肉の日は今度に
ラルフとシークが骨せんべいを齧りながら、悔し涙を流して夜の街に消えた後。
食堂内にいる客もお腹が膨れてきたのか、注文の波が少し穏やかになってきた。
提供できる最後の骨せんべいを揚げながらボーっとしていると、レティがやってくる。
「お兄ちゃん、ミハエルさんの給仕を頼んでいい? 私、ワインとか注げないから」
ああ、ミハエルに給仕をする=あの高級ワインを注ぐ必要があるからな。レティが務めるには少し荷が重い。
「わかった。僕が給仕してくるよ」
ちょうどミハエルのテーブルに持っていく骨せんべいも揚がったところなので、お皿に盛り付けて向かう。
ミハエルのテーブルだけテーブルクロスが敷かれており、ナイフやフォーク、ワインがあるのでフレンチレストランにやってきたような気分。
席についているミハエルやウルガス、エルフも他の客に比べると、行儀よく座っているので品性がある。
なんとなくいつも通り配膳する気分に慣れなくて、戯れにミハエルに教えられた接客をやってみる。
「お待たせしました、本日の骨せんべいになります」
「うん、トーリ君は本当にお客を喜ばせるのが上手いね」
どうやら雰囲気に合わせる接客は喜んでもらえたようだ。ミハエルが嬉しそうに笑う。
「恐れ入ります」
「でも、これは僕が好きでやっていることだからいつも通りにやってくれていいよ。その気持ちだけで十分さ」
「そうは言うけど、ワインは丁寧に注がないとダメなんでしょ?」
「勿論さ。上質なものには、それなりの扱いをしてあげないと失礼だからね」
くだけた口調で尋ねると、ミハエルはそれが当然だとばかりに頷いた。
言っていることが矛盾しているじゃないか。でも、ミハエルの気持ちもわからないでもない。
ルバーニの白ワインはとても高級だと聞いている。そんなものに雑な扱いはしたくないからな。
「これが魚の骨を揚げた料理とやらか?」
エルフの男性が骨せんべいを怪訝そうな表情で見つめる。
「初めて見たけれど、見た目は悪くないね! 盛り付けも綺麗だ!」
ここのテーブルには盛り付けにうるさそうな客がいるので、他の盛り付けには拘ったからね。
「よかったらワインをつごうか?」
「ああ、頼むよ。それとグラスを二つ追加で」
「……っ!?」
「む? そのようなものを振る舞われても払う金はないぞ?」
ミハエルの突然の言葉にウルガスが驚き、エルフがきっぱりと告げる。
ミハエルの呑んでいるワインが高級なものというのは、宿にくる客であれば周知の事実だ。
そんなものを急に振る舞われても、平民が気軽に払えるものではない。
「一人で呑んでも味気ないからね。同じテーブルについたよしみとして振る舞わせてくれないかい?」
奢ってやるではなく、奢らせてくれないかと提案するところがミハエルの心の広さを表しているようだ。
顔だけじゃなく、その心までイケメンだな。
「そういうことなら有難く受け取ろう」
「……っ!」
ミハエルの言葉に納得したのかエルフは表情を和らげてそう言い、ウルガスは嬉しさを表すように激しく首を縦に振った。
三人の了承もとれたところで、僕は預かっているルバーニのワインと追加のグラスを取りに厨房に。
「トーリ、ミハエルのところに料理を持っていってくれるか?」
「あー、ごめん。これからワインをつぎにいくから」
さすがに僕でもルバーニの高級ワインを持ちながら、他の料理を運ぶようなことはしたくない。ワインだけでも心臓に悪いのだから。
「シエラはエールのお代わりがあるし、レティに行かせるのもな。しょうがねえ、俺が直接持っていくか」
誰かに頼むことを諦めて、父さんが出来上がった料理を運ぶことになった。
僕がワインとグラスを持って進むと、料理を手にした父さんが後ろに続く。
僕が静かにグラスを置いて、そこにルバーニの白ワインを注いでいく。
ミハエルも骨せんべいが気に入ったらしく、バリバリと食べている。
決して上品な料理ではないが、ミハエルが食べると洗練された料理に見えるから不思議だ。
エルフの男性は動じることなく座っているが、ウルガスはちょっとソワソワしていた。
稀少なワインが飲めることが嬉しいのだろう。
座っているのはいかつい全身鎧であるが、どこか微笑ましい気分にさせてくれる。
「待たせたな。メッバールのムニエルとソードフィッシュの香草焼きだ」
「んん~っ、いい香りだ!」
父さんの料理を並べると、ミハエルが香りを嗅いで恍惚そうに息を吐いた。
メッバールのムニエルは丁寧に火入れがされており、そこにかかったソースやスライスされたレモンが乗せられていてとても美味しそうだ。
そして、大皿にでかでかと置かれているのはソードフィッシュの香草焼き。
剣のように鋭い切っ先のある頭はそのままに、胴体は大胆に腹を開かれ、その中には何種類もの野菜やハーブが詰められており、とても香り高い。
離れていても食欲のそそる匂いが漂ってくる。
時間をかけて料理していただけあって、ソードフィッシュの香草焼きは完成度が特に高いな。傍で見ている僕も食べたくなってきた。
「それじゃあ、頂くとしよう。乾杯!」
ミハエルがワインの入ったグラスを掲げると、エルフとウルガスも控えめながらぶつける。
グラスの澄んだ音を鳴らして、香りを楽しんだ後に口をつける。
「なんて香り高く深い味わいなんだ」
「…………」
ルバーニの白ワインを呑んでエルフが息を呑み、ウルガスはジーンと感動したように動きを止めていた。
それを父さんは羨ましそうに見つめている。後でたくさん呑めるんだから我慢だよ。
「さて、今度は料理を楽しもうじゃないか」
ミハエルがナイフとフォークを使って、早速とばかりにメッバールのムニエルを切り分ける。気持ちは逸っているようだが、その手つきはとても丁寧で美しい。
これが貴族の所作だろうか。とても器用なことをするな。
ミハエルほど優雅ではないが、エルフとウルガスもナイフとフォークを綺麗に扱って切り分ける。
この二人は貴族じゃないはずだが、明らかに使い慣れている感じだな。
そういうこともあって、ミハエルは二人を同じテーブルに着けたのだろうか。
ミハエルはムニエルを切り分けると、それをフォークで口に運ぶ。
その様子を父さんが真剣な眼差しで見つめる。
今日はミハエルの持ち込んだワインに合うように、魚介料理を作っている。料理人としてミハエルの感想が気になるのだろう。
「うん、美味い。いい火加減だ」
ミハエルの満足そうな言葉に父さんが嬉しそうに口元をゆるめた。
エルフは無言だが、パクパクと食べ進めている様子を見れば気に入っていることはわかる。
ウルガスは相変わらず鎧で表情が伺えないが、どことなく上機嫌そうだ。
「ふむ、次はメインの香草焼きだな」
ミハエルは自らソードフィッシュの香草焼きを切り分けると、ウルガスとエルフの皿に盛り付けてあげる。
それが終わると自分の皿に盛り付けたものを一口に切って口へ。
ゆっくりと味わうように咀嚼し、白ワインと一緒に流し込む。
「……美味い」
ミハエルから熱のこもった吐息のような言葉が漏れた。
人は本当に美味しいものを食べると、無駄な言葉が出なくなるらしい。
ミハエルだけじゃなく、エルフやウルガスもムニエルとワインを同時に味わって満足そうにしていた。
三人の間に称賛の言葉はない。が、その幸せそうな顔を見るだけで、とても満足している
ことがわかった。
これには手間をかけて料理した父さんや僕もにっこりだ。
料理をした者や提供したものにとって、お客の満足そうな顔が何よりも嬉しく、励みになるのだから。
働くのが面倒な僕でも、宿のお客が満足そうにしていると少しは頑張ろうかなと思えるからね。
「今日は突然料理を頼んですまなかったね。お陰で僕は最高のワインを最高の料理と楽しむことができたよ」
「いや、こっちもそれなりのものを貰ったからな」
ミハエルに褒められて嬉しそうに笑う父さん。
「もし、次にいい赤ワインが手に入ったら、特別な肉料理とか頼もうかな」
「おお、赤ワイン!」
ミハエルの言葉を聞いて目の色を変える父さん。
父さんはワインの中でもどちらかというと、赤ワインの方が好みだ。顔を見ただけで飲みたいと思っているのがわかる。
「たまになら悪くないけど、また忙しくなりそうだから当分は勘弁して」
また今日みたいな忙しさがやってくるなんてとんでもない。
今日は凄く働いたので当分は休みが必要だ。
「あはは、それもそうだね。肉の日はもう少し先にすることにするよ」
僕の心からの言葉に、父さんは惜しそうにし、ミハエルはおかしそうに笑うのだった。
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