令嬢と執事
最初だから用意するのに時間がかかったけど、既に僕とアイラはフル稼働に入ったのでドンドンと料理は提供できるようになっていた。
「やあ、トーリ君。なんだか面白そうな料理を出しているじゃないか」
お客を次々と捌いていくと爽やかな声が響いた。
「あっ、ミハエル」
「困るなトーリ君。新しい料理があるならちゃんと僕に声をかけてくれないと。そういうわけでポテトフライを二つ頼むよ」
「ハンバーガーとセットにした方がお得だよ?」
「生憎だけど朝食は既に宿で食べてしまってね。ポテトフライだけにしておくよ」
朝食を食べた後だというのにここまですっ飛んできたのか。
相変わらず食に関することのフットワークが軽い。
銅貨四枚を受け取ると、三角袋に入れたポテトフライを二つミハエルに渡す。
彼は爽やかな笑みを浮かべるとサッと列から離れ、近くで食べだした。
「んっ! 薄く切ったジャガイモを油で揚げるだけでこんなに美味しくなるなんて!」
「味付けはシンプルに塩にしているけど、胡椒やハーブを混ぜても美味しくなるだろうね」
「トーリ君は天才だ! 絶対、それ合うよ!」
なんて思わず呟いてみると、ミハエルは懐から胡椒を取り出してかけ始めた。
「ああ、胡椒の香ばしい風味とピリッと味も素晴らしい」
なんで調味料を持ち歩いているんだろう。なんて突っ込みは彼にとって野暮なんだろうな。
ミハエルが美味しそうにポテトフライを食べているお陰もあってか、ドンドンとポテトフライの注文が増えていく。
やはり、朝だけあって軽く済ませたい人も多いらしく、ミハエルのようにポテトフライを単体で頼む客も少なくないようだ。
そういえば、忙しくなってアイラにポテトフライを食べさせてなかったな。
「アイラのポテトフライはここに置いておくよ」
「えっ、食べたい! けど、手が離せないんだけど!」
「まあ、冷めても美味しいから時間のある時につまんで」
「やだ! 一番美味しい時に食べたい!」
そうは言ってもアイラは鉄板の上に並べられたパテやパンを焼くことに大忙しだ。
「食べさせて!」
「……え、ええ? じゃあ、はい」
ポテトフライを一つ摘まんでアイラの口元に運ぶと、パクッと口に含まれた。
「ああっ! これ美味しい!」
なんだか動物に餌付けしているような不思議な気分だ。
「あらあら、トーリってば私がいくら誘ってもつれないのに、その子にはそういうことしてあげるんだぁ?」
「なんかいいよね今の!」
神妙な気分になっていると、どことなく不満そうにしているナタリアと面白そうに笑っているリリスがいた。
後ろには護衛のマックがおり、今日も夜の仕事を終えて寄ってきてくれたってところだろう。
にしても、知り合いの中で一番見られてはいけない人に見られてしまった気がする。
「えっと、ご注文は?」
「マックにはビッグバーガーを一つとポテトフライ。私にはポテトフライ一つにあーん付きね」
「私もハンバーガーとポテトフライ一つ。勿論、あーん付きでね!」
「ええ?」
思いもよらない注文に僕は思わず固まる。
なんだ、その破壊力のある注文は。
「……隣の子にはしていたのに私たちにはダメなの?」
「それともオプション性? 追加料金払えばやってくれるの?」
ナタリアがどこか剣呑な空気になり、リリスが面白がった様子でややセンシティブな尋ね方をしてくる。
とりあえず、引き受けないととんでもないことになりそうな気がする。
「わかったから変な言い方しないで。まだ朝なんだから」
「オプションについては知ってるんだ」
リリスがやや意地の悪い質問をしてくる。
「宿の従業員をやっていると、聞きたくなくても色々と耳にするからね」
「ちぇー、このくらいの揺さぶりじゃ動揺しないか」
「それくらいなら毎日私がやってるもの」
そこ、堂々とセクハラしていることを誇らないでね。
この二人は朝から接するには刺激が強過ぎるので、早々に料理を提供してお帰りいただこう。
「はい、ビッグバーガーにポテトフライ」
大急ぎで料理を提供して料金を受け取ると、ナタリアとリリスは二人揃って真顔で。
「「あーんは?」」
「…………」
まさか、本気だったとは。
意地でも去る様子がなかったので、僕はまだ熱々のポテトフライを二人の口に突っ込んだ。
「んんっ、トーリのすっごく熱いわ!」
「でも、美味しい!」
なんだろう。かえって卑猥なものを見ている気がする。
なにをどうやっても二人には勝てる気がしない。
とりあえず、あーんしてもらったことで二人は満足したのか、それぞれのポテトフライを抱えて去っていった。
「次の方、ご注文は?」
「銀貨一枚やるから殴らせろ」
「俺もだ」
気が付けば列に並んでいる男性から嫉妬の視線を受けていた。
ほーら、こういうことになる。
●
「なんですの? これ?」
知り合いが大方いなくなり、やや客足が押しついてきた頃。
目の前で金髪の少女がこちらを覗き込んで尋ねてきた。
年齢は僕やアイラと同じくらいの十二歳程度。
質のいいドレスを身に纏っており、後ろにはタキシードスーツを着た執事らしき人物がいる。どう見ても豪商の娘か貴族の令嬢といった感じだ。
「ハンバーガーとポテトフライですよ」
「ふうん、聞いたことのない料理ですが美味しそうですね。一つずつくださいな」
「それは構わないのですけど、列に並んでもらえますか? 順番に提供していますので」
まだ残っているので売ることは問題ないが、既に並んでいる人を差し置いて売ることはできない。
「貴族である私を並ばせるつもり?」
ああ、やっぱり貴族の令嬢のようだ。僕がきっぱりと断るとムッとした顔をする。
前世よりも階級を持った人間が幅を利かせている異世界。
彼女らがその気になれば、僕のような平民の命は吹けば飛ぶように軽い。
そんなおっかない貴族はかなり怖いが、ここは少し特別な場所だ。
「……お嬢様、屋台街は商人が管理している場です。貴族といえど、強引に物事を進めてはいらぬ騒ぎを起こすことになりますよ」
「そ、そうなの?」
そう、この市は数多もの商人が管理している場所だ。
力の強い貴族といえで、王都の流通を牛耳っている商人と揉めれば面倒ごとは避けきれない。執事はそのことがわかっているようで令嬢を窘めていた。
「そういうことなら仕方がないわね。まあ、こういうのも庶民の生活っぽくて悪くないわ」
「ご理解いただけて恐縮です」
どうやら平民の生活を知りたくてやってきたのだろう。
執事に窘められた令嬢は素直に列に並んだ。
やがて、客がはけていき後ろに並んだ令嬢の出番がやってくる。
「では、ハンバーガーとポテトフライを一つ」
「待って! せっかく、街の雰囲気を楽しんでいるのだから自分で払うわ」
執事が注文をして銅貨を渡そうとするも、令嬢がそれを制し、自分の懐からお金を取り出した。執事はそれを咎めることなく、微笑ましそうに見守っている。
変ないちゃもんをつけてくる貴族かと思ったけど、別に悪い人ではないようだ。
お金を受け取るとハンバーガーとポテトフライを令嬢に渡す。
しかし、令嬢は受け取ったものの去って行く様子がない。戸惑った様子で立っている。
「……どうかされましたか?」
「お皿やナイフとフォークは?」
「手で食べるものですからありませんよ?」
オシャレなレストランならともかく、ここは市の屋台街だからね。
そんなものあるはずがない。
「ええっ? で、では、腰を落ち着ける場所などは……?」
「立ち食いや食べ歩きが基本の屋台街にそんなところはありませんよ? 皆、歩きながらとか、その辺の端に寄って食べてます」
指さしながら説明してあげると、令嬢は視線を巡らせてより戸惑いを強くした。
「……そんなはしたないですわ」
まあ、お上品な生活を送っている令嬢には、そんな風に思われても仕方がないことかもしれない。
「え、えーっと……」
「申し訳ありませんが、持ち帰りの袋などをいただけますか?」
「あ、はい。わかりました」
立ち食いをする踏ん切りもつかず、おろおろしていた令嬢の代わりに執事が申し出る。
持ち帰り用に大きな紙袋も用意してあるので、渡したハンバーガーとポテトフライを積めてあげた。多分、腰を落ち着けられるどこかや持ち帰って屋敷で食べるのだろう。
「ハンバーガーとポテトフライは出来立てが美味しいのにね」
「まあ、高貴な人にも色々あるんだよ」
奇妙な令嬢と執事を見送った僕らは、いつも通りに営業を続けた。