ハンバーガーとビッグバーガー
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「お腹空いたー! トーリの作るハンバーガーってやつまだかな?」
トーリ君にリビングで待つように言われてしばらく。妹のユウナがぼやいた。
さっきまで大はしゃぎしてトーリ君の屋根裏部屋から景色を見ていたようだけど、もう飽きちゃったみたい。
今となっては綺麗な景色よりも、トーリ君の作っている料理が気になってしょうがないのだろう。
椅子に座りながら落ち着きなく手足をバタバタとさせている。
「こら、ユウナ。人の家でバタバタするんじゃない」
ユウナの落ち着きのない様子を見かねたのか、お父さんが注意する。
「そうは言っても、今は誰もいないよー?」
「誰もいなくてもだ。もうちょっと大人しくしておけ」
お父さんがそう言うと、ユウナは不満そうに頬を膨らませながらも大人しくなった。
私も大人しく座ってはいるが、実はさっきからハンバーガーがこないかとソワソワしている。
街で野菜を卸しに行った時に、それとなく聞いてみたらサンドイッチに近いパン料理って聞いた。
でも、それは他のサンドイッチとはまったく違って
「すまんな、嬢ちゃん。普段はハンバーガーはもっと早くできるんじゃが、ワシの頼んだもののせいで時間がかかっとるんじゃろう」
ユウナとお父さんの会話を聞いてか、先程まで隣で赤ワインを呑んでいたドワーフの人……確かドドガルさんが申し訳なさそうに言う。
「ドワーフのおじちゃんもハンバーガーを頼んでいたんだよね? そんなにすごいものを頼んだの?」
「ああ、食べ応えのあるハンバーガーを頼んだ。屋台でも売っていない新しいハンバーガーじゃから、そのせいで手間取っとるんじゃろう。どんなものがくるか楽しみじゃわい」
ユウナの物言いに怒られないか心配になったけど、ドドガルさんはそんな些細なことを気にする人じゃないようで安心した。
ドドガルさんはワインを呑みながらご機嫌そうに言う。その顔は心底楽しみで仕方がないような無邪気なもの。
「トーリ君を信頼してるんですね」
「あいつは美味い料理を作れるだけじゃなく、面白い発想力を兼ね備えている。人間族にしておくのが勿体ないくらいじゃ」
「あー、確かにトーリってボーっとしてるけど、時々変なこと思いつくよね。屋台やったりハンモックとか思い付いたり……」
「そうじゃ。特に最近ワシに頼んだ、ミートチョッパーという調理器具の構造は――」
私とユウナがそれに同意すると、ドドガルさんは自分のことのようにトーリ君のすごさを語る。
生憎と私達は農家であって、作り手のことはまったくわからないけど、ドドガルさんがトーリ君の料理の腕前や発想力を気に入り、尊敬しているのがわかった。
ドワーフ族は気難しい性格をしている人が多い。それなのに、ここまで信頼を得ているトーリ君がすごいと思う。
しばらくドドガルさんの製作談議を聞いていると、階段の方から足音が聞こえてきた。
「あ、もしかして!」
「お待たせー、ハンバーガーを持ってきたよー」
ユウナが嬉しそうに入り口を見やり、私も振り返るとそこにはハンバーガーらしきものを運んでくるトーリ君の姿が。
片方のトレーには三人分乗っているが、もう片方は一つでトレーを占拠するほどの巨大なものが載っている。
「はい、これがユウナ達のハンバーガーで、こっちがドドガルさんのために作った特別ビッグバーガーだよ」
「こりゃすごい! フライパンみたいな大きさじゃ!」
「これがハンバーガーってやつ? なんかあっちの大きさすごいんだけど!」
「あれは今回だけ特別に作ったものだから。本来はユウナ達に出したものが、売り物として作ってるやつだからね」
ユウナの言葉にトーリ君が苦笑いしながら答える。
私達のハンバーガーよりも二倍、いや三倍くらい大きい。
こうして通常サイズと並んでいるからか、ドドガルさんのハンバーガーが際立って大きく見えた。
あっちも美味しそうだけど、さすがに私達の胃袋じゃ食べきれないかも。
「これがトーリ君が屋台で売っているハンバーガー……」
丸いパンの間にはお肉、チーズ、トマト、レタスが挟まっている。
よく焼けたお肉からは香ばしい匂いがしており、特製ソースがかかっているのか甘辛い匂いもする。その上にはとろりと溶けたチーズが肉にかかっており、食欲を大いにそそらせる。
さらに肉の上にはスライスされたトマトやブーケレタスが挟まれており、とても色鮮やかだ。肉の味が重いって人でも、これなら楽しんで食べられそう。
「サンドイッチみたいだけど、これは確かに違うな」
父さんの言う通り、サンドイッチみたいだけど、私達のイメージするサンドイッチと少し違う。そんな不思議な食べ物。
「そうそう。だから、まだ知らない人にはハンバーガーって言って広めておいてね。その方がサンドイッチと差別化ができて、うちのやつが有名になるから」
「こいつ、ちゃっかりしてやがるぜ」
サンドイッチとしてひとくくりにされるより、そうやった方が特別感が出そう。
トーリ君のちょっとずる賢い考えに私は思わずクスリと笑ってしまう。
「ねえ、それよりも食べていいよね?」
ユウナが待ちきれないとばかりに言う。
「うん、温かいうちに食べちゃって」
「でも、トーリ君。これってどうやって食べるの?」
「手が汚れないように紙で包みながらかぶり付いてもらえればいいよ」
「わかった!」
ええ、ちょっと待って。このサイズだと結構大きく口を開けないといけなさそう。
なんて私が躊躇している間にユウナと父さんは手で持ち上げて、そのままかぶり付いた。
「んんっ! 美味しい!」
「おお、肉が想像していたよりも柔らかいな!」
ハンバーガーを頬張ってとても美味しそうにしている二人。
「おおっ! こりゃ、すごい! いつも食べているハンバーガーとは食べ応えが段違いじゃ!」
さらにドドガルさんは自分の顔よりも大きいハンバーガーを抱えて、そのままかぶり付いていた。
「ドドガルさんの要望に応えて、これでもかってくらいにボリュームを増したからね。というか、さすがにその大きさはそのまま食べるのしんどくない? ナイフとフォークも用意してあるけど……」
「バカ言え。ハンバーガーは手で持ってかぶりつくもんじゃろうが。そんなナイフとフォークを使ってお上品に食っていたら、せっかくの食べ応えも台無しじゃわい」
「まあ、基本はそうなんだけどね」
や、やっぱり、これはこのまま食べる料理なんだ……。
「どうしたの、エリーナ? もしかして、苦手な食材とか挟まっていた?」
「いや、そういうわけじゃないよ!」
私だけが一向に手をつけないからか、トーリ君が心配そうにする。
どうしよう。今更口を大きく開けるのが恥ずかしいだなんて言いにくいかも。
多分、ナイフとフォークくらい頼めば出してくれるだろうけど、ハンバーガーをそうやって食べるのはちょっと違う気がする。
このままだとトーリ君にいらぬ心配をさせてしまうので、私は控えめに口を開けてハンバーガーをそのまま食べる。
その瞬間、パンの風味とジューシーな肉、シャキッとしたレタスなど数多の具材が混然となって口の中に広がった。
「お、美味しい! こんなの初めて!」
「よかった。気に入ってもらえて」
父さんの言う通り、挟まっているお肉がとても柔らかい。はじめはステーキのような感じなのかと思っていたけれど、軽く噛んだだけで肉汁があふれてほろけていくよう。
チーズと甘辛いソースも抜群でよく合っている。
さらに食べ進められてわかるのは、ハンバーガーという料理の調和の高さ。
パンと具材の相性がどれも絶妙。
トマトの酸味とレタスの水分が、味の濃さを中和してくれている。それに肉を挟んでいるこのパンも余分なソースや肉汁を吸収していてしっかりと貢献していた。
きっとこの味を引き出すために、すごく具材の選定に苦労したんだろうなって思う。
「ねえ、トーリ君。気になったんだけど、レタスって二種類使われている?」
「おっ、さすがは野菜農家だけあって気付くのが早いね」
「そうかな? 農家じゃなくてもこれくらい――」
「えっ、嘘! そんなの全然気づかずに食べてた!」
謙遜の言葉を述べようとしたけど、ユウナが全然気づいていなかったみたい。
でも、この美味しさを目の当たりにすると仕方のないことかもしれない。
「ひとつはブーケレタスだよね?」
「うん、そうだよ」
「でも、もうひとつがわからないんだけど……」
「ああ、俺もそうだ。このシャキッとした歯ごたえと水分、甘み……葉野菜の類はいくつも育ててきたが、この見た目と味には見覚えがねえ」
私だけじゃなく父さんもわからないみたい。
私以上に野菜を見て、育ててきている父さんでもわからないのなら、あまり市場にも流通しないものや、貴重なものなのかもしれない。
思わずハンバーガーを分解して眺めてみるも、やはり見覚えのない葉野菜だ。
「これは何の葉野菜を使ってるの?」
「残念ながらそれは秘密。とはいってもカールスさん達なら、いつかは気付くと思うけどね」
そうだよね。これはハンバーガーを支える陰の立役者だもの。トーリ君が秘密にするのも無理はない。
けど、何の葉野菜なんだろう? 気になるなぁ。
「……にしても、分解してそこまでレタスを吟味する人は初めてだよ」
「あっ、ごめんなさい! どうしても気になっちゃって……」
いくら使われている葉野菜が気になるといっても、挟まれたものを分解するだなんてマナー違反だ。お行儀がかなり悪い。
「父さんとお姉ちゃんは、野菜のことになるとたまに暴走するよね」
「あははは、それだけ好きなんだろね。街で八百屋をやっている僕の友達もそんな感じだよ」
ユウナの呆れた言葉にトーリ君が朗らかに笑う。
よかった。ドン引きしたりしていないみたい。そのことに安心しながら、私は大人しくハンバーガーを食べる。
すると、ユウナがふと思い出したかのように言った。
「ねえ、トーリ。おまけってやつは何なの?」
そういえば、トーリ君はちょっとしたおまけをつけてくれるって言っていた。
私も実は気になっていたものだったりする。
「あっ、やっぱり覚えてた?」
「あったり前じゃん!」
「そろそろ出来上がる頃だから、ちょっと待ってて」
トーリ君がそう言って、リビングを出ていった。