お客同士で
父さんが作り置きしてくれた牛肉炒めを食べて腹ごなしをし、獲ってきた貝などを種類ごとに仕分けして、水に浸して砂吐きをさせる。
それを終えて、庭にあるハンモックで仮眠をとっていると、ガラガラと荷車の入ってくる音がした。
うん? 今日はユウナやエリーナが野菜を卸しにくる日じゃないし、もう夕方ごろだ。
一体、誰が何を運び込んできたのだろう。
疑問に思って思わず目を開けると、荷車を引いていたのは父さんだった。
ということは、荷車に乗せているのは市場で買った魚介類というわけか。随分と気合の入った量だな。
起きていることがバレたら荷物運びとか手伝わされるかもしれない。
僕は父さんに起きていることを悟られぬよう、開いていたまぶたを即座に閉じて寝顔を作る。
「おっ、トーリ。ちょうどいいところに。食材を運ぶのを――なんだ? 寝てるのか?」
予想通り、父さんは僕を見るなり手伝いを要求。しかし、僕の健やかな寝顔を確認してか、声を萎ませた。
ふふふ、さすがの父さんも可愛い息子の寝顔を前にしては弱いようだな。
「おーい、シエラ。買い出しから戻ったから運び入れるのを手伝ってくれ!」
そして、宿にいる母さんに手伝いを頼んでくれた。
やった。僕が寝ていると思われて仕事が免除された。
これでもうしばらくは、ハンモックによるお昼寝を満喫することができるぞ。
「これまた随分と買い込んだわね」
「今日は魚介料理がメインだからな。ちょっと奮発したぜ」
「これだけあると運び入れるのも大変ね。トーリにも手伝ってもらいましょう」
母さんの容赦のない台詞に、ハンモックの上で寝転ぶ僕の身体がすくみそうになる。
「おいおい、せっかく気持ちよさそうに寝てるんだ。もう少し寝かせてやっても……」
そうだ父さん。もっと言ってやってくれ。息子がせっかく気持ちよさそうに眠っているのだ。それをわざわざ起こして無理に働かせる必要はない。
「熟睡してるのならそうだけど、面倒くさそうな仕事を前にしてわざと寝たふりをしてる子はいいと思うわ」
母さんはそう言いながらツカツカと歩み寄ってくると、僕の脇にガッと腕を差し込んで、指をわきわきと動かした。
それでも僕は寝たふりをしようと精一杯取り繕う。しかし、脇から走り抜けるようなくすぐったさに思わず声を上げた。
「あひゃひゃ、か、母さんやめて!」
「ほら、すぐに反応したでしょ? 熟睡していたら私が近付いただけで身を固くしないし、こんなにすぐに声も出さないわ。大体、トーリが熟睡してる時の顔って、こんな綺麗なものじゃなくて、もっとだらしないのよね」
とか言いながらも、ずっとくすぐるのをやめてくれない母さん。
ハンモックが大きく揺れて、僕が落ちそうになる寸前で母さんはくすぐるのをやめてくれた。
くそ、やはり母さんの目は誤魔化すことができなかったか。僕の寝たふりがこんなにあっさりと看破されてしまうなんて。
「トーリ、お前寝たふりをしてやがったのか?」
「寝たふりなんてしてないよ。父さんが帰ってきたタイミングで二度寝をしただけ」
「一緒じゃねえか! 起きたのなら運ぶのを手伝え!」
父さんにそう言われて、僕は渋々ハンモックから降りて荷車へと歩き出す。
荷車の上にはたくさんの木箱が詰まっている。中は当然、市場で買ってきた魚介類だろう。
父さんに渡されて抱えると、木箱からひんやりとした冷気みたいなのが漏れ出していた。
「あ、これ。冷たくて気持ちいい」
僕が今、抱えているのは氷の魔道具によって冷凍された海の魚だろう。
春を過ぎて暖かくなってきた今の季節からすれば、この冷たさがとても心地よい。
「気持ちはわかるが、食材が痛むから早く運んでくれよ」
父さんに急かされて僕は木箱を厨房へと持って運び込む。
「私が冷蔵庫に入れるからドンドン運んできてちょうだい」
「あ、ズルい」
冷蔵庫に食材を詰めるだけだなんて羨ましい。僕もあるならそっちの仕事がよかった。
「男の子でしょ、荷運びを頑張りなさい」
僕より母さんの方が力持ちなのだが、それを言ってしまえば拳骨が降り注ぐことになるので、僕は口をつぐんで再び荷物を取りに中庭に。
僕と父さんが木箱を運んでいく度に、厨房には木箱の山が出来上がる。
テーブルの上では、木箱から開封された冷凍の海魚が並べられており、母さんがバットに乗せてせっせと冷蔵庫に入れていた。
その中で一部、外に出されているものは室内で自然解凍をさせている。さすがに業務用で大きな冷蔵庫を買ったとはいえ、これだけ大量の食材は入りきらないからな。
室内での常温解凍は細菌が繁殖する確率が高いので、これらの魚は加熱処理をされる魚なのだろう。
指で小突いてみると、冷凍された魚はカチンコチンだ。
「ああ、海の魚がずらりと並んでいる姿は壮観だねぇ」
気付けば厨房の受け取り口にはミハエルがおり、実に満足そうな笑みを浮かべている。
今日は一日宿にいたのか、たった今帰ってきたのかは知らないが、いつも食材が絡むと傍にいる気がする。
「おお、それはメッバールにソードフィッシュじゃないか! さすがはアベルさん、春の美味しいところを抑えているね」
「おうよ! こいつらは今が旬の海魚だからな!」
メバルのような赤くて背ビレに棘のある魚と、口先から剣のような細長いものが伸びている魚を掴んで、自慢げに言う父さん。
メッバールは食べたことがあるけど、ソードフィッシュとかいう魚は食べたことがないな。一体、どんな味がするのだろうか。
「あら? なんだか厨房が賑やかねぇ」
「たっだいまー! なになに? またトーリが新しい料理を作ったの!?」
厨房の賑々しさを察知したのか、二階にいたナタリアが降りてきて、依頼を終えて帰ってきたヘルミナが興味深そうにやってくる。
「新しい料理は作ってないよ。ただ、今日の夕食は魚介料理を中心にするってだけだよ」
「ええっ!? それって焼き魚とかが出るってこと!?」
僕がそう答えると、ヘルミナが目を輝かせる。
「うん。それだけじゃなくて、海の魚を使った料理も出るよ」
「海の魚まで!? あっははー、ラルフとシークざまあ! 私だけ置いて、呑みに行くから罰が当たったんだわ! 今日は宿で食べるのが正解なのよ!」
ああ、道理でいつも一緒にいるラルフやシークがいないと思ったよ。
きっと、冒険者仲間と男だけで早くも呑み屋街に繰り出してしまったのだろう。
そして、女性であるヘルミナはそこからハブられて拗ね気味だったところで、宿では魚介パーティー。彼女が思わずざまあと言ってしまう気持ちもわからなくないな。
「……よし、決めた。私、今日は仕事を休むわ」
僕とヘルミナの会話を聞いていたナタリアが唐突に言い出した。
「ええ? いいの?」
「だって、滅多に食べられないご馳走があるんだもの。働いてなんていられないわ。今日は思う存分食べて、お酒を呑むのよ」
仕事のない日は大抵そんな感じの過ごし方をしているが、そこは敢えて突っ込まないでおこう。
何だかんだとナタリアは仕事のある日は、真面目に出勤している。
こういう美味しい料理が出る日くらい、休んでも大丈夫だろう。人生こういった息抜きをするのが非常に大事だからな。
「いいね、ナタリアさん! 今日は一緒に呑もう!」
「ええ、今日は女の子同士で呑むわよ!」
魚介料理が食べられるとあってテンションが上がっているのか、その場のノリで意気投合するヘルミナとナタリア。
こうやってお客同士で気軽に呑みに誘えるのも、宿で宿泊する大きな利点だよね。
『今後に期待!』
『続きが気になる!』
『更新頑張れ!』
と思われた方は、下のポイント評価から評価をお願いします!
今後も更新を続けるためのモチベーションになりますので!