


「ところで、ドレスを贈ったはずなのになぜ男装しているのだ」

「こちらのほうが動きやすいからですわね。格好いいし」


 そう。数日前に国王陛下の名前でドレスが届いていた。清楚かつ優美、といった感じのお高そうな真っ白いドレスが。

 この世界は別にそういう決まりがないらしいんだけど、私の感覚で言うとあれは紛れもないウェディングドレスで、まぁ正直に言うとドン引いた。

 無理でしょ、そんなの急に送りつけられて着られないでしょ。

 私も一応女なので、ウェディングドレスそのものにちょっとした憧れはある。でも、今この時に着て行きたく無かった。


 神官ちゃんは「これぞまさしく聖女様の正装です!」とか興奮してて可愛かったのだけど、私は断固拒否した。試着もしてない。

 それで、意地になって今の男装用衣装を作り上げたのだ。


「……そうか。まぁ似合っているよ。凛々しくて良いな」

「陛下もとても格好いいですよ」

「光栄だ、とでも言っておこうか」

 

 ふ、と表情を和らげる国王陛下。凛々しくしていると氷のような冷たさもある顔なのに、こうして笑うと日だまりのような、温かみと親しみやすさがある。

 これが彼の魅力でもあるのだろう。


「少し席を外す。ここで待っていて欲しい」

「ええ」


 側近の人に呼ばれ、国王が部屋を出ていく。すると、外務大臣をはじめとした貴族たちがなぜかわらわらと部屋に入ってきた。

 ちょっと、やめてよ、おっさんばかりで空気が淀む!


「なんという……この素晴らしき日に、男装などと……」

「祭を汚すつもりか……」

「異界の者はドレスも着れないのか」

「作法が……」

「伝統が……」


 ひそひそ話している風だけど、全部はっきり聞こえてるからね。

 あら、宰相殿が真っ青じゃない。そうよね、彼は私の怖さを身と心で体感してるものね。


「まぁ、この国は女だけがドレスを着なければいけないという法でもあるんですの? 男性だってドレスを着たりヒールを履いて美しく見られたいというかたがいるかもしれないでしょう……ね?」


 私が見つめる先は勿論、一部女性の間で悪名高い変態大臣だ。

 意味ありげに見つめ続け、ついでにウィンクして「わかってる、言わないからね!」と小声で続けてやれば、室内はあっという間に凍り付く。

 大臣の周りの人々が、ちょっとずつ彼から離れている。大臣が真っ青になりながら首を横に振った。


「なっ? ち、違…っ」

「なにが違うのだ?」


 国王が戻ってきて、きょとんとした顔で皆さんに問いかける。が、皆そっと目を反らすだけだ。

 ふふ、と笑って私が手を差し出せば、彼は何やら察したようで、部屋から私を連れ出してくれた。

 移動しながら、先ほどの話を伝える。


「やめてくれ……嫌なものを想像してしまった」

「ふふ、そうですか。嫌なものでも想像できるのは為政者として善いことではありませんか」

「うん?」

「ご自分の都合の良い想像しかできないような方に、国の行く末など任せたくありませんからね」

「……まぁ、そうかもしれないが……いや、今そんな話をしていたか?」

「蒸し返すんですか?」

「やめておこう」


 と言っている間にもドレスアップしてウキウキしている女装大臣が頭をよぎってしまったらしく、国王はめちゃくちゃ吐きそうになりながら何度も首を振っていた。


 そうして、建国祭の開会式を迎え、つつがなく終了させた私は、用意された部屋で一息つく。

 形式ばったものだからこなしてしまえば特に疲れる訳ではない。でも、慣れない場所、しかもこんなどこもかしこもキラキラした所に居続けるのは少し気が滅入った。


 扉がノックされたので返事をすると、侍女が入ってくる。


「国王様より、こちらのお召し物にお着替え頂くようたまわっております」


 そう言って渡されたのはワンピースだ。華やかとは無縁だが、シンプルかつ洗練されたデザインの、だが普通のワンピース。生地はたぶんすごく高い。

 着る人が着ればお忍び貴族くらいには見えるかもしれないけど私が着ても普通の街娘がちょっと背伸びしました的なところだ。


 言われるがまま私が着替えると、侍女が髪型をいじって、化粧もされた。そして、案内されて城の外へ。

 そこは使用人用の戸口らしかった。

 なんなのだろうと思っていると、いつの間にか目の前に、お忍びスタイルを越えて完全に庶民スタイルな国王がいた。いつの間にというか、最初から居たんだけど気付かなかった。

 おかしい。

 色気駄々漏れキラキライケメンのはずなのに、なんでこんなに庶民になりきってるのこの方。

 違和感さーん! お仕事ここにありますよー!


「なにしてるんです陛下……オーラ消えすぎててわかりませんでしたよ」

「当然だ。年季が入っているからな! さあ、祭を案内しよう、聖女殿。屋台がたくさんあって楽しいぞ!」


 なんだって?

 思わず敬語も忘れた私のつぶやきを気にする様子もなく(おい、気にしろ)、国王は私の手を掴んでぐいぐい引っ張っていく。


 首だけ動かして何とか後ろを見ると、侍女さんや護衛騎士さんたちが微笑ましいものを見る目で立っていて、ああ、これは私という存在をだしに国王の気分転換をさせてやろうという彼らの心遣いなのだと察した。


 私の意志はまるっと無視しているけどね!


 前を向けば、振り返る事なく複雑な道をすいすい歩く国王陛下。とても楽しそうなのが、その背中を見ていても分かる。

 余計な事を言うのはやめようと、私は黙って繋がれた手に視線をやるだけだった。




 それから、また国王との秘密のやりとりが再開された。

 大臣は先日から女装趣味疑惑もあり、心労の絶えない日々が続いているらしい。良い気味だと思う。

 というか、散々弄られて敵わないの分かってるはずなのになんであんなにデカイ態度で私をバカにしてきたのかしら。もっと厳しく教え込んであげた方が良いんじゃないかしら。


「どうした、また何か良からぬ事を考えているんじゃないだろうな」


 護衛騎士さんが半眼で私を見てくる。そんな顔しても、ブートキャンプの時大興奮で賛成意見並べ立てて大神官説得してたの知ってるんだからね。


「良からぬかどうかは分からないけど──っ!」 


 突然、脳天を突き抜けるような衝撃が走って、私は言葉を失った。


「おいっ?どうしたっ?」

「っ、あ……!」


 力を使っていないはずのに、何処かのビジョンが勝手に頭の中に流れ込む──

 あれは、 魔方陣?

 大きな力を持った何かが、這い出てくる。

 まさか……


「魔、王……?」


 私の視界は、そこで暗転した。



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