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骨せんべい


 食堂内ではひっきりなしの注文の声が飛び交うが、皿洗いを終えたリコッタが加わることで若干の余裕が出てきた。


 厨房の中に置いてある、つまみ食い用の川エビや小ハゼも見事に平らげられていた。


 きっと、父さんだけじゃなく、エールをつぎにきた母さんやリコッタも食べたのだろうな。


 ひたすら素揚げを作ってを繰り返していると、海魚の骨などが集められているボウルを見つけた。


 ……これも揚げてしまって骨せんべいとかにしたら美味いんじゃないだろうか。出汁にとるのもアリだけど、今は手軽に美味しく食べてしまいたい。


「父さん、ここにある骨とか使う?」


「いや、その小さいのは出汁にするにしても使いづらいし捨てるつもりだな」


「じゃあ、これ揚げちゃっていい?」


「骨を揚げるのか!?」


 忙しく料理をしていた父さんが思わず振り返る。


「うん、美味しく食べられると思うんだ」


 この街で魚の骨せんべいが食べられているところは見たことがない。というか、海に面しておらず、魚介料理が発達していないので当然かもしれないが。


 父さんの常識からしても、魚の骨を揚げるというのは予想外らしい。


「まあ、どちらにせよ捨てる部位だ。好きにしても構わん」


「わかった。ありがとう」


 忙しくて付き合っていられないと思ったのか、僕がやっているいつもの変なことだと認識したのか父さんは料理に戻る。


 許可をもらった僕は意気揚々とボウルをかっさらって料理にとりかかることにした。


 とはいっても、骨せんべいなんて簡単なもので料理というのも大袈裟だな。


 そのまま油の入ったフライパンに入れて素揚げにしてもいいが、僕は少し衣がついたサクッとした感じが好きなので、魚の骨に片栗粉をまぶしていく。


 まんべんなくそれをつけて余計な粉を振り落としたら、それをサッとフライパンの中へ。


 サッと砂が勢いよく流れるような音が鳴り、油の弾ける音がする。


 この油に投入した時の音が堪らないな。


 最初は高い温度のまま揚げて、途中から温度を少しだけ下げる。


 あとはカラっと揚がるのを待つだけ。


 他の料理を作りながら七分くらい経過すると、油で揚げていた骨は狐色の衣を纏っており、見事な骨せんべいとなっていた。


 骨せんべいから泡がほとんど出ておらず、水分が抜けたことを確認したのでバットの上に骨せんべいを乗せる。


 余分な油を落としている間に、冷蔵庫に入れておいたマヨネーズを小皿に。


 そのまま食べるのも、塩をつけて食べるのもいいが、僕の好みはマヨネーズをつけてマイルドにして食べることだ。お酒が飲めればそのままでも十分なんだけどね。


 油が少し落ちたところで僕は骨せんべいを取って口へ。


 サクッとした衣の食感とカラリと揚がった魚の骨。噛めば噛むほど魚の旨味が染み出してきて美味しい。


 お次は小皿に盛り付けたマヨネーズをつけて食べる。


 マヨネーズの甘味とほのかな酸味が、油を見事に中和してくれる。元々の魚の旨味が濃いので、まろやかなマヨネーズをつけるとさらに食べやすくなるな。


 あー、完璧に酒のあてであるが美味しいんだよなぁ。


「あー! トーリがまたなんか美味しそうなの食べてる!」


 僕がおやつ感覚でバリボリと骨せんべいを食べていると、近くのテーブルに陣取っているヘルミナが目ざとく発見。


 既にお酒が大分回っているのか、ヘルミナの呂律が若干怪しい。


「薄くスライスした魚を揚げているのかしら?」


「わかんないけど、美味しそう! ねえ、トーリ君。それ私達にもちょうだい?」


 興味津々のナタリアと、可愛らしい計算し尽くされた表情と声でおねだりをしてくるリリス。


「うーん、売ってあげたいけど、これは余り素材を使った賄いだから」


「余り素材ってなに使ってるの?」


 僕が言いよどむとリリスがおそるおそる聞いてくる。


「魚の骨を揚げたんだ」


「魚の骨!? トーリ君、魚の骨をむしゃむしゃ食べてるの?」


「うん、揚げちゃえば全然食べられる硬さだしね。旨味も凝縮されていていいオツマミになるよ」


「魚の骨ってところには驚いたけど、トーリが美味しそうに食べていると気になるわね」


 どこか物欲しげな視線を向けてくるナタリア。


 余り素材である骨せんべいでも特に忌避感はないようだ。


 しかし、僕の判断で勝手に提供するわけにはいかない。


「父さん、骨せんべいが欲しいって人がいるんだけど?」


「おいおい、さすがにあの残骸を売るわけにはいかんだろ。まず味はどうなんだ?」


 やはり何となく気になっていたのだろう。僕が尋ねると、父さんは理由をつけながらズイッとやってきて骨せんべいをパクリ。


 バリボリと父さんが骨せんべいを食べる音が響き渡る。


「おおっ! これはいけるな! ただの骨が揚げるだけで、ここまでの味になるとは……っ!」


 驚愕を露わにしながら父さんは次の骨せんべいを食べ、また一つ手に取る。


「で、父さん。これは売りに出していいの?」


「トーリが料理しなけりゃ捨てるだけだったしな。売り物になるし、売ってしまうか」


「わかった」


 父さんからのお許しが出たので、僕は揚げたての骨せんべいをお皿に盛り付けていく。


「ただ、全部は出すなよ? 家で食べる分も残しておけ」


「……わかったよ」


 それだけ父さんも骨せんべいが気に入ったんですね。ちゃんと晩酌する分も残しておきますよ。


 家族で食べる分はわけておいて、僕は皿に盛りつけた骨せんべいをヘルミナ達のところへ。


「はい、骨せんべいだよ~」


「そのまま手で取っていいのよね?」


「うん、塩胡椒で軽く味付けしてるけど、マヨネーズをつけたり、レモンを絞ってみたりと後はお好みだよ」


 僕が説明すると、一番にヘルミナが手を伸ばして食べる。


「骨なのにパリッとしてて美味しい!」


 美味しそうにバリバリと食べるヘルミナを見て、ナタリアやリリスも口に。


「あらっ、本当ね。骨なのに魚の旨味が凝縮されていて美味しいわ」


「手軽に食べられて子供のおやつって感じね。でも、お酒もいける」


 魚の骨ということで少し物怖じしていた二人だが、美味しさで吹っ飛んでしまったらしい。


 川エビの素揚げの時のように競い合うかのように手を伸ばして、エールを呑んでいる。


 気が付くと食べるのを止められなくなるのが骨せんべいだ。


「うおっ!? なんじゃこりゃっ!?」


「食堂がバカみたいに人で溢れてるぞ!?」


 ヘルミナ達の様子を見ていると、入り口ではラルフとシークが食堂内を見渡して驚きの声を上げていた。


 あれ? ラルフとシークは男だけで呑みに行っているのではなかっただろうか? 二人が呑みに出ている時はもっと帰ってくるのが遅いはずだ。


「あーら、あんた達男だけで呑みに行ったんじゃなかったの?」


 入り口で驚愕しているラルフとシークを見つけたのか、ヘルミナが少し不機嫌そうに声をかける。


「いや、それが急な仕事が入ったとかで呑み仲間が途中で帰っちまってよぉ」


「二人で呑むのもつまらないし戻ってきたんだが、今日の食堂は一体どうなってるんだ? 客が異常に多いぞ」


 シークの投げかけた疑問を聞いて、ヘルミナはにんまりと笑う。


「今日はね、食堂で魚介料理が出される日なのよ。ほーら、見なさい。私達がたまに食べる泥臭い川魚じゃなくて、本物の海の魚よ!」


「「うおおおお、マジか!?」」


 ヘルミナに見せびらかされた料理を食い入るように眺めるラルフとシーク。


 言葉に出していなくても食べたいという気持ちが伝わってくる。


 海の魚など滅多に食べられるものでもないしな。それをうちの宿屋では冒険者でもちょっと奮発すれば食べられる値段で提供しているから尚更だ。


「ヘルミナ様。もし、よかったらご一緒させて――」


「でも、二人は男だけで外で呑んでくるのよね? あーあ、せっかくの魚介料理の日なのに勿体ないわね」


 ラルフが手を揉みながら一緒のテーブルにつくのを申し出るが、それをヘルミナがわざと遮る。


「残念だけど、今日はヘルミナと女子会をするって約束なのよねぇ」


「座れる席もないし、男はあっちいって」


 ラルフとシークによって、ヘルミナだけが仲間外れにされたとしっているナタリアとリリスが二人に味方をすることもない。


 その気になれば二人くらいは座れるが、そのつもりはないようだ。


 まあ、仲良くもない人と密着してまで料理を食べたいとは思わないだろうな。女性ならばなおさら。


「でも、私は二人と違って優しいからおかずくらいは分けてあげるわ。はい、骨せんべいあげるから、どっか行って!」


「ぐぬぬぬ、くっそ! 魚介料理が出るって知っていたら呑みになんかいかなかったのによぉ!」


「なんだよ、この骨せんべいってやつ! 滅茶苦茶美味いじゃないか!」


 悔しそうにしながらもちゃっかりと骨せんべいを貰うラルフとシーク。


 美味しそうな食べ物の前ではプライドもないようだった。





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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『魔物喰らいの冒険者』

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