ウルガスとナタリア
十二時にも更新します。
ヘルミナ達が食堂から移動して自分の部屋へと戻っていく。
それからしばらく。まばらにやってくる客を捌きつつ、食堂内の清掃をしているとギシリギシリと階段の軋む音を鳴らして誰かが下りてきた。
その身長は巨体に分類される父さんよりも高く、遥かに肩幅がある。
室内であるというのに騎士が装着するような灰色の全身鎧を纏っており、首から上も覆うような兜に覆われている。鎧の下には黒のインナーのようなものを着ているのか、肌が露出している部分はまったくない。
予想以上に迫力のある人物が下りてきたせいか、休憩に立ち寄った旅人がすっかりと固まってしまっている。
「おはようウルガス」
「…………」
僕が挨拶の言葉をかけると、ウルガスは鎧が擦れる音を鳴らしながらゆっくりと頷く。
彼? 彼女かどうかはわからないが、ウルガスは最近ここに住み着いた傭兵だ。
傭兵というのは各地で起こる貴族同士の小競り合い、決闘、時に戦争。商人や貴族の護衛などと戦いが起こりそうであればどこへでも赴く戦士のことだ。
冒険者との違いは、魔物を相手にするよりも人を相手にすることが多いということだ。だからといって、ウルガスが魔物と戦えないということは恐らくないだろうな。
魔物と戦うよりも人間と戦う方が得意。くらいで捉えた方がいいのだろう。
「…………」
ウルガスは食堂内を見渡すと、端っこで食事をしている旅人の方へと歩き出す。
全身鎧のウルガスに一直線に近付かれた、旅人は顔を真っ青にしてただただ固まっている。
「ひいいっ!」
そして、ウルガスが手を伸ばすと旅人は恐怖に耐えきれなくなったのか頭を抱えだした。
怯える旅人をよそに、ウルガスは屈んで何かを拾い上げる。
そして肩を震わせる旅人の肩を軽く叩いて、手の平の中の物を見せた。
「えっ? あっ、俺の財布。拾ってくれたのか? あ、ありがとう」
どうやらウルガスが拾ったのは旅人の財布だったらしい。椅子の影に落ちていたものだから僕とレティも気付かなかった。
恐る恐る受け取ってお礼を言う旅人。
ウルガスはそれに頷くと、食堂にある広めのテーブル席に移動して腰を下ろした。
それから僕の方を見て、旅人が食べているロールキャベツのトマト煮を指さす。
「わかった。ウルガスもロールキャベツのトマト煮だね。付け合わせはパンでいい?」
「…………」
「わかった」
僕が頷くと、ウルガスはそのままジッと座って外の景色を眺め出した。
最初は職業と見た目にビビッていた僕だが、ウルガスは決して無暗に暴力を振るう人ではない事を知っている。
ウルガスは見た目とは裏腹にとても優しい人なのだ。
ところでウルガスはどんな顔をしているのだろうな。
ここで暮らしているがその兜の下を見たことはない。
僕は父さんから料理を受け取ってウルガスの下へと持っていく。
もしかしたら今日こそは兜を外すのではないか。そう期待して眺めてみる。
レティも同じ思いだったのか、テーブルを拭きながらも視線だけはウルガスの方へと向いていた。
ウルガスは僕とレティの視線に困惑しながらも、ナイフとフォークを動かして一口大に切り出した。
そしてロールキャベツをフォークで刺して、器用に鎧の隙間から口へ運んで食べた。
大きな体をしているにも関わらず器用な事をしている。
僕とレティは今日もウルガスの顔が見られない事を少し残念に思いながら、仕事を再開した。
◆
まったりとウルガスが食事をする中、レティはまばらにやってくる受付と食堂の掃除。母さんは皿洗い、父さんは昼食の向けての仕込みを開始しだす。
食堂や厨房も落ち着いてきたので、本来であれば宿泊客が泊まった部屋の清掃、備品チェックにとりかかるのだが、まだやるべき仕事がある。
それは朝食の終わり時間がきているというのに、一向に降りてこない寝坊助な客を起こす事だ。
本来であれば時間をきちんと守らない客が悪いのであるが、やっぱり父さんの作った美味しい料理をきちんと食べて欲しい。せっかく食事代も込みで払っているのだ、起こしてあげないと可哀想じゃないか。
そう思って僕は寝坊助を起こすべく、二階へと上がって一番奥にある扉へ。
扉に近付いただけなのに、どこか甘い香りが外まで漂っている。
「ナタリア、起きてる? そろそろ食堂に降りてこないと朝食の時間が終わるよー?」
「……うーん、もう少し寝かせてー」
コンコンとノックしながら言うと、部屋の中から悩ましい女性の声が返ってきた。
どうやらこの部屋にいるお客は起きる気がないようだ。
のんびり過ごすことをモットーにしている僕でさえ、もう働いているというのにまだ眠ろうとするとは羨ましい。
とはいっても、中にいる女性の職業を考えれば朝眠いのも仕方がないのかもしれない。
「ダメだよ。昨日もそう言って朝食を食べなかったでしょ?」
「……うーん」
そうは言ってみるも、中からは曖昧な返事が返ってくるだけ。
思わずノブを捻ると、キイイという音を立てて扉が少し開いた。
女性の一人部屋なのに随分と不用心な。
「入るよ?」
念を押すようにして扉を開けて入ると、甘ったるい香水の匂いがした。
それはもうしっかりと香水の匂いだとわかるのだが、鼻につくほど不快ではないのが不思議だ。
部屋の中はカーテンで閉め切られているせいか薄暗い。
床を見てみると放り出された鞄、派手なドレスや下着類が無造作に脱ぎ散らかされていた。
それらを踏んでしまわないように、出来るだけ見ないようにしながら僕はベッドの近くへと移動する。
「ほら、ナタリア。ご飯の時間だよ」
「もうちょっと寝させてよ。娼館からさっき帰ってきたばかりなの」
布団を揺らしながら言うと、ナタリアは眠いのか甘えるような声を出して背中を向ける。
ナタリアは夜に働く娼婦だ。
一般的な人とは違って、夜遅くに働きに出て早朝に帰ってくるという生活を送っている。
「夜の仕事をしているからこそ、きちんと食事はしないとダメだよ。何事も身体が資本だよ?」
「……もう、わかったわよ」
そうやって説得すると、ナタリアはぐずりながらもようやく起きてくれた。
艶やかな紫色の長髪に切れ長の瞳。その色は澄み切った翡翠色をしておりエメラルドのように美しい。
目鼻立ちはきっくりとしており、誰もが振り返るような色香の漂う美人さんだ。
その身体はまさにわがままボディで出るところは出ており、引っ込むところは引っ込んでいるという世の女性が羨むような体型をしている。
まるで男性の欲望をそのまま形にしたような。そんな黄金ボディを持つのがナタリアだ。
そう、特に胸などは目の前にあるようにたわわで形も良く……。
「って、ちょっ! 胸! なんで寝間着を着てないのさ!」
「だって服を着ていると眠れないんだもの」
胸を露出しているというにも関わらず、ナタリアは気にした様子はない。
呑気に口元に手を当てて欠伸を漏らしている。
口元は手で隠すのに胸は隠さないのか。普通逆ではなかろうか?
俺が疑問に思っているとナタリアは勘違いしたのか、にやりと笑みを浮かべる。
「なあに? トーリってばお姉さんの胸が気になるの?」
「べ、別にそんなことはないよ」
本当はかなり気になる。めっちゃガン見したいけど我慢だ。
ここで変な視線を向けるとエロガキという烙印を押されてしまう。
「触りたい? トーリならお客と違って、お金を払わなくてもいいわよ?」
僕をからかって楽しいのか、蠱惑的なポーズをとりながら甘い声を出すナタリア。
さすがは夜の仕事で慣れているせいか、男性を誘惑するのがかなり上手い。
「遠慮しておきます」
僕は意思の力を総動員して、できるだけ平静を保ちながら断った。
「それより早く起きてよ。朝食がなくなっちゃうから」
「はいはい」
僕をひとしきりからかうと満足したのか、ナタリアはゆっくりとベッドをから出る。
全裸であるにも関わらず、布団から出るものだから僕は慌てて背中を向けて扉へと移動した。
「あら? 着替えるのを手伝ってくれないの?」
「僕は宿屋の従業員であって召使いじゃないからね」
僕はできるだけ平静を装いながら、ナタリアの部屋を出た。
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