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シバヤギの鳴く夜に  作者: ヤギ
3/3

鋸歯はサメのなごり

 

 

 

 羊子ヨーコが目を覚ますと、見慣れた場所の、見慣れぬ景色がそこにあった。


 職場である病院の、入院患者用ベッドの上。


「……あたしは」


 カーテンで仕切られた空間のなか呆然と呟けば、クリーム色の波打つ壁の向こうでひとの気配がした。


 ああ、ひとだ。生き物の、気配だ。


 そんなことに無性に安堵して、ぽろりと目から涙が溢れる。


 シャッ


「起きたの……って、なに泣いてるのよ」

メイ


 呆れたように見下ろす顔が、今はとにかく嬉しい。


 ひとこと呼ぶだけ呼んで、あとはただただ泣くばかりになった羊子にため息ひとつ落として、鳴は羊子のベッドに腰掛けた。


「……ごめん」


 ぽつりと落とされた言葉に、泣き濡れたまま顔を上げる。


「え?」

「あなた、危なかったのよ」


 どことなく気まずげな顔で、鳴が語る。


「日が昇っても、アレは逃げなかった」


 羊子の方は向かず、低い声で。


「もし、あなたが気を失わず、日が昇ったからと扉を開けていたら、喰われてたわ」


 まるで後悔を告解するキリスト教信者のように、鳴はどこでもない虚空を睨み付けている。


「わたしは、あなたを殺すところだった」


 鳴の柳眉が寄り、形の良い唇が噛み締められる。


 羊子はそんな鳴を見つめて、問い掛けた。


「あたしは、どうして助かったの?」


 朝が来て、そこから記憶がないが、今生きている以上、誰かに助けられたのだろう。それも、鳴の言うことが事実であるのならば、あの恐ろしい化け物を退けて。


 鳴は羊子の方を向かないまま、たんたんと答えた。


「朝起きて、トイレに行こうとした患者が見付けて通報したのよ。わたしからツテ使って連絡してあったし、すぐ、しかるべき団体に救助要請が行って、アレは駆除されて、あなたも見付けられた」

「救助に来たひとに、被害は?」

「向こうはプロだもの。怪我ひとつないわ」


 鳴が肩をすくめる。


「徹底的に駆除したし、もうこの病院は大丈夫でしょ。また、なにかに目を付けられない限りは」

「鳴の、お陰ね」

「そんなこと」

「鳴がいなかったら、あたしは死んでいたよ」


 確信を持って、羊子は言う。


「鳴の助言とスタンガンがなかったら、トイレに逃げ込むことすら出来なかったし、鳴が注意してくれてなかったら、朝までこもってなんていられなかった。スムーズに助けが来たのも、鳴が動いていてくれたからでしょう?あたしは、鳴に生かして貰ったの」


 だから、ちゃんと成功報酬は払うからね。


 羊子が笑えば、やっと振り向いた鳴が決まり悪そうに笑い返した。


「……ありがと」

「それはこっちの台詞。それより」


 聞いて良いのか少しためらいながら、羊子は訊ねる。


「アレは、なんだったの?」

「シバヤギ」


 羊子の問いに対する鳴の答えは簡潔だった。


「シバヤギ、って」

「日本在来のヤギよ。小型の家畜品種で、ペットなんかにもされてる」

「あんな口なの?」


 そんなはずがないだろうと思いながら羊子が問えば、


「そんなわけないでしょ」


 馬鹿じゃないのと言いたげに返された。


「バイオハザードってわけじゃないけど、そんなものよ。キメラみたいなもの」

「それが、なんで病院に」


 眉を寄せる羊子をまじまじと見つめて、薄々気づいてはいたけど、と鳴は呟いた。


「あなた知らないのね。シバヤギって、日本の医学関連ではそれなりに使われる実験動物よ」

「え」

「生殖系の研究でね。まあ、昔ほど頻繁には使われてないかもしれないけど、研究機関も併設する大学病院なら、いたっておかしくないでしょ」


 ヤギを、実験に。


「だとしても、あんな風になる?」

「そこは」


 鳴が、苦笑して片目をすがめた。


「知る必要のないことよ」


 立ち上り、羊子の頭に手を伸ばす。


「あなたは、知らない方が良いわ」


 どこか遠い表情で言われ、頭をなでられれば、それ以上の問い掛けは投げられなかった。


 代わりに、問い掛ける。


「ここのヤギは倒されたけど、似たようなことは、ほかでも起こっているのよね?」

「そうね」


 頷いて、鳴は肩をすくめる。


「またなにかあったら、営業時間内に相談に来ると良いわ。有料で助けてあげる」


 それ、生還の餞別ね。


 言いながら鳴が指差したのは、羊子の命の恩人であるスタンガンだった。


「そうするわ」


 頷いた羊子にじゃあねと告げて、鳴は立ち去った。




 幸いにも以来今まで、そのスタンガンに出番はない。

 

 

 

あなたの病院は大丈夫ですか?


拙いお話をお読み頂きありがとうございました

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