それ以上の成果
「そろそろ引き上げようか」
僕がそう声をかけると、ウルガスは静かに頷いた。
空に浮かぶ太陽は真ん中を越え、空腹感も覚えてきた。釣りだけで川魚も五匹釣れたことだし、十分だろう。
立ち上がるとウルガスが無言でバケツを持って歩いていく。その動作がとても自然でスムーズ。
もし、ウルガスが男性だとしたら、きっと紳士なのだろう。
なんてことを思いながら自分の釣り竿を肩にかけながら歩き出す。
レティとアイラのところに戻ると、流石に疲れたのか川辺に腰かけて談笑している様子だった。
「十分に食材がとれたし街に戻ろう」
「それもそうね。川エビや小魚もたくさんとれたし!」
アイラ達のバケツの中を覗いてみると、たくさんの川エビや小魚がいる。
川エビなんて三十匹くらいいるのではないだろうか。バケツの中でぎゅうぎゅうになってすごいことになっている。
「随分と川エビをとったね」
「家でもちゃんと食べたかったから!」
レティがどこか誇らしげに言う。
お客全員が食べるには足りないだろうが、これだけ頑張ったのなら半分くらいは家族で食べていい気がする。
どっちにしろ父さんのことだから市場で、レティの大好きな川エビを買っていそうだけどね。
「最後に罠を回収していこうか」
「あっ、そういえばそうだったわね」
僕がそう言うと、アイラが思い出したかのように呟く。
川魚の収穫については、これが本命だというのに。
「ウルガスは待ってていいよ」
ウルガスの鎧が耐水性なのかは知らないが、鎧の中に水が入る苦労をしてまで手伝ってもらわなくても大丈夫だ。
僕達は各々が仕掛けた罠のところに歩いて移動していく。
僕が仕掛けて穴を開け木箱に近付いてみると、川魚がたくさん集まっていた。どうやら水に溶けた餌やその香りに引き寄せられたらしい。
これは期待ができそうだ。
僕が近づくと警戒心の高い魚はサッと離れていくが、箱の中にいる魚はそうはいかない。これは魚の習性を利用した罠だから、今頃中にいる魚はずっと箱の中をぐるぐると回っていることだろう。
箱をゆっくりと持ち上げると、隙間から水が漏れていき中でビチビチと跳ねる感覚が伝わってきた。
穴の中を覗き込むと、アーユやウルトリーの稚魚といった川魚が五匹ほど入っていた。
たとえ罠であってもスカを食らうことはよくあるので、これは大当たりの部類だろう。
そのまま次に仕掛けた地点へ移動。そこでは川魚が四匹入っていたが、その半分は食用に適さないものであったのでリリース。
そして、最後に石を積み上げたところにはアーユが三匹ほど入っていた。
出口は一か所しかないし、僕が塞いでいるのでこれは網ですくえそうだ。
レティやアイラに頼んで網でも持ってきてもらおうかなと思っていると、ツンツンと棒みたいなもので背中を突かれた。
「うん?」
思わず振り返ると対岸からウルガスが網を伸ばしていた。
どうやら僕の様子を見て持ってきてくれたようだ。
「ありがとう、助かるよ。ついでに、罠を持ってもらっていいかな?」
網を受け取り、木箱の罠を差し出すとウルガスは嫌がる様子もなく受け取ってくれた。
自由に手を動かせる状態になったので、僕は石を積み上げた水面に網を入れる。
アーユは驚いて逃げようとするが出口は一つしかない上に、そこは僕が塞いでしまっている。
水の中では速く移動できるアーユでも狭い範囲で逃げるには限界があり、三匹ともあっさりと網の中に収まった。
「いやー、やっぱり罠は楽でいいねー」
釣り竿だと三匹釣り上げるには時間がかかるが、罠であれば高確率でこのように捕まえることができる。
やはり、気ままに釣りをしながら罠を仕掛けておくのが一番いいな。
川魚をバケツに入れて陸に上がると、同じく罠を回収したアイラが尋ねてくる。
「そっちは何匹いた?」
「三つほど確認して十匹」
「十匹!? たくさん獲れたわね……」
「アイラは?」
「二つ設置したけどアーユが二匹だけよ。しかも、小ぶり」
どこかもの悲しそうにバケツを見せてくるアイラ。
その中には、小ぶりなアーユが二匹ほど泳いでいた。
十分に食べることはできるが、少し大きさが心もとない。
「レティの仕掛けた罠には魚は?」
「三匹いたよー」
ということは、僕が罠で捕まえた川魚が十匹と、レティの罠で三匹。さらに釣り上げた魚が五匹いるから、僕らは十八匹もの川魚がいるのか。
「それじゃあ、こっちの川魚を五匹ほど分けてあげるよ」
「うん、そうしよう!」
僕の提案にレティも異論を唱えることなく賛成する。
せっかく川にきて貝や魚をとりにきたんだ。アイラやその家族だって川魚を食べたいに決まっている。
「ええっ? でも、それはトーリ達が仕掛けた罠だし、店で出す分じゃ……」
「川魚については、父さんが市場で十分な数を買ってくるから問題ないよ」
元々僕達に期待されているのは貝や川エビなどであって、川魚ではないからな。これくらいは問題ない。
僕はそう言って、アーユやウルトリーの稚魚をアイラのバケツに移し替える。
「ありがとう! 川魚の塩焼きが食べたかったから嬉しいわ!」
素直に喜ぶ彼女の笑顔を見て、僕とレティは満足げに微笑むのだった。
◆
川から街に戻り、約束通りにアイラにフルーツジュースを奢ってもらい、それを飲みながら我が家へと帰還。
「「ただいまー」」
「おかえりなさい、二人とも」
宿に戻ると、食堂のテーブルを拭いていた母さんが出迎えてくれた。
ちなみにウルガスはエイグファングの素材を売るために冒険者ギルドに寄っているので、帰ってくるのはもう少し後になる。
「貝やエビはたくさん獲れたかしら?」
「たっくさん、獲れたよ! ほら、見て!」
母さんの言葉に答えるように、レティと僕は今日の成果が入ったバケツを同時に見せる。
「……随分と多く獲れたわね。特に貝がすごく多いわ。これ、本当に二人だけで獲ったの? 市場で買ったとかじゃなくて?」
僕達の成果が想像以上に多かったからか、母さんが若干半信半疑の様子。
途中で川魚を獲るのにウルガスが手伝ってくれたが、貝や川エビについては全て自力だ。
「うん、貝はお兄ちゃんが気持ち悪いくらいたくさん獲ってたから」
「トーリが? へー、この子に意外な才能があったものね」
何故だろう、褒められているはずなのに全く褒められている気がしない。
二人とももっと素直な言葉回しができないものだろうか。
「なにはともあれ、二人ともすごいわ。これだけあればお客が押し寄せても大丈夫そうね」
かと思えば、母さんは僕とレティに頭を撫でて素直に褒めてくれる。
毎日働いているからか、きめ細やかな綺麗な手とは言い難いが、柔らかくとても温かい。何より僕らの頭を撫でる手に愛が籠っていた。
前世の年齢を合わせると精神的な年齢が高い僕からすれば、撫でられるのは少し恥ずかしいが悪い気はしない。
面倒くさがりな僕でも、母さんに褒められればちょっとだけ頑張ろうと思えるほどだった。