バーガーセット
『転生大聖女の目覚め』書籍1巻は6月2日発売です。
そして、コミカライズも水曜日のシリウスにて同日スタート。
「おーい、パン持ってきてやったぜ」
ハンバーガーの仕込みを終えてしばらくすると、玄関からぶっきら棒な口調をしたくすんだ金髪の少年が入ってきた。
パン屋の息子であるダスティだ。
彼の抱えた箱からは香ばしい匂いが漂ってきている。
「遅いよ、ダスティ」
「なんでだよ。いつも通りの時間だろうが」
「ダスティが早く来てくれないから、さっさと出ることができなくて仕込みを手伝わされた」
「そんなの知るかよ。ほら、とっとと確認しろ」
僕が事情を説明するもどうでもよさそうに切り捨てるダスティ。冷たいや。
とりあえず、箱を開けて確認すると布が被されており、退けるとそこにはハンバーガーに必要なパンが並んであった。
「うーん、パンのいい匂い!」
厨房の中をふわりと漂う小麦の香り。
派手な甘さはないが、純粋な小麦の柔らかい香りはそれはそれでいいものだ。
「うん、注文通り普通サイズが百二十。ビッグサイズが三十個あるね」
「しっかし、急に数が増えたけどそんなに作れるのか?」
「大丈夫。ミートチョッパーのお陰でたくさんパテが作れるようになったもんね」
心配するダスティに知ったばかりのアイラがミートチョッパーを手にして語る。
ミートチョッパーができたことで比較的大量生産が可能になった。
今まででは五十個作るのが精々であったが、今では百五十個でも余裕で作れる。
もっとたくさん作ることはできるが、急激に増やして売れ残るのも困る。
これまでの売れ行きから推測して、とりあえず確実に売れる数を作ることにした。
「へー、ってことはよりたくさん売れるようになったってわけだな」
「まあ、どれだけ増やすかは今日の売れ行き次第だけど、たくさん売れればダスティたちへの還元額も少し増えるよ」
「へへ、助かるぜ。パンの数なら問題ねえからドンドン増やしてくれよ! そんじゃ、アベルさん。今日の分のパンはここに置いときますね!」
「おう、いつもありがとな!」
「いえいえ、それじゃ失礼します!」
ダスティはにこにこと笑うと、扉を閉めて次の配達先に向かっていく。
「ダスティって大人の人にだけ態度が変わるわよね」
「まあ、それもダスティの処世術ってやつだよ」
親しい僕たちにはぶっきら棒だけど、お客さんにはとても丁寧な態度。その変わり身は見事としか言いようがないな。
「これで食材も揃ったことだし、市に向かいましょうか」
「そうだね」
というわけで、僕とアイラは宿を出て移動する。
随分と早めに起床したはずだが、アイラが初めてのミートチョッパーにはしゃいだり、父さんに仕込みを手伝わされたせいか、ルベラの街はすっかりと日の出だった。
春を過ぎて季節は夏へと近づきつつあるが、早朝の空気はまだ少し冷たい。
息を吸い込むとスーッと冷たい空気が肺に取り込まれ、全身に行き渡る。頭の奥までスーッとしてスッキリするようで、冷たい朝の風はそれなりに好きだ。
アイラと一緒に人波が緩やかな通りを進むと市へたどり着く。
いつも通り、無愛想なおじさんに手続きをお願いする。
「ハンバーガーの出店、お願いします」
「……売れ行きはいいみたいだが、すぐに売り切れるらしいな。数を増やして欲しいと陳情がきているぞ」
それを言った奴の中には、うちの宿の客も含まれているような気がする。
「あっ、大丈夫です。以前よりも数を増やせるようになったので」
「……そうか。なら問題ない」
場所代と屋台の借り賃を含めた銀貨二枚を払うと、手続きは完了だ。
屋台を借りて割り当てられている区画へと向かう。
「今日も割と近い場所ね!」
「すぐに売り切れて畳むから、帰りやすい場所にしてくれているのかもね」
僕らの屋台は一時間程度で撤退している。
次に入ってくる屋台のことを考えると、入れ替えしやすい場所の方が効率的だと考えているのかもしれないな。
定位置に付くと、竈の火をつけて鉄板を置き、レタスを千切り、トマトをスライスする。
そうやって下準備を行っていくと、ポツポツと朝食を食べにきた人たちが姿を現し出す。
「それじゃあ、パテを焼いていくわね」
「うん、お願い」
木製ケースからパテを取り出すと、アイラはそれらを鉄板の右側に並べていく。左側にはパンを並べてじっくりと温め始めた。
それとは別に僕は端っこにある竈の上にフライパンを設置。油を注ぎ込んで熱しておく。
待っている間にビッグバーガー(数量限定)銅貨五枚、ポテトフライ銅貨二枚と書いた看板を設置した。
「ねえ、そのポテトフライってなに?」
「ジャガイモを油で揚げたものだよ」
「それ美味しいの?」
「単純だけど中々美味しいよ。多分、お酒にも合うと思う」
「へー」
明らかに興味を示している様子だが、ポテトフライは温かさが命だ。
お客さんがやってきてくれないと作って味見はしにくい。
「おお、やってるやってる!」
アイラの物欲しそうな視線にどうしようかと思っていると、こちらに目がけてやってくる人たちが。ラルフ、シーク、ヘルミナの三人だ。
「おはよう、トーリ! それにアイラも!」
「おはようございます、ヘルミナさん」
元気よく挨拶の声を上げるヘルミナと、にっこりと笑顔で対応するアイラ。
「アイラ、今日は一段と元気がいいね?」
「そうですか? いつもこんなものですよ」
多分、上機嫌なのはヘルミナたちのお陰で、ポテトフライが味見できるからだろう。
「今日も食べにきてくれたんだ」
「おうよ! ハンバーガーなら毎日でも食べてえからな。さて、今日もハンバーガーを――」
「……待て、ラルフ」
「なんだよ、シーク?」
「……メニューが増えてる」
「マジか!?」
いつも通り注文しようとしたラルフであるが、シークのお陰で気付いたらしい。
「ビッグバーガーだと……? トーリ、これはどういうことだ?」
「ビッグバーガーはその名の通り、大きなサイズのハンバーガーだよ。値段は少し高いけど、普通のハンバーガーよりも二回りは大きいよ」
「マジか! 俺、絶対それ食う!」
目をキラキラと輝かせるラルフ。
ハンバーガー好きのラルフならば絶対に食いついてくると思ったよ。
「……ポテトフライというのは?」
「ジャガイモを油で揚げた料理だよ。銅貨二枚だけど、ハンバーガーと一緒に買うと銅貨一枚とお得になるよ」
前世の有名チェーン店を参考にしたお得なシステムというやつだ。
飲み物まで用意するのは面倒だけど、近くの飲み物屋台と連携してそういうことをしてもいいかもしれない。
今日はいないみたいだけどジュース屋さんのお姉さんと相談してみよう。
「じゃあ、ビッグバーガーとポテトフライってやつを頼む!」
「……俺も」
「あたしも!」
「わかった。今から作るから少しだけ待っててね」
まさか、いきなりビッグバーガーセットを作ることになるとは。
僕とアイラは急いで準備を進めることにする。
高熱になった油の中に、僕は薄く切ったポテトを投入する。
じゅわあと油の弾ける音がした。
ラルフたちが口を半開きにしながら眺め、通行人たちの視線が一気にこちらに向いた気がした。やはり油の弾ける音は自然と注目を集めるようで、続々と人が集まってきた。
アイラはいくつものパテを焼き上げるのに忙しそう。
「後ろの人からご注文をお聞きします」
「ビッグバーガー一つとポテトフライってやつを一つ」
「こっちはハンバーガー二つにポテトフライ二つをお願い!」
尋ねると列になっているお客から次々と注文が飛んでくる。
料理と並行していると覚えるのが難しいと思うが、宿屋で長年従業員をやっている僕だ。この程度の注文であれば、記憶することは簡単。
普段の食事時の方がもっと混沌としているからね。
きっちりと脳内で注文を記憶しながらレタスを千切り、トマトやチーズをスライス。
それを終える頃にはポテトフライが上がったので、しっかりと油を切って塩をぱらりとまぶす。そして、用意した厚手の三角袋へと入れていく。
「ビッグバーガー三つどうぞ!」
「ポテトフライも三つだよ」
ちょうどアイラの方も出来上がったらしく、一番目の客であるラルフ、シーク、ヘルミナへと渡し、お金を貰う。
「うおおおおお! ハンバーガーがでっけえ!」
「このポテトフライってやつなんか可愛いかも!」
三人は料理を受け取ると屋台から少し離れたところで口にする。
「うめえ!」
「……大きくなったことで食べ応えも増しているな」
「二人ともこっちのポテトフライも食べてみて! 外はカリっとしてて、塩味ととても合うから!」
「……なんだこれ。とまらないぞ」
ビッグバーガーを夢中で頬張るラルフと、ポテトフライに驚嘆するヘルミナとシーク。
どうやら新しい料理の方も気に入ってもらえているようだ。
そんな様子を横目で確認しながら次々とやってくるお客に料理を提供していく。
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