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幼馴染との朝

ぬるっと3章はじまります


「トーリ、起きなさい!」


「んん? レティーーじゃなくて、アイラじゃないか。一体、どうしたの?」


 身体を揺さぶられて目を覚ます。


 目を開けると僕の目の前にはレティではなく、幼馴染のアイラがいた。


 家族であれば特に気にしないが、幼馴染であっても寝室にやって来られると少しドキッとした。


 ふと窓の方に視線を向けると外はまだ薄暗い。


 このパターン、どこかで経験したことがある。


「どうしたのって今日は一緒に屋台をやる日でしょ?」


「だからって起しに来るのが早過ぎるよ」


「ええ? どうして? いつも屋台を出す時はこのくらいの時間に起きているじゃない」


 僕が言うと、アイラは首を傾げてキョトンとする。


「いやいや、ミートチョッパーができたから仕込み時間が短縮されたって言ったよね?」


「ミートチョッパー? なにそれ?」


 怪訝な表情を浮かべる僕とアイラ。


 なにかが嚙み合っていない様子。


「あれ? アイラにはミートチョッパーのことを教えていなかったっけ?」


「聞いてないわ」


 ここで僕はようやく気付いた。互いに意思の疎通ができていなかったことに。


「……ごめん。てっきり伝えた気分でいたや」


「多分、そうみたいね。とりあえず、どういうことか教えてくれる?」


 僕が謝ると、アイラは僕のベッドに腰かける。


 薄暗い寝室に同じ年ごろの男女が二人。しかし、アイラは全く気にした様子がない。


 きっと彼女の中で僕は男として認定されていないんだろう。まあ、アイラが気にしていないんなら別にいいや。


 ひとまず身体を起こした僕は、ミートチョッパーという道具について説明する。


「ええっ! すごいじゃない! つまり、その道具があればパテが楽に作れるってことよね?」


「うん、準備にかかる時間が短縮されたんだ。今度からはもう少し遅くに来ても大丈夫だよ」


「わかったわ」


「そういうわけで僕は、もう少し寝るね」


 説明を終えた僕は上体を崩して、再び布団にくるまる。


 ミートチョッパーのお陰でまだまだ寝ることができるのだ。こんな早くに起きる必要はない。


「ちょっと待ちなさい! トーリが寝たら私はどうするの!?」


「……家に戻って二度寝すれば?」


「バッチリ準備を整えてやってきたのだから、今さら眠れないわ」


「え? なんで普通に寝ればいいじゃん」


 まだ時間はあるんだ。アイラも家に戻って眠ればいい。なんなら寝坊して、今日の出店は無しというのもアリだと思う。


「誰でもトーリみたいにすぐ眠れるわけじゃないのよ? それにちょっと化粧してるし、今さら二度寝とかできないわ」


「え? アイラ、化粧とかしてるんだ?」


「ほ、ほんの少しだけね」


 薄暗いし自然で目立たなかったが、近づいて見てみるとほんの少しだけしているのがわかる。


 女性だと化粧をした後はベッドに入ることができないだろう。


 化粧をしたまま寝るのも肌に良くないし、落として寝てもまた化粧をするのは面倒だ。


 もう眠れないというアイラの言い分もわかった。


「それはしょうがないね」


「ええ、だから――」


「適当に散歩でもしてきなよ」


「…………」


「それかうちで適当にボーっとしててもいいよ? 少しなら本もあるし、蝋燭もつけてあげるから」


「トーリも起・き・る・の! わかった?」


 などと一人での有意義な過ごし方を提案すると、アイラが僕の肩を掴んで言ってきた。


「あ、はい」


 綺麗ながらも妙に凄みのある笑みに僕は頷くしかできなかった。


 すると、アイラは満足そうな顔になった。


 まあ、僕の情報伝達ミスのせいだからね。非常に残念だけど起きることにしよう。




 ●




 身支度を整えると、僕とアイラは一階にある厨房へとやってきた。


 今日はまだ父さんはいないが、直に朝の仕込みに降りてくるだろう。


「それじゃあ、早速仕込みをしようか」


「これがミートチョッパーってやつね? どうやって使うの?」


「今から見せるよ」


 好奇心旺盛に尋ねてくるアイラにそう言って、僕はまな板の上でエイグファングとブラックバッファローの肉をカット。それらをミートチョッパーに入れていく。


「後はハンドルを回すだけで、こうやってミンチができるんだ」


「うわわわっ! お肉がみゅーんと出てきた!」


 押し出されてミンチ状になった肉を見て、アイラが興奮の声を上げる。


「……アイラ、驚く気持ちはわかるが、まだ早朝だから静かにな?」


「あ、アベルさん。すみません」


 ちょうど厨房にやってきたのは父さん。


 どうやらアイラの声が結構なところまで響いていたようだ。


 まだ一般的なお客さんが起きるには早い時間帯。従業員が朝から騒がしくしていては良くないからね。


「ねえ、トーリ。これ私がやっていい?」


「うん、お願い。足りなくなったら肉をカットして、入れてくれればいいから」


「わかった」


 ややボリュームの抑えた声で返事するアイラ。


 しかし、その表情は新しい調理道具を扱うウキウキ感が滲み出ていた。


 新しい調理道具を使う時って、なんだかワクワクするよね。


 僕もそれなりに料理はするから、アイラの気持ちはとてもよくわかる。


「さて、僕は他の仕込みをするかな」


 早起きさせられて時間はあることだ。以前、ユウナとエリーナに振舞ったフライドポテトも用意しちゃうか。


 アイラにミンチ作りを任せている間、僕はジャガイモを洗って皮を剥き、パテに必要となるタマネギをみじん切りにする。


「おお、トーリ。ついでにこっちも頼む」


「はーい」


 作業をしていると、ついでとばかりに父さんからジャガイモとタマネギの仕込みを頼まれてしまった。


 まあ、ついでだからいいんだけどね。前回は父さんが下処理をしてくれたタマネギを使わせてもらったから。持ちつ持たれつつだ。


「トーリ、そんなにタマネギを切って目にしみないの?」


 タマネギをみじん切りにしていると、アイラが不思議そうに尋ねてくる。


「しみないよ」


「ええ? どうして? 私が家で手伝う時は、すごく涙が出るのに……」


「冷蔵庫で少し冷やしておくことで、目にしみる成分の気化を抑えることができるんだ」


「え? 気化?」


「とにかく、目にしみにくくなるってこと」


 これも前世の知識の一つだ。派手な知識チートのようなものはないけど、こういった生活の知恵程度であれば、一般人程度の僕でも知っている。


「そうなんだ。教えてくれて、ありがとう。次に家でやる時にやってみるわ」


 どうやらアイラもタマネギには苦しめられていたようだ。


 目にしみるとわかっている食材となると、下処理をするにも躊躇う気持ちが出ちゃうからね。快適にできる仕事は快適にが僕のモットーだ。


 みじん切りにしたタマネギをフライパンで飴色になるまで炒める。しっかりと火が通ったら器に移して粗熱をとる。


 よし、後はタマネギと調味料を混ぜてこねればパテは完成だ。


「アイラ、そっちの様子はどう? って、どれだけミンチを作るの?」


「えっ!? あ、ごめん! ミンチを作るのが楽しくて作り過ぎちゃった!」


 アイラの方に視線をやると、大量のミンチ肉がボウルの中で盛り上がっていた。


 どうやら僕が声をかけるまで夢中でハンドルを回していたらしい。


 ハンドルを回すだけで肉がニュルンと押し出される光景は見ているだけでも楽しいので気持ちはわからなくもない。でも、明らかに作り過ぎだった。


 屋台で使い切ることは可能だけど、屋台での営業が長引くと宿の仕事にも影響が出る。


「それなら半分ほど貰っていいか? 野菜スープの中に肉団子として入れようと思う」


「それは助かるや」


 どうしようと悩んでいると、父さんがありがたい提案をしてきた。


「ごめんなさい、アベルさん」


「食材を無駄にしたってわけじゃねえんだ気にするな。お陰で俺も楽ができた」


 申し訳なさそうにするアイラにカラッとした笑顔で答える父さん。


 この嫌みのないフォローがモテる秘訣なのだろう。


 僕も何か気の利いたフォローをするべきかもしれない。


「これだけハンドルを回し続けられるなんて、アイラの腕力はすごいね」


 なんてフォローをしてみたが、アイラは嬉しがることもなく、綺麗な笑みを浮かべて固まった。


 傍にいる父さんは何故かため息を吐いて、右手を顔に当てている。


 あれ? 僕のフォローまずかった?


「………なら、私の腕力の凄さを教えてあげるわ」


「ええっ!?」


 きょとんとしているとアイラが手を伸ばし、僕の頭に万力のような力が加わった。


 母さんといいアイラといい、僕の身近にいる女性は腕力が強過ぎるよ。





『転生したら宿屋の息子でした』コミカライズ原作大賞で金賞をいただき、マンガUPにてコミカライズ連載中です。コミック1巻は6月7日発売。


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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『魔物喰らいの冒険者』

― 新着の感想 ―
[良い点] コミック2巻まで購入しました。大変面白かったです。前回、こちらの作品を読んだときより(今回2周目)、主人公のぼーっとした感じが秀逸なイメージ映像があることでより面白く感じました。男の子のボ…
[気になる点] いつも楽しく読ませて頂いてます ミートチョッパーのくだりで、 ミンチ肉の出てくる所に動物の腸を被せて手作りソーセージが作れるじゃんと思ったのですが 夜食の話でホットドッグにソーセー…
[一言] トーリ、そこはうちの朝食の分まで用意してくれてありがとうとか色々言い方あるでしょう!
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