また便利な道具を……
『転生したら宿屋の息子でした。田舎街でのんびりスローライフをおくろう』の書籍1巻が本日発売です!
書き下ろしも二万文字近くあります。店頭などで見かけましたらよろしくお願いいたします。
ちょっとしたおまけって食べ物だよね? 一体どんなものなんだろう。
ワクワクしながらハンバーガーを食べ進めていると、五分もしないうちにトーリ君は戻ってきた。
「じゃーん、ユウナ達が今朝くれたジャガイモを使った、ポテトフライだよ」
目の前のお皿に盛られたのは、細長い揚げ物らしきもの。それがこんもりと築き上げられている。
「これがジャガイモなの?」
「そう、ジャガイモの皮を剥いて、薄く切って油で揚げるだけのお手軽料理」
ジャガイモといえば、ふかして食べたり、スープの具材にしたり、煮物に入れたりすることが多いから新鮮だ。
私達が知らないだけで、ルベラではこうやって食べるだけなのかな?
「ほぉ、じゃがいもをこんなに細くして油で揚げたものなぞ見たことがないの」
そう疑問に思ったけど、ここに住んでいるドドガルさんも見た事がないみたい。
ということは、これもトーリ君が考えた料理なのかな。
「とりあえず、食べてみてよ。屋台や宿でも出すかもしれないから感想も聞いておきたいし。これも手で食べるタイプだから」
「わかった!」
「それじゃあ、食べさせてもらうね」
「つまみになると言われちゃ黙っておけんのぉ」
トーリ君に促されて皆がポテトに手を伸ばす。
傍の小さな小皿にはトマトソースみたいなものがあるけど、まずはそのまま。
最初に感じたのは爽快な歯応え。カリっと油で揚げられている、口の中でサクッと音が弾ける。それなのに内側はとても柔らかい。中からジャガイモの自然な甘みがあふれ出してとてもホクホク。
「あっ、これ美味しい上に食感が面白い!」
「次から次に手を伸ばしたくなるな!」
「エリーナは……気に入ってくれたみたいだね」
私もそんな感想を言おうとしていたのだが、気が付けばそれよりも先に手を伸ばしていた。
これじゃあ、私が食いしん坊みたいに思われて恥ずかしい。
「こ、このままでも美味しいけど、この塩のお陰で味が引き締まってるよね」
二つ目のポテトを口に入れそうになるのを堪えて、トーリ君と宿のために味の感想を引き出す。咄嗟に出た言葉にしてはいいものだと自分でも思う。
「なるほど。塩の加減は濃い? 薄い?」
「私はこれくらいがいいかな」
「私も!」
「俺はもうちょっと濃くてもいけるぜ」
お父さんはどちらかと言うと濃い味の方が好きだからね。
「トーリ!」
なんて、朗らかに感想を述べていると、隣に座っているドドガルさんがバンッとテーブルを叩いた。
突然の大声に私達は唖然とするが、トーリ君は慣れているのかビクともしていない。
「どうしたの?」
「お前さん、こんなものを食わせよって――」
ドドガルさんは明らかに怒りを滲ませて肩を震わせている。
こ、こんなものって、ドドガルさんの口にはポテトフライが合わなかったのだろうか?
種族によって味の好みは違のはわかっているけど、そんなに気に入らなかったのかな?
「こ、こんな酒に合うものを単品で持ってくるな! エールもちゃんと持ってこい! これは酒のためにあるつまみじゃ!」
なんて思ったけど、どうやらお酒とよく合う料理だったらしい。
さすがに私でもドワーフがお酒好きだというのは知っているので、何だか納得してしまった。
「はいはい、ドドガルならそう言うと思ったよ。確か、この辺りにワインだけじゃなくてエールも……あれ?この間出した赤ワインがなくなってる?」
「んん? あれならハンバーガーを待ってる間に拝借して飲んでしもうたぞ」
そういえばドドガルさん、トーリ君がいなくなってから棚を漁ってワインやグラスを拝借して飲んでいたな。てっきり、許可とっていたものだと思ったけど違ったんだ。
「えっ! ちょっ、あれ、父さんのやつで勝手に飲ませるなって怒られたばっかりなのに!?」
「それこそワシも知らん。ドワーフを家に上げるなら、飲ませたくない酒はちゃんと隠しておけ」
「家のものを勝手に漁らないっていう選択肢はないんだ……」
どこか呆れつつもドドガルさんのために、エールを用意しちゃうトーリ君。
ドドガルさんはエールを受け取ると、ポテトを口にしてエールをあおる。
「カー! ポテトにかかった塩っけとエールが合うのぉ!」
トーリ君ってば、めんどうくさがりなのに面倒見がいいから不思議だ。
だからこそ、ここの宿にいるお客さんもずっとここに泊まっているんだろうと思う。
「エリーナ、ゆっくりしてていいの? ポテトがなくなっちゃうけど?」
「え?」
「うわっ、これトマトソースにも合う!」
「こっちのバターにつけても美味いぜ!」
トーリ君に言われて見てみれば、ドドガルさん、ユウナ、お父さんがすごい勢いでポテトを食べ進めていた。あれだけあったというのにお皿から既に半分が消え去っている。
私は皆のペースに負けないように急いで手を伸ばした。
◆
ユウナ達に振る舞ったハンバーガー、ポテトフライは大盛況であっという間に平らげられた。ポテトに関しては、余ってしまうんじゃないかなってくらい揚げたのだけど、皆予想以上に食いついて綺麗さっぱりなくなってしまった。
「トーリ君、ハンバーガーすごく美味しかったよ!」
「うんうん、それにポテトフライってやつも!」
「ハンバーガーは少し真似できないが、ポテトならジャガイモを切って油で揚げるだけだからうちでも真似できそうだな」
「それなら帰ってから作ろうか。お母さんもきっと喜んでくれるだろうし」
「賛成!」
なんて和やか会話を庭で繰り広げる一家。
あれだけポテトを食べたのに、まだ家でも作って食べるんだ。
この世界でありそうでなかったポテトフライ。その中毒性の高さに戦慄せざるを得ない。
ポテトチップスなんて作ったらどうなってしまうんだろうか。想像するだけでも恐ろしいや。
「さて、あまり長居すると帰るのが遅くなる。そろそろ帰るとしよう」
庭先で続いていた会話だが、カールスさんの言葉でお開きになる。
今は昼の中頃。ユウナたちの村はここから歩いて二時間以上はかかる。
そろそろ帰らないと村に着く前に暗くなってしまう。
「わかったー。トーリ、今日もありがとね!」
「屋台がない日なのに、わざわざ私達のためにハンバーガーを作ってくれてありがとう」
ユウナとエリーナがこちらを見据えながら礼を言ってくれる。
なんだかいつも気安い関係だけに、改まって礼を言われると照れくさい。
「そう改まらなくていいよ。いつも遠いところから野菜を持ってきてくれてるお礼でもあるから」
ユウナ達はいつも市場に売りに行く前に、一番にうちの店に野菜を持ってきてくれている。
その上にこの間のプリッチトマトのように市場に滅多に流れないものも、わざわざ持ってきてくれることもある。
そんな御贔屓にしてくれる農家さんをもてなすのは当然のことだ。
「まあね。朝早くに起きて野菜運ぶのはしんどいけど、トーリが美味しい料理作ってくれるなら頑張れるし!」
「疲れてもここで美味しい料理を食べれば力も湧いてくる。だから、また料理を食べにくるね」
ユウナとエリーナは笑顔でそう言うと、カールスさんと一緒に荷車を押しながら帰っていった。
「元気な娘っ子達じゃったな。で、どっちが本命なんじゃ?」
ユウナ達を見送っていると、ひょっこりとドドガルさんが現れた。
てっきり宿で呑み直していると思ったので意外だ。
「……別に僕達はそういう関係じゃないから。それよりも、ビッグバーガーには満足してくれた?」
元々ミートチョッパーを作ってもらうかわりに、ドドガルさんの要望を満たすハンバーガーをご馳走するという取引だった。
ドドガルさんが作ってくれたミートチョッパーは満足のいくものだったが、僕の作ったハンバーガーはドドガルさんにとって満足のいくものだったのだろうか。
「ああ、食べ応えも大満足じゃ! あれくらいの大きさなら一つで腹が膨れるわい!」
よかった。ビッグバーガーはドドガルさんの満足のいく出来だったらしい。
いつもと違って大きさも違うから、味付けとか、肉の火の通り具合とかいろいろ心配だったのだ。だけど、それは杞憂だったみたいで、僕としてもホッとした。
というか、普通の人はビッグバーガーを半分も食べられないほどだと思うけど、ドワーフという種族はそれほど大食漢だっただろうか。
ビッグバーガーをぺろりと平らげて、ポテトを食べながらエールを五杯も飲んでいたし。その気になれば、ドドガルさんだと二つくらいは腹に収まりそうだな。
「屋台でもあれを売ればいいぞ」
「さすがにあのサイズを量産するには無理があるよ。精々、普通のハンバーガーを縦に長くするか、少し大きいサイズで売るのが限界かな」
「ほお! 縦に長く! それも面白そうじゃな! 今度、屋台で注文するときはそれにしようかの」
今日振る舞ったビッグバーガーを屋台で売るのは、時間も手間もかかるので無理だが、それくらいのことならできる。
ドドガルさんの他にも、今度お試しでやってみてもいいかもしれないな。
「その時は先着十名だけとかにして、客の購買意欲をあおってみるのもいいね」
「お前さんは狡いことを考えるのぉ。ミートチョッパーの制作者特権としてワシの分はちゃんととっておくのじゃぞ?」
僕のことを狡いとか言っておきながら、自分だって狡いじゃないか。
「それじゃあ、ワシは酒を呑みに出てくる」
「あれ? 今日はうちで呑んでいかないの?」
お酒ならうちだって豊富にそろえているので、別に違う店に行かなくても。
いつもうちで呑んでいるのに。
思わず疑問に思って尋ねると、ドドガルさんは呆れた顔をする。
「なんじゃ? 食堂の方を見ておらんのか?」
ドドガルさんに言われて、玄関口から食堂を覗き込む。
「アベルさん! このポテトフライってやつじゃんじゃん持ってきて!」
「ああ、僕の方にもトーリ君の新作を頼むよ! 味付けはブラックペッパーで頼む!」
「これ、本当にただのジャガイモ? これから夜の仕事なんだけど、食べるのが止まらないんだけど……」
「シエラさーん! エールおかわりー!」
すると、食堂の中ではいつも通りの宿泊客と立ち寄った客で満員。その誰もが山盛りのポテトフライを食べては、エールをかっくらっていた。
うわぁ、父さんが試しに客にも出してみるって言ってたけど、大変なことになっているな。
皆、目新しくも美味しいポテトフライの魅力に取りつかれているようだ。
食堂は既に大混雑で忙しそうに父さんがポテトを揚げて、レティや母さんがポテトを配膳したり、エールを持っていったりしている。
お酒によく合うつまみだから、酒の消費も半端ないようだ。
「今日はお前さんの作ったフライドポテトのせいで、満足に酒が呑める気がせんわい」
「……そうみたいだね。ちょっと今は忙しそうだから、僕はドドガルを見送りにでも――」
「そっちの用事が済んだなら、次はこっちよ?」
「お父さん! お兄ちゃんが外に逃げようとしてた!」
ドドガルに付いていって逃げようとしたところで、母さんの冷たい声が降り注ぎ、肩を掴まれてしまった。
さらに傍にいたレティも、必殺チクりを発動させてくる。
「なぁに!? ジャガイモの処理が追い付いてねえんだ。無理矢理厨房に引っ張ってくれ!」
「さあ、そういうことで厨房を手伝いなさい」
ズリズリと女性とは思えない腕力で僕を引きずっていく母さん。
思わず僕は傍にいるドドガルに助けを求める。
「ど、ドドガルさん! ミートチョッパーについての大事な話があったよね?」
「いや、それについては終わったことじゃろう。仮にあったとしても、ワシは早く酒が呑みたいから今度にしてくれ」
僕が必死にアイコンタクトをするもドドガルには全く伝わらず。非常にも彼はスタスタと歩いていってしまった。
「そ、そんなぁ……!」
「さぁ、トーリ。ジャガイモの皮むきの時間だ」
そして、僕は厨房に連れていかれ、山のように積み上げられたジャガイモの下処理をし続けることになった。
次はジャガイモの皮を剥くための道具でも、ドドガルに作ってもらおうかな。