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私はどうやら、突然異世界に召喚されたらしい。
異国情緒溢れる姿をした数人の男性に取り囲まれ、見下ろされている。座り込んだ足元には見たことのない精緻な紋様が描かれていて、だんだん消えつつあるもののまだ薄く光っていた。
突然変わってしまった環境にぼんやりしている私の前に、取り囲む一人が進み出て声をかけてくる。
「ようこそ、おいでくださいました。聖女様」
せいじょ?
あ、聖女。いや、何いってんのこのオッサン。
誰に向かって聖女とか言ってるの?
私?
「……は?」
思わずドスの効いた低い声を出し、睨み付けた私を見た異人たちは、何故かものすごいびびった顔で後ずさりした。
「……ねえ、召喚する対象絶対まちがえてると思うよ」
部屋を変え、出された飲み物を眺めながら、私は静かに告げた。それだけで、私の世話係を申し付けられているらしい女性神官がびくりと震える。
私がそんなに怖いか。当たり前だわ怒ってるんだから。
ゲームのイベント、推しが報酬だから今夜が山場だったのに……走りたかったのに……オタクから癒しを奪った罪は深いぞ異世界人ども!
というか、この神官ちゃんめちゃくちゃ可愛いな。化粧してないだろうに顔立ちもすごく綺麗だし、ほっそりしててこう……清純で可憐で、守りたくなるような?
この娘の方がよっぽど聖女っぽくない? もうこの娘で良くない?
「いえ、貴女様は確かに、聖女としての力をお持ちです。我々の救いであり、更なる信仰を集めるであろうすばらしき力を」
「嫌よ、そういうのやらないからね」
全くやる気がなく面倒くさがる私に、偉そうな神官はつらつらと喋り続ける。偉そうな、というか偉いんだろうな、大神官様って呼ばれてたし。
色々と何か言っていたけど、私はほとんど右から左だ。とにかく今は、喉は渇いているものの、出された飲み物の色が謎に青黒くて気になっていた。味の想像がつかないし、こんなに態度悪くしてるから何かしらの薬が盛られてもおかしくない気がするのよね。悪いけど、警戒するに越した事はないと思う。
くんくんと行儀悪く匂いを嗅いだり色の濁り具合を観察している私に、弾丸のように喋り続ける大神官殿は気づかない。
すると、神官ちゃんがそっと近づいてきた。あっ、なんか良い匂いする~。
「あ、あの……そちらは果実を絞った飲料でございます」
「果実……?」
「はい、この王都では美容に良いと今女性に大人気でして!」
「ふぅん……」
神官ちゃんの目がキラキラしている。可愛い。抱き締めていいかな? ダメか。さっき出会ったばかりだものね。
可愛さに免じておそるおそる飲んで見ると、なるほど、ラズベリーとか、その辺の味がした。故に酸っぱい。くぅ、酸っぱいの苦手なのに……
誰がこれチョイスしたの、え、神官ちゃん? なら許す。可愛い。
この数秒で神官ちゃんと仲良くなれそうな気がした私は、その後はおとなしく大神官殿の話を聞き流す事に専念した。
まぁ、長い長い口上やおべんちゃらを省いて要約すると、彼が話していたのは私の持っている力についての説明だった。能力としては四つ。
一、嘘をついているかどうか見分けられる。
確かに、元の世界にいた時からオーラみたいのが見える時があった。その色が変わったりぶれたりすると、嘘を言ってるという訳。常時発動するとは限らなかったし、誰にも言った事はない。
二、相手の記憶を覗ける。
それは知らなかった。できるかなーって神官ちゃんに試したんだけど、私にと用意していたお菓子をこの部屋の裏で羨ましそうに見てたというとても可愛い記憶が覗けてしまった。食べなさい、好きなの食べなさい! おばちゃん怒らないから!
でも、この力、見たい場面は選べなそう。使い慣れたらそうでもなくなるのかしら。
三、怪我、病気の治療ができる。
これ聖女っぽい感じがする。というか、最初の二つ聖女の条件に必要かな?
でも、治癒の力か……本当かどうか、どんな感じかちょっと試してみたいから、後でどこかに足でもぶつけてみるかな。あ、もちろんやるのは大神官ね。
四、究極の聖魔法が使える。
なんだそのざっくりした説明はと思いつつも、RPGゲームの知識が詰まっている私はあまり驚かない。大神官殿の話しぶりからしても、たぶん、聖女にしか使えない特殊なやつなんだろう。さすがにその力の使い方は分からないけど。
と、彼の説明通りなら確かに聖女とやらの素質はあるように見える。
私本人のやる気と性格がまったくそぐわないんだけど。
あとアレよ、自分で言いたくないけど清純なオトメじゃないからね。腐れたアラサー女なんで。なんなら、職場の老若男女から『中身オッサンの残念な人』と認められてるからね。
私がそこまで説明しなくとも、私のやる気ゼロな応対でさすがに神官たちの間では失敗しちゃった感が漂っている。
しかし、召喚はそうそう簡単にはできない。
返還も簡単ではない。
そんな事情で、私はしばらく神殿にとどまることになった。
聖女が召喚された。その一報が国内を走り抜け、動き始めた人々がいる。
聖女の後見人になろうと画策する権力者達だ。
そもそも、聖女はなぜ召喚されたのか。
なんでも、数百年前に予言があったらしい。この時代、大きな災いが起きると。ざっくりしすぎてるけれど、それを救うには聖女の力が必要らしい。
そんな聖女を支え、力添えをする事が出来たら、その人物の名声は……考えるまでもない。
「次は?」
「外務大臣の──」
「いいわ、通して」
私に挨拶をしたいと連日、身分のお高いお貴族様たちがやって来る。
そんなの全部断れば良いと思ったんだけど、そうすると私、日がな一日、殺風景な部屋でぼうっと過ごすしかないのよね。
なので、ちょっと頑張る事にしたのだ。
外務大臣だという太った男が進み出てきて、私の前で脂ぎった顔でにへらにへらと笑みを浮かべる。別に見てても面白くないし、私を見下しているのがよく分かる笑みだ。
なので私は、長年の接客営業で鍛えた完璧スマイルを貼り付けて彼の話を全て聞き流し、適当なタイミングでそれを遮る。
「あら大臣……昨日の夜したためたお手紙、まだ引き出しの中ですのね?」
「なっ……なんのことで」
ははは、動揺してる動揺してる。外務大臣がそんな分かりやすくてよくやっていけるわね。この国そんなに平和なの?
「ふふ……出し忘れたのだったらいけないと思って今、教えて差し上げましたのよ? もしかしたらお相手のあの方、お待ちかもしれませんものね? ああ、それとも今日この後お会いになるおつもりで?」
「ひっ……(まさか、全部バレてる……?)」)
大臣はその後、しどろもどろで何か言った後、帰っていく。
私の決めた努力。
それは彼らの弱味を握ることだ。
後見人なんていなくても神殿の暮らしは最低限不自由しないし、神殿から出るつもりないし。だから、近付く邪魔者たちは遠ざけてしまおう、という事ね。
とは言え、彼らの弱味は私が握ってるだけじゃちょっとした脅しでしかない。
こういうのは、この国の最高権力者に渡ってこそ真価を発揮するよね。
「という訳だから今すぐ彼らを捕らえるか、泳がせてもっとたくさん釣り上げるか、その他いろいろ……使い道はご自由に、とお伝えください」
夜になってから、国王陛下が教会に忍ばせている暗部の方に、にこやかに今日得た情報を伝えておく。
本当は、召喚されたら国王に謁見するらしいんだけど、面倒くさがって私が拒否したものだから監視というか、視察というか、まあ彼が来たのよね。まあ私には隠れてる位置が分かってしまうから意味ないけど。
暗部さんが今日もがっかりしながら姿を表し、ひとつ頷いて姿を消す。彼なりに、一生懸命隠れているらしい。
ごめんて、聖女の補正力みたいでそういう努力は無効になっちゃうんだってば。
こんな感じで、私の最近の一日の流れが出来つつある。
と言っても、一通り脅してしまえば貴族たちは足が遠退いていくのだけど。
「……今日も容赦なくやっているな」
「あ、お疲れ様」
暗部さんと入れ替わりに入ってきたのは、体格の良いナイスミドル。彼は所謂神殿騎士というやつで、一応私の監視……じゃなくて護衛か。でもまぁ、この通り国の精鋭たる暗部さんですら私に悟られず近付けないからね。護衛というより毎日愚痴聞いてもらったり、やり過ぎて怒られたり、怒られたりしている。
うん、ほぼ怒られてるね。
神官ちゃんはもう就寝している時間なので、代わりにお茶を運んできてくれたらしい。
この国の人たち就寝時間早いのよね。この騎士さんはこの時間まで起きてても平気みたいだけど。鍛え方が違うって? やだ、惚れちゃう。
冗談よ、睨まないでよ。今、本気で殺気飛ばしたでしょ。
「で、どんな感じ?」
「そろそろ、有力なのは来なくなるだろうな……あれらが怯える様子を見て、皆戦々恐々としているからな」
「ふふふ、まるで魔王扱いね」
「まさしくそんな存在になりつつあるな、貴族どもの間では」
この騎士さん、実は少し前まで前王様付きの騎士だったんですって。前王が崩御されて、新王が座についたと同時にこちらに異動したんだとか。なるほどね、だからこんなに見目も仕事も出来る男なのね。
そんな彼曰く、「神殿騎士の方が先祖代々就いてきた職だ」と。それでも望まれて王様付きしてたって、この人もしかしなくても相当優秀なんじゃ……
ともかく、彼は未だに王宮や王都の騎士と繋がりがあり、事情を探りやすい立ち位置にいる。なのでこうして私の行動の影響を時々教えてくれるのだ。時々暗部さんにも裏付けとってみるけど正確かつめちゃくちゃ早い段階で情報入手してきているらしく、暗部さんもすごく驚いていた。
「それから……これだが。大神官に見せたらぜひとも進めていきたいと前向きな返答があった」
そう言って騎士さんが死んだ魚のような目でバサリと紙の束を寄越してきたので、私は喜んで受け取った。
これは企画書だ。
地方のさびれつつある神殿にプチ断食道場を開き、貴族のお嬢様達から金を巻き上げようという、そんな企画を立ち上げてみたのだ。
勿論大儲け云々について、はっきりとこの企画書に書いてないのだけど、大神官殿はちゃんとそこを汲み取ったらしい。さすが、聖職者のくせに腹黒なだけある。
幸い、この国は前王がとても秀でた方だったようで、戦争の影もないし、国中に馬車が通れる道を張り巡らせている。地方と言えどそれならお嬢様たちも動いてくれるだろう。美容に良いからって噂だけで、あんな酸っぱいものにじゃんじゃんお金を出す方々だしね。
ふふふ、貯まってるお金を落として貰えば国は潤う。常識だわ。そしてそれが聖女のおかげとなれば神殿にも寄進が増える。そして巡りめぐって私に出される食事がグレードアップし、毒見の為に同じメニューを食べる神官ちゃんがニコニコする、と。
素晴らしい循環じゃないの!
ちなみに、毒見と言っても私が持ってる力があれば全毒は消し飛んでしまうそうなので、これはもうただの慣習だ。でも止めるつもりはない。
「ありがとう。じゃ、聖女公認ということで早速始めて貰いましょうか」
「……聖女の活動はしたくないんじゃなかったのか」
「暇なんだもの」
「……」
今、ナイスミドルにものすごく冷たい目で見られております。あ、癖になりそう……だから冗談だってば。
これが上手く行ったら、聖女ズブートキャンプってことで今度は貴族の子息をムキムキにする企画を立ててるんだけど、これはまだ言わない方が良いかしら。
「それから、先日訪れた宰相の件だがな……」
ああ、ハイハイ、ここの女性神官に手出そうとしてた変態ね。
暗部さんから報告を受けた国王は、ノリノリで私からのネタを玩具にしているそうだ。こうしてその顛末を聞くのも一日の終わりにもらえるご褒美だったりする。
で、その宰相さんはと言えば。
国王は敢えて何も言わなかったらしい。ただ、私と文通する仲であるとだけ言ったらしい。正確には、お互い仲介人を使って言伝てでやりとりしてるんだけど、この際似たようなものか。
その時の宰相の動揺は半端なく、若き国王を若干舐めた態度をしていたはずが、今やすっかり従順になったのだとか。
「良かったじゃない」
なんとなく察してたけど、この王様、ノリ良いわよね。たぶん、私と同じ悪乗りが大好きな種類の人間なんだわ。よしよし、この調子で情報提供者続けていこうじゃないの。
「多少なら良い薬かもしれないが、陛下もお前もそんな責め方では、弱味を握られている方々は日に日に精神を追い詰められていくぞ」
「そうね、確かにバランス悪いわね」
「そうだろう。ならば──」
「ええ、精神的苦痛だけじゃバランスが悪いわ。身体的にもビシバシやってもらわなきゃ!」
「悪魔かお前は!」
「何言ってるの、聖女サマでしょ? 従順になったならいっそ徹底的にパシリにしちゃうのはどうかな……あちこち走り回らせてやれば、あれ絶対運動不足だからひぃひぃ言うだろうし、そんな様子を目撃される精神的苦痛と身体的苦痛が見事に両立できるわよね」
「それは両立とはいわない。ただの二重苦だ」
「そう? でもほら、ちゃんと出来たら良くできましたって最後に誉めてあげればいいんじゃないかしら?」
「……(調教まで入ってきた)」
ちなみに、国王は嬉々として実践したという。
うん、やっぱりこの王様同類だわ。
聖女とか召喚とか、一度やってみたくて書いてみました。
全四話構成です。よろしければおつきあいください~。