川でエビとり
「ふう、貝がたくさん採れたわね!」
陸にバケツを置いたアイラが満足げに言う。
その中を見るとジジ貝やフニール貝、石巻貝、ブエ貝などの食用の貝がたくさん入っていた。一人でバケツの半分に迫る量を採ってしまうとは中々にやるな。
「私もまあまあ採れた!」
次にレティがバケツを隣に置く。
そこにはアイラほどではないが十分な量の貝が入っていた。だけど、アイラほど知識や経験がないからか、ジジ貝などの拾いやすい種類に限定されていた。
「やるわね、レティ。でも、私の方が数も種類も多いから勝ちね!」
「えー、競争だったの!? 競争だったらもっと採ったのに!」
意外と負けず嫌いのレティがアイラにそう言われて悔しそうにしている。
普段は落ち着いていて物分かりのいいレティだが、僕やアイラなどの一部親しい人にはこういう子供らしい面を見せるもの。そのギャップが我が妹ながら可愛らしい。
「さて、トーリはどうかしら? どうせのんびりやっていたから一番少ないんじゃないの?」
自分の収穫量に自信があるのかアイラが自信のある笑みを浮かべながら言う。
「いや、僕の方が多いかもしれないよ?」
そう言いつつ、僕はバケツの中身を見られないように後ろに隠す。
アイラはそれを見て強がりだと受け取ったのか、一層と笑みを深めて提案してきた。
「へー、だったら賭ける? 量が多い方が街でジュースを奢るってことで」
「別にいいよ? まあ、負けるのはアイラだと思うけど?」
「言ったわね? じゃあ、トーリの収穫を見せて!」
僕が若干焦ったような声を出すと、アイラは強気になって言ってくる。
その言葉を待っていたんだ。
アイラの性格からこういうことを言い出すのは何となく予想していたんだ。
「ほいよ」
僕は後ろに隠していたバケツを目の前に出した。
そこにはぎっしりと貝が詰まっており、バケツの半分を超える量がある。
「えええっ!? お兄ちゃん、いつの間にこんなに採ってたの!?」
「面倒くさがりのトーリがこんなにたくさん採るなんて!」
僕が大量に貝を集めているのが予想外だったのか、レティとアイラが驚きの声を上げた。
「こういう単純作業は嫌いじゃないからね」
黙々と一人でやる作業は嫌いじゃない。なにせ同じことを繰り返すだけなのだから余計なことを考える必要もないしな。
「あー、お兄ちゃん野菜の下処理とか皮むきとか得意だもんね」
そんな僕の言葉を聞いて、レティは妙に納得したようだった。
「ズルいわ、トーリ! さっきのバケツを後ろに隠したり、挙動不審に視線を逸らしたりはわざとだったのね!?」
「相手が自分よりも少ないと確信してから賭けを持ちかけるアイラほどじゃないよ」
「……お兄ちゃんもアイラお姉ちゃんも両方ズルいよ」
レティが心無い言葉を言うが、それは間違いだ。
僕は採った量が少ないだとか多いだとかは言っていないし、嘘もついていない。
ちょっとバケツを後ろに隠したり、焦ったように視線を逸らしたりと芝居を打ったが、賭けを持ちかけてきたのはアイラだ。だから、僕は卑怯でもなんでもない。
「とりあえず、賭けの勝負は僕の勝ちだから後でジュース奢ってね?」
「くっ……トーリのあんな芝居に引っかかったなんて悔しい! 賭けは賭けだからちゃんと奢ってあげるわよ!」
どこかやけくそ気味に叫ぶアイラ。勝利の確信した相手を返り討ちにできたのは爽快だった。これは街に戻ってからの一杯が楽しみだな。
「さて、ひとまず貝はこれで十分だね」
もはや、夕食に出すには十分な量の貝がとれた。
これだけあれば食堂が満員になったとしても、お客が満足できるだけの料理を提供できることだろう。
「そうね。貝はもう十分だし、次は網を使って小魚やエビを獲りましょう」
アイラの意見に異論はないし、そのつもりだったので僕やレティも網を手にして再び川へ。
水中にはたくさんの小魚が泳いでいるのが見えるが、追いかけるとあっという間に去ってしまう。
こういうのを無暗に追いかけるよりも、端っこにある水草の生い茂っているところに隠れているやつをすくう方が楽なんだよな。
試しに端っこに移動して、水草のところを網で素早くすくってみる。
そして、水面から網を持ち上げると、そこにはピチピチと跳ねるものが入っていた。
手繰り寄せて観察すると、川エビや小ハゼであることがわかった。
小ハゼも食べ応えのある大きさだが、川エビは小ぶりだ。
どちらも丸ごと素揚げにして食べると美味しい食材だ。
いきなり食用の獲物が獲れるとはついている。
「わっ、お兄ちゃんもう捕まえたの?」
「うん、川エビが三匹に小ハゼが二匹」
レティの驚く声を聞きながら、貝が入っているのは別のバケツにそれらを入れる。
すると、小ハゼ達は驚いてバケツの中で水音を立てて暴れるが、やがて脱出することができないと理解したのか静かになった。
「こっちも負けてられないわね! うりゃっ!」
「あっ、アイラ姉ちゃんの網に魚が!」
おっ、どうやらあちらも見事に獲物を捕まえたようだ。
アイラは網の中にある砂を洗い流して獲物を確認する。
「げっ、ドドンコ」
「あー、それは外れだね」
平べったい顔つきをした小魚を見て呻くアイラと苦笑いするレティ。
ドドンコとは川の地中に住む小魚で、わかりやすく言ってしまうと砂貝の魚バージョンだ。大量の砂ごと虫などの餌を捕食するために体内には砂が多い。その上に、身は薄味で大して美味しくもない。よって、食用じゃない川魚としてカテゴライズされており、外れとして有名だ。
「次よ! ドンドン網ですくっていけばエビや小ハゼが引っかかるわ!」
アイラはドドンコの尻尾を掴んで遠くに放り投げると、めげずに水面と睨めっこして網を動かす。
同じくレティも水面を見ながら慎重に網を動かしていく。
レティは川エビが大好きだからな。心なしか貝をとる時よりも気合が入っている気がする。
「……レティ、足元に川エビがいるよ」
「うそ!? どこどこ?」
僕がそう言うと、レティは面白いくらいに元気に反応。
「そこそこ」
「あっ、ほんとだ! でも、捕まえるのが難しそう」
僕が指をさしてあげるとレティは足元にいる三匹の川エビに気付いた。
しかし、その周囲には石ころが多く転がっており、下手に追いかけようものなら石陰に逃げられてしまいそう。
「僕が追い込むからレティはそこで網を構えて待ってて」
「わかった!」
川エビは敵が近付いてくると後ろに跳ねる習性がある。だから、僕が正面から距離を詰めていけば、その後ろで構えているレティの網に自然と入っていくわけで――
川エビは自らレティの構える網の中に入っていった。
「獲れた! それに見てみて! 三匹とも大きいよ!」
網を持ちながら寄ってきてそ捕まえた川エビを見せてくるレティ。
網の中で力強く跳ねる三匹の川エビはどれも大きく、長いハサミを持っていた。
「本当だ。これは絶対素揚げにしたら美味しいよ」
「なんだかもう川エビが赤色に見えてきた!」
バケツに川エビを入れながらレティが面白いことを言う。
どうやら既にレティの頭の中では川エビが真っ赤になっているようだ。
「よし、この調子でドンドン川エビを捕まえよう」
「うん!」
「ちょっとー、私も川エビ食べたいから手伝ってほしいんだけどー」
僕とレティが協力しながら確保する様子を見て、羨ましくなったのだろうか。
アイラが若干寂しそうな声音を混ぜながらぼやく。
「しょうがないな。次はアイラを手伝ってあげるね」
「頼むわよ!」
「アイラの右足の近くに川エビがいるよ」
「え? ほんと?」
僕がそう言うと、アイラは機敏に反応して自分の右足付近を眺める。
首を勢いよく振りながら視線を巡らせる彼女が小動物のようで可愛らしい。
「ねえ、どこにもいないわよ?」
「うん、嘘だから」
僕がクスリと笑いながら真実を告げてやると、アイラは網を水面に打ちつけて器用にこちらに水を飛ばしてきた。
川エビを捕まえるよりも、よっぽど難しい小技を使ってると思う。