川で貝拾い
「はぁ~……水が気持ちいいね。空も青くて天気も心地いいしのんびりするにはもってこいだよ」
「うん、こうしていると時間の流れがとても緩やかだね」
「私達、宿の従業員として働いているから、基本的に完全な休みっていうのは少ないからね~。こういったゆっくりとした時間は貴重だわ」
僕とレティとアイラは水の中に足を浸しながら、傾斜に背中を預けてぼんやりとする。
僕達の次回に映るのは、どこまでも広がっている青い空と白い雲。他にはなにもない。
視界に余計な情報が入ってこないからか、何も思考する必要はない。
ボーっとした時間を過ごしたい時は、目を瞑るか、こうして空を眺めたりするのが一番だ。
その効果はとても抜群で、いつもはせっかちレティとアイラものんびりしている。
かれこれ三十分くらいはボーっとしているな。このままいけば、もう三十分くらいはボーっとできるんじゃないだろうか。
しめしめとそんなことを考えているのがよくなかったのだろうか。
レティが突然、我に返ってガバッと身を起こした。
「――はっ! アイラ姉ちゃんダメだよ! これ、お兄ちゃんのペース!」
「いけない! 危うくトーリのペースにハマって夕方になるまでボーっとするところだったわ! ほら、トーリ! そろそろ食材を採るわよ!」
「えー、二人とももうちょっとボーっとしていてもいいのに……」
「もう十分休んだじゃん! 貝とか砂吐きさせる必要あるから早く戻らないと!」
「そうよ! 早く起きないと顔に水かけるわよ!」
もっとボーっとしていたい僕は不満を垂れるが、レティやアイラがそれを許してくれない。
くそ、もっとのんびりできると思っていたのに残念だ。
レティとアイラに促されて、僕は渋々身を起こすことに。
「まずは何からする? 魚をとる?」
「そうだね。最初に川魚用の罠を仕掛けて、それが終わったら貝拾いでもしようか」
のんびりと釣りをしたり、追いかけて網ですくってもいいが、最初に罠を仕掛けておくのが一番効率が良くて楽だろう。
「にしても、大分時間をロスしちゃったわね。これなら最初に罠を仕掛けておくんだったわ。そうすれば、今頃魚がかかっていたかもしれないのに……」
「まあまあ、そう考えずに僕達がゆっくりとできたと思えばいいじゃん。別にそこまで時間が足りないわけじゃないんだし」
確かにアイラの言う事はもっともだけど、世の中は効率だけを重視して生きていけば楽しくなったり、豊かになるわけでもない。
「まあ、それもそうね。せっかく外に出ているんだし、少しくらい羽伸ばさないと」
「そうそう。そういうわけでもう一時間くらいボーっとしない?」
「それは羽を伸ばしすぎよ」
アイラがいつになく素直だったので、それとなく提案してみたが即座に却下を食らってしまった。これ以上、しつこく言えば怒られてしまいそうなので、僕は仕方なくサンダルを履いて罠の設置に取り掛かる。
穴を空けた木製の箱に、川魚が好む餌を入れておいて水の中に沈める。
川魚の習性を利用しており一度中に入ってしまえば、大抵が出ることはできなくなる仕掛けだ。魚の種類にもよるが、ここにいる川魚の何種類かはこれに引っかかる。
他にも石を積み上げてその中に虫などの餌を放り込んで誘い込み用の罠を設置したり、ネット状の罠を次々と設置していく。
「お兄ちゃん、こっちは罠仕掛け終わったよー」
「こっちも終わった」
どうやらレティとアイラの方も罠を仕掛け終わったよう。
後は罠に魚が入ってくれるのを待つだけだ。
「それじゃあ、次は貝やエビなんかを捕まえるわよ!」
それが終わると貝やエビなんかを捕まえるために、アイラとレティがバケツを持つ。
「どっちも料理でたくさん使うからいっぱいとらないと!」
「そうだね。貝は炒め物やスープでも使えるし、エビなんかも素揚げにしたら美味しいからね」
食堂で出す分だけでなく自分達で食べる分も考えると、ちょっとやそっとの数ではまかなえないな。しっかりと食べられるようにたくさんとっておかないと。
僕もバケツを手にして移動する。
「おっ、ジジ貝がいっぱいだ」
ジジ貝とは前世で見たようなシジミのような貝だ。
身はそれほど大きくないが、煮込めば旨味を吐き出してくれるのでスープなどに入れられることが多い。
これをたくさん採って入れれば貝の旨味スープができるというわけだ。
そんなジジ貝が川底にはたくさんある。
やはり街の外まで出向いただけあってか、ここら辺は穴場らしい。
早速手を伸ばしてジジ貝をとる。
親指の第一関節程度の大きさでジジ貝にしては申し分ないサイズ。
それを左手に持ったバケツに入れるとカランと気持ちのいい音が鳴った。
しかし、視界にはパッと見ただけで何十という数がある。一つ、二つ、三つと見えるものを採っていく。
そして片手がいっぱいになったところでバケツへ入れる。
僕だけでなくレティやアイラの方からもバケツに貝が入る音がひっきりなしに聞こえてくる。どうやらそちらでも大量に貝がいるようだ。
「どうしたのトーリ?」
僕の視線に気づいたのだろう、アイラが不思議そうな声を上げる。
「いや、さっきまで賑やかだったのに貝拾いになった途端、急に静かになったなーって」
「目の前にたくさん貝があるから拾うので忙しいのよ」
少し恥ずかしそうにアイラは視線を逸らしながら貝を拾い続ける。
気持ちはわかる。これだけたくさんの貝があれば、喋るよりも手を動かす方に夢中になってしまうよな。
「変な貝見つけた! これなに?」
思わず苦笑いをしていると、レティが貝を拾い上げて首を傾げた。
思わずアイラと近寄ってみてみると、長細い楕円形をした白い貝が手の平に乗っている。
「あー、それは砂貝だね。砂を体内に溜め込む性質があるから、砂吐きさせても砂が抜けきらなくて食べるのにはあまり向かないやつだよ」
「一応は食べられるんだけどジャリジャリして砂を食べてる気分って感じ」
適当な食堂などで出される貝のスープだと、こういったものが混じってることがある。その時にやたらとジャリジャリした食感があるときは、大抵こいつの仕業だと思った方がいい。
「それじゃあ、これは食べられないね。えいっ」
レティは砂貝をじっくり観察して記憶すると、川の端にぽいっと投げた。
そんな感じで食べられない貝や小さすぎる貝はリリースだ。
そうやって黙々とジジ貝を採っていくと結構な量が採れた。バケツを振ればジジ貝だけでジャラジャラとした音が鳴る。
レティも同じくらい採っているだろうしジジ貝だけたくさん採っても仕方がない。
ということで、僕は違う貝を採ることにする。
次のターゲットは石に張り付いている貝だ。こいつらは素手で採るのは難しいために手袋をはめることにする。
大きな石を見つけてひっくり返すと、そこには黒くて茶色い二枚貝がたくさん引っ付いていた。
これはフニール貝といって、前世でいう小さなムール貝のような食べ物だ。少し臭みがあるが、濃厚な味をしておりバターやオリーブオイルなどで炒めると美味しい。
石に引っ付いているフニール貝を僕は手で剥がして採っていく。こいつらは石に張り付く力が強いので力をこめないと採れない。
その時に貝や石で手を切ってしまう恐れがあるので、手袋をするのは必須だ。
石からひとつひとつ剥がしていってバケツの中へ。
前世のムール貝もそうだけど、フニール貝ってこうして見ると完全にGにしか見えないよな。色合いなんかもそっくりだ。
だけど、美味しい貝であるが故にすんなりと受け入れられている。人間というのは不思議なものだ。