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休憩時間は寝るに限る

 

 普段着に着替えて食堂へと降りてきたナタリアが、気怠そうな表情で朝食を食べる。


「美味しいー。でも、死ぬほど眠いわぁ」


 一応髪も整えられているが、眠さのせいか表情に陰りがある。


 朝に帰ってきたばかりで少ししか寝ていないのだから当然であろう。


 さっきは僕をからかっていたので元気であったが、美味しいご飯を胃袋に入れているうちに眠気が襲ってきてしまったようだ。


 それでもナタリアは緩慢とした動きでフォークを動かしていく。


 それでも眠気のせいか首がこっくりこっくりと動くので中々口に入らない。


 普段着と言っても露出の高いワンピースのせいか、肩から紐がずれて胸が見えてしまいそうだ。


「ああ、ナタリアさん! 服がずれてるよ!」


 それに気付いたレティが慌てて、ナタリアの下へと向かう。


 ナタリアが心配だったが、レティがいれば安心だ。


 甲斐甲斐しくナタリアに料理を食べさせるレティを見ていると、冒険者装備に身を包んだヘルミナ達が玄関にいた。


 その物々しい装備を見る限り、どうやら討伐系の依頼を受けに行くようだ。


「おう、これが弁当だ! 気を付けて行って来いよ!」


「ありがとうおやっさん!」


「それじゃあ行ってくるね!」


 父さんからお弁当を受け取ったヘルミナ達が元気に外に出ていく。


 彼女達は僕よりも年上なのだが、精神年齢を含めると断然僕の方が年上だ。


 無邪気な彼女達が出発する様を見ると、まるで自分の子供が出ていくような感慨深い気持ちになるな。


 ……まあ、子供なんて持ったことはないんだけど。


「トーリ! レティ! 部屋の掃除に行くわよ!」


「はーい」


 ヘルミナ達を見送っていると、掃除用具を手にした母さんがやってきた。


 食事の時間も終わり、朝も中頃。部屋に泊まっていたお客の多くが働きに出て部屋からいない状態だ。


 部屋を掃除するなら今が好機というわけだ。


「私とレティは二階の方をやるから、トーリは三階の方を頼むわね」


「うげっ! また三階かよ」


 三階は二人部屋が多く、カップル同士が利用することもたまにある。


 うちは夜の営みを推奨するような宿ではないが、極まれにそういう事をしにくる客もいるのだ。


 昨日の客は数組かカップルらしき客がいたのだ。ひょっとすると夜の営みの形跡があるのかもしれない。そうであったら掃除するこちらは大変だ。


「お兄ちゃん一人でやるのが嫌なの? だったら私が三階をやろうか? 私三階の掃除あんまりしたこと

ないのよね」


「じゃあ、頼――」


「今日は二階で女性客が多かったの。だからレティは二階を手伝ってちょうだい」


 僕がレティに頼もうとしたところで母さんが遮るように言って、丁寧に建前まで付け加える。


「そっか。なら、私がやる方がいいよね。じゃあ、お兄ちゃん三階の掃除頑張ってね」


 母さんの建前にあっさりと納得したレティは、掃除用具を手に取って二階へと上がっていく。


 レティの姿が完全に見えなくなると、僕は母さんにじとっとした視線を向ける。


「……ちょっと母さん」


「文句言わないの。純粋なレティにカップルの部屋を掃除させるわけにはいかないじゃない」


「つまり僕はもう汚れていると言いたいの?」


「擦り切れているのは確かでしょ?」


 抗議する僕に、母さんはきっぱりと言いながら掃除用具を押し付けてくる。


「そろそろレティも十歳だし、そういう知識をちゃんと教えてあげた方がいいと思うよ」


「わかってるわよ。近いうちに教えておくから」


 母さんはそう言うと、この話は終わりだとばかりに二階に上がっていく。


 本当に教えるのかな? 母さんも父さんも何だかんだとレティに甘いからな。きちんと教えられるか心配だ。特に父さんはベタ甘だし。


 まあ、男である僕が教えても話がこじれる未来しか見えないので、この件については母さんに全面的に任せよう。


 レティよ。君にはいつまでも純粋でいてほしいが、早く知識をつけて大人の階段を上ってきてほしい。具体的にはこの宿屋にある三階まで。


 そしてお兄ちゃんをこの汚れ仕事から解き放ってくれ。



 ◆




「……終わった」


 三階の部屋の掃除を終えた僕は、ぐったりしながら中庭で呟く。


 三階の部屋であるが、具体的に言うと二部屋ほど形跡のある部屋があった。


 まずはそこの部屋の扉を開けて空気の換気をする。その間に他の普通の部屋の窓も同じように開けて換気。それから室内を掃き掃除して、雑巾をかけて。備品に異常がないかチェックして、シーツを取り換えた。


 だが、やはりその二部屋は強敵で、次に使う客が不快にならないように入念に掃除をしなければならない。結果的に隅々まで掃除しなければいけないので、普通の部屋を掃除するよりも何倍も労力がかかるのである。


 身体的に疲れると同時に、そういう部屋の掃除をすると精神が疲弊する。


 まるで自分の清い心が穢されたかのような。何ともいえない疲労感だ。


「残っている仕事をさっさと片付けて、先に一休みをさせてもらおう」


 三階の仕事を終えた後は、母さんと父さんも心労を慮って一休みさせてくれるからな。


 そういう配慮ができるなら、カップルが多い日に三階の掃除をさせないでほしいのだけどね。


 そう心の中でボヤキながら、僕は掃除用具を片付ける。


 それから各部屋に置かれている洗濯籠を集める。


 うちの宿屋には追加料金を払えば、従業員が洗濯をするサービスがある。


 各部屋に置かれている洗濯籠に洗濯してほしい衣服類を入れる。それを従業員が回収して洗濯するというわかりやすいシステムだ。


 勿論、冒険者の武具といった専門的なものは無理だが、普通の衣服類やタオルは問題ないからな。


 部屋の番号がかかれた籠を回収していき、中庭でシーツを洗濯している母さんとレティの下へとついでとばかりに任せる。


 ちなみにナタリアは下着であろうと遠慮なく任せる。しかし、恥じらいのあるヘルミナは同じ女性である母さんやレティにも頼むのが恥ずかしいらしくて自分で洗っているよう。


 そういうところが年頃な女性らしくてどこか微笑ましい。


「お疲れ様。洗い物はやっておくからトーリとレティは少し休んでいいわよ」


「うん、わかった!」


「じゃあ、そうさせてもらうよ」


 洗濯籠を全部持ってくると、母さんから休憩を頂くことができた。


 なんだかんだと厳しい母さんであるが、一応は僕の事も配慮してくれているようだ。


 一旦休憩など前世で務めていた会社ではほとんどなかった気がする。


 労働から解き放たれた僕は、両腕を上に伸ばしてグンと伸びをする。


 ああ、凝り固まっていた筋肉がほぐれて気持ちいい。


「お兄ちゃん、何するの?」


「昼寝」


 寄ってくるレティにきっぱりと告げると、あからさまに不満そうな顔をする。


「ええ? 朝も十分寝ていたよね?」


「それでも足りないの」


 レティは僕と一緒に会話したり、遊んだりできると思っていたようだ。


 だが残念ながら今日のスケジュールは埋まっているのだ。レティの相手をしている暇はない。


「じゃあ、いいや。アイラお姉ちゃんのところに行ってくるから」


「はいはい、行ってらっしゃい」


 僕が一緒に遊んでくれないと悟ったのか、レティはそう言い残して外へと走り出す。


 僕の幼馴染であるアイラのところに遊びに行ったようだ。


 アイラならレティとも仲がいいし、家の距離も遠くない。適当に遊んだら戻ってくるだろ。


 そう思った僕は意気揚々と自分の部屋へと戻って、ベッドの上で寝転がる。


 ああ、柔らかい布団の上は最高だな。


 朝から働いた身体の疲労がみるみる吸引されていくかのようだ。


 僕は自分のベッドの布団の弾力を確かめるかのようにゴロゴロと転がる。


 きちんとした休憩時間のあることのなんと素晴らしいことだろう。


 やっぱり人間は長時間働けるようにできていないんだよ。


 ほどほどに働いて、生活するのが一番。きちんとした休みを取るスケジューリングこそ、最も効率が良くて健康にもいい働き方だな。


 そう心から納得して、僕は暗闇の底へと意識を落とした。





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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『魔物喰らいの冒険者』

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