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いけないこと

書籍1巻発売中です! よろしくお願いいたします。

 

 ――何故、人は深夜にご飯を食べたくなるのか。


 それは祖先が食料不足を経験し、夜中に食べてエネルギーを保存しようとする本能からくるのだという。


 食に恵まれた今の状況では不要であるが、人間という生き物は本能に弱い生き物。だから、僕達は本能の思うまま、空腹を満たすために深夜に料理を食べるのだ。


「そういうわけで、ホットドッグを作るよ。今日は売り物じゃないから、あまりこだわらずに手軽さ重視でいくから」


「ええ、私もお腹が空いているし、その方が助かるわ」


 そんなわけで冷蔵庫に残っていた食材だけで、手間をかけずにホッとドッグを作るわけなのだが、その前に聞いておきたいことがある。


「ねえ、ぶっちゃけ聞くけどナタリアって料理はできるの?」


「私だって女だもの。トーリみたいに手際は良くないけど少しくらいはできるわ」


 おずおずと尋ねると、ナタリアは豊満な胸を張りながら自信満々にそう答えた。


「えー? 本当かな? ナタリアが料理してるところなんて見たことないけど……」


「私がしなくても私より上手い人がいるんだもの。料理なんてするはずがないわ」


 ヘルミナ達であれば、節約するために厨房を貸して自炊することもあるが、大金を稼いでいるナタリアがそのようなことをする必要もない。

 

 宿に泊まってお金を払っている以上、料理の上手い父さんか僕に作らせるのが一番だろう。


「でも、部屋の片づけだってロクにできないのに……」


「誰にだって得意なことや不得意なことはあるものよ」


 疑惑の眼差しを向けるも、ナタリアはキッパリと開き直った。


 片付けが苦手ということは自覚しているだけマシか。


 とはいえ、普段の宿でのだらしなさを見ていると、本当に料理できるのか怪しいけどね。


「じゃあ、そこにあるキャベツを水で洗って、千切りにしてくれる?」


「わかったわ」


 そう頼むと、ナタリアはキャベツを流し台に持っていって洗う。


 今のところ石鹸で洗いだしたり、タワシで擦ったりするような怪しい動きはしていない。


 そのことに安心しながら僕は、魔道コンロの火をつける。


 今日はホットドッグということで、ジューシーさを味わいたいのでボイルにすることに。


 鍋に水を入れたら沸騰するまでの間は待機。


 その間にフライパンを用意してバターを敷いたら、残りもののパンを投入して加熱と香りづけだ。


 人によってはパンをカリッとさせてしまう方が、好みかもしれないが僕はそうでもないのでパンを柔らかくして香りづけ程度でいい。


 さて、後はナタリアの方だがどうなっているだろう。


 ナタリアの方を確認しようとすると、すぐ傍からトントンとリズムのいい音が聞こえてきた。


 思わず視線をやると、ナタリアが包丁を使ってキャベツをリズム良く千切りにしている。さすがに僕や父さんのような手際の良さはないが、ぎこちなさや、初心者のような危なっかしさはない。


「ねえ、トーリ。ホットドッグだからそこまで薄くしなくてもいいわよね?」


「……ナタリアがキャベツの千切りができるなんて」


「ちょっと、そこまで衝撃的なこと?」


「いや、だって、あの一人じゃまともな生活すら送れないナタリアだよ?」


 仕事の無い日でも一人じゃ朝起きることもできないし、最低限の部屋の片付けもできない、洗濯ものの仕分けだってレティがしないとできないくらいでダメな女性だ。


 そんな彼女がこんな家庭的な一面を見せるなんて……。


「宿での生活は好きにしてる自覚はあるけど、トーリの私への評価がそこまで低いなんてショックだわ」


「いや、そうは言われても……」


 身近にいる女性の中でだらしない枠筆頭だったので仕方がないと思う。というか、それはナタリアの普段の行いを見ると妥当だと思うのだが。


「これでも私だって昔は農家の娘だったのよ? 片付けはともかく最低限の家事はできるわよ」


「え? ナタリアって農家の娘だったの?」


 ということは、ユウナやエリーナのような感じになるのだろうか?


「……そりゃね。私だって生まれた時から娼婦ってわけじゃないもの」


「それもそうだね」


 ナタリアだって僕と同じように過去があって今がある。


 娼婦になる前は普通に畑を耕す女の子でもおかしくはないか。


「でも、意外だな。ナタリアは綺麗だし気品もあるから商人の娘とか、格の高いところで生まれたのかと思った」


「全然、そんなことないわよ。貧乏な村で生まれた容姿に恵まれた娘よ。そういう仕草や教養は生きていく中で学んだだけ」


「容姿がいいことは自分で言っちゃうんだ」


「事実だもの」


 謙虚に過去を語ると見せかけて、ナタリアの自慢が入っていた。


 でも、ナタリアの気高さのような美しさは、彼女のそういった自信からもきているのだろうな。


 ナタリアの過去の話をちょっと聞けたことで、以前よりもずっと身近に感じられるようになった気がした。


「あら、鍋が沸騰してるわよ」


「本当だ」


 ナタリアの言う通り、鍋の水が沸騰してお湯になっていたので火を弱める。


 そこには大きなウインナーを二本入れる。


 沸騰した泡でウインナーがコロコロと転がるのが見ていて楽しい。


「キャベツは半分も切れば十分よね?」


「うん、温めたパンに切れ目を入れて挟んでおいて」


「わかったわ」


 ナタリアが予想以上に動きがいいので、それらの作業を任せてしまう。


 すると、ナタリアは嬉々としてパンに切れ目を入れて、そこに千切りにしたキャベツを挟み始めた。よほど気分もいいのだろう。微かに鼻歌が漏れている。


「なんだか楽しそうだね」


「あら、そう?」


 自分でも気づいていなかったのか、ナタリアは驚きの表情を浮かべる。


 ナタリアはこういう作業を面倒くさがると思っていたのだが、実際は素直に取り組んでくれている。正直、あまり期待していなかったので意外だった。


「もしかしたら、普通のことをしているから楽しいのかもしれないわ。誰かとこんな風に料理をするなんて随分久し振りだから」


 高級娼婦であるナタリアは、一般的な生活とは離れた生活をしている。だからこそ、こんなありふれた生活が新鮮なのかもしれないな。


 そんなことを思っていると、ウインナーに十分火が通ったので鍋から取り上げた。


「さあ、トーリの大きくて太いのをここに入れて……」


「変な言い方しないでもらえる?」


「あら、どうして? 私はトーリのウインナーをここに入れてって言っただけよ?」


 こうなったらナタリアの手の平だ。


 無謀に口論を挑んでも勝てる気がしないので、僕は無言でウインナーをパンに挟ませた。


 後はそこにマスターソースとトマトソースをかけて、ダスティがハンバーガー用にくれた紙で包めば完成である。


「はい、お手軽ホットドッグができたよ」


「美味しそうね。早速、いただくわ」


 お腹が空いていたのだろう。ナタリアは傍にある椅子に座ると、すぐにそれを口に運んだ。


「うーん、大きなウインナーがジューシーで美味しいわ」


 美味しそうに食べるナタリアを見て、僕も椅子を用意してホットドッグを一口。


 一口食べると、大きなウインナーがパリッと弾ける。そこからジューシーな肉汁が溢れ出て、トマトソースやマスタード、パンの味が一体となって押し寄せる。


 千切りにされたキャベツは食感が楽しく、とても瑞々しい。


 ウインナーとソースで重くなった口の中を中和してくれるよう。


「夜中に食べるからかいつもよりも美味しく感じる」


「うふふ、なんだか二人でいけないことをしてるみたいね」


 太りやすい夜中に、こんなカロリーの高いものを食べるなんて、ナタリアの言う通りまさしくいけないことだ。


 しかし、その背徳感すらもスパイスとなっている。


 深夜に食べるホットドッグは、いつも食べてるものよりも何倍も美味しく感じられた。


 ああ、ここにコーラがあればいいのに。なんて思ってしまうな。


 お腹の空いていたナタリアと僕は、あっという間にホットドッグ食べ終えた。


「ふう、小腹も膨れて満足だね」


 ホットドッグを食べ終えて、片付けの準備をしているとナタリアがこちらにやってくる。


「ねえ、トーリ。お姉さんともっといけないことしたいわ」


 言葉的にとらえるとハレンチなことなのだろう。しかし、それにしてはナタリアの目が笑っている気がする。


「ダーメ。夜中にこれ以上食べたらナタリアでも太るよ」


「ちえっ、引っかからなかったわね」


 やっぱり、お代わりという意味合いだったか。引っかかっていたら想像豊かなエロガキ扱いされるところだった。


 最後のからかいを撃退できたので、僕としてはちょっと満足だ。




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『魔物喰らいの冒険者』

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