まずは一休み
「お待たせ!」
レティと宿の前で待つこと数分。同じように釣り竿やらバケツやらを持ってきたアイラが合流。その表情と手荷物を見ると、無事にご両親から許可は貰えたようだな。
「それじゃあ、行こうか」
「ねえ、今日はどこの川に向かうの?」
「せっかくだから街の外にある川に向かおうかなって。あそこなら人も少ないだろうし」
街の内部にある川でもいいが、他の人もとっていたりするせいか貝などが少なかったりする。街の外まで出るのは少し面倒だが、近くの川で探し回るよりはマシだろう。
「いいわね。じゃあ、そこで!」
「街の外に出るのって久しぶりだね」
「私達が街の外に出るようなことってあんまりないからね。意外と街の中で事足りるし」
確かにね。ルベラは田舎ではあるが立派な街だ。
各地にある村々から人が物を売りにきたり、旅人や商人、冒険者なんかもやってくる。
そのお陰で街の中には大きな市場や様々な店なんかが揃っているので、宿屋を従業員である僕達が外に出ることはほとんどない。
こうして三人揃って外に出るなんて随分と久しぶりだ。
「にしても、今日はどうして急に魚をとりに?」
「父さんがお客から高級な白ワインを貰ってね。それと引き換えに白ワインに合う料理を作ることになったんだ」
アイラが尋ねると、レティがそう言って今日起きた出来事をつらつらと語る。
「あー、アベルさんワインが好きだったもんね」
勿論、アイラも父さんがワイン好きということは知っているので、苦笑いしながら納得していた。
そんな風にアイラ、僕、レティで会話をしながら南下していって門のところへ。
そこには街の治安を守る騎士がおり、人の出入りを見張っている。
「おお、トーリか。その手荷物を見ると川に釣りか?」
とはいえ、ここは人の出入りの多い王都のような場所ではなく田舎街だ。
人の出入りも穏やかであるし騎士のおじさんも昔からの顔見知りで、たまに宿にご飯を食べにきてくれる客でもある。緊張するような間柄じゃない。
「うん、川魚や貝とかエビを採ってこようと思ってね」
「いいなぁ。この時期は川魚も脂がのっている。塩焼きにして食べるのも悪くない」
魚の塩焼きを想像しているのか、どこかぼんやりと宙を眺める騎士のおじさん。
「だとしたら、今日はうちの『鳥の宿り木亭』でもどう? 夕食に川魚の塩焼きを出すよ?」
「それだったら、うちの『金の豊穣亭』でも出せるわ! こっちの方が食堂も広いし、何なら部屋も空いてるわ!」
すかさず売り込みをかけるとアイラが負けじと横から口を出してくる。
こういう時に同業者がいるとぶつかり合ってしまうな。
「おいおい、二人ともまだ魚もとれてないのに気がはやり過ぎだろ」
そんな僕とアイラの様子を見て、騎士のおじさんが呆れた声を出す。
しかし、ここで引き下がる僕ではない。
「そうだったね。でも、うちは父さんが市場で買い出しに行ってるから、魚介料理中心で魚の塩焼きが出るのは確定だけど」
「魚介料理中心か……だったら、今日はトーリの宿で飯を食おうかな」
「あっ! トーリってばまたそんな甘言を使ってズルい!」
ふふふ、ちょっとした一品程度の追加を目論んでいるアイラのところとは違うのだよ。
こちとら夕食は魚介料理を中心に出すと決めているしな。
これも立派な戦略だ。
「じゃあ、そんなわけで、ちょっと東にある川に行ってくるよ」
「ああ、そこなら魔物なんて出ないだろうが気を付けてな」
そんな風に門にいる騎士にフランクに見送られて僕達は街の外へ。
街の外に出ると、一面が平原で遠くでは森が生い茂っている。
空は青く晴れ渡っており、ところどころ浮かんでいる雲が気持ちよさそうに流れていた。
インフラが整備されている前世とは違って、この異世界での街の外なんて基本はこんな感じだ。
だけど、ビルが乱立して人口の密集している都会なんかよりも、こっちの光景の方が僕は何倍もいいな。空気だって綺麗だし。
「じゃあ、まずは魔物がいないか確認だね!」
そう言って、レティが大きな瞳を見開いて遠くの景色を確認する。
「とはいっても、こんな街のすぐ傍にいるわけないけどね」
街のすぐ傍は騎士や冒険者が毎日巡回して、魔物が近付かないか見張ったり牽制をしたりしている。
外に生息する魔物も、ここら一帯が人間の領域だとわかっているからか、ほとんど近付いてくることはない。
「そうだけど万が一に備えての確認は大事よ。サボってるとアベルさんにチクっちゃうから」
「言っただけでサボるつもりはないから本当にやめて」
ただでさえ、父さんはレティを過保護にしている上に元冒険者だ。そんなことをチクられでもしたら二度と街の外に出してもらえない可能性もある。
アイラにチクられないためにも、自分の身を守るためにもしっかりと僕は周囲を確認する。
「うん、見える範囲に魔物はいないよ!」
「僕達が向かう川の方も同じく」
「それなら問題ないわね。東にある川に向かいましょう」
安全確認を終えた僕達は、東にある川に向かってスタスタと歩いていく。
すると、十分もしないうちに川が見えた。それも当然だ。ここの川は街の中を流れる川と繋がっているのだから。
周囲に魔物がいないことを確認した僕らは、持っていた荷物を置いて川を眺める。
川幅にして五メートル程度だろうか。大人ならば助走をつけてジャンプをすれば渡り切れそうなくらいだ。
川の水はとても綺麗でとても澄んでいる。川底にある石の色や悠々と泳ぐ川魚も見える程。
水の流れる音が響いてきて聞いているだけでも涼しい気分になれる。
「あっ、あそこに魚がいるよ!」
「こっちもいるわ! 手ですくってもとれるんじゃないかしら?」
どうやらレティとアイラも魚を見つけたようだ。
これほど浅いところにいると手ですくえるんかないかって思えるな。
川の中に手を入れてみると、泳いでいた小魚たちがサッと逃げていく。
「逃げられた」
「さすがに網を使わないと厳しいわね」
「でも、水が冷たくて気持ちいい!」
三人して手で摑まえることはできなかったが、水の冷たさに和む。
最近は春を過ぎて暖かくなってきた。これからドンドンと冷たい水が気持ちよくなってくる季節だろう。
「せっかくだし、裸足になって川の中に入っちゃおうか!」
「賛成!」
アイラとレティの意見には僕も賛成なので、サンダルを脱いでズボンをまくり上げる。
柔らかな土と草の感触を味わいながら川の中へ。
冷たい水が足全体を包み込む。手だけを入れるような感触とは違った清涼感が爽快だ。
最初は水の冷たさにビックリするけど、徐々にそれも慣れてくる。
僕が川の水を堪能していると、サンダルを脱ぎ終わったアイラとレティも入ってくる。
「ひゃっ! 冷たいけど気持ちいい!」
「水が足をマッサージしてくれてるみたい」
二人の足には無駄に肉はついておらず、きめ細やかでとても綺麗だ。その肌の白さは水の中に入っていてもくっきりと浮かんでいて眩しい。
綺麗な川に可愛い妹と可愛い幼馴染がいるだなんて眼福だな。ナタリアのような刺激的な色香も悪くないが、僕としてはこれくらいの健康的な色香の方が落ち着く気がする。
にしても、我が妹ながら上手い表現だ。川を流れる水流はまさに天然のマッサージ。
水の中に足を入れているだけで、筋肉がほぐされているようだった。
「お兄ちゃん、最初はどうする?」
「ひとまず座ってから考えたらいいんじゃないかな?」
「賛成。今はこのまま涼んでいたいかも」
「それもそうだね」
普段は割とせっかちなレティとアイラだが、今回ばかりは僕の意見に賛成して一休みするのであった。