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男の性


「ほれ、お前さんが注文したミートチョッパーとかいう奴じゃ」


 厨房に入ると、ドドガルは台の上に置いた箱から、ミートチョッパーを取り出した。


 銀色のアルミやステンレスなんかに近い素材でできており、持ち上げてみると意外と軽い。


「これがトーリの頼んでいた調理器具ってやつか」


 調理器具だけあって興味があるのか、父さんも僕たちに混ざって興味津々の様子で見ている。


「一応、動作確認をしてちゃんとミンチになっていたが、ワシじゃあお前さんの理想通りかわからん。早速、使って確かめてくれ」


「わかった」


 ドドガルにそう言われて、僕は食糧庫から豚肉を取り出して適当なサイズにカット。


 そして、ミートチョッパーの蓋を取って、上部からカットした豚肉を入れていく。


 後は蓋をして、横についているハンドルを回してあげるだけだ。


 上から蓋を押さえつけながらハンドルを回すと、投入した豚肉がドンドン沈んでいく。今頃、ロールによって奥に運び込まれ、内部ついている刃によって細かくされているところだろう。


 しばらく回し続けると、穴から押し出されるようにミンチとなった肉がニュルニュルと出てきた。そんな様子を見て、父さんが驚く。


「うおっ!? なんか肉がニュルって出てきたぞ!?」


 初めて見る人から結構衝撃的なシーンだろうしな。父さんの大袈裟な反応が面白くて僕はクスリと笑ってしまう。


「どうじゃ、問題はなさそうか?」


「うん、ちゃんとミンチになってるし、押し出される肉の大きさも均一でバッチリだよ! さすがだね!」


「フン、あれほど精密な製図があれば、誰でもこれくらいはできるわい」


 腕を組みながらそう言うドドガルさん。


 正直、肉が押し出される穴の部分は、少しくらいバラツキが出るのではないかと思っていたが、それがまったくない。僕が前世の知識で書いた製図を抜きにしてもドドガルの鍛冶師としての腕が確かな証拠だろう。


 ああ、それにしてもニュルニュルと肉が押し出される感覚がすごく楽しい。


 ひたすらに包丁を叩きつけて肉を叩きつける作業とは大違いで、ただハンドルを回すだけ。


 包丁であれば、この状態になるまで何度も肉を叩かなければいけなかっただろう。


 それと比べるとミートチョッパーのなんと素晴らしいスピードか。


 やはり、労働力の軽減は肉体的にも精神的にも大事ってことだろうね。


「とりあえず、ミートチョッパーとやらは、完成ってことでいいかの?」


「勿論。僕は報酬として食べ応えのあるハンバーガーを食べさせればいいんだよね?」


「そうじゃ。それがワシの望む報酬じゃからの!」


 念のため確認するように尋ねると、ドドガルさんは深く頷いた。ドドガルさんが僕の思っていた以上の仕事をしてくれた。


 僕としてはお金もプラスして払ってあげたいところだけど、ドドガルさんはただ食べ応えのあるハンバーガーを求めている。


 そこに押し付けるようにしてお金を渡すのは無粋なようにも思えた。


 どうせならその気持ちは料理でお返ししよう。ちょうどさっきユウナ達からいいジャガイモを貰ったことだしね。


「わかった。それじゃあ、特別に昼食で出すからお昼になったら来てくれるかい?」


「うむ、ちゃんと酒も用意するんじゃぞ? 四階で出してくれた赤ワインでもええからな!」


 ドドガルは豪快に笑いながら厨房を出ていった。


 ドドガルの期待に頑張って答えないといけないな。そんなことを思いながら見送っていると、隣で父さんが首を傾げた。


「……うん? 四階で出してくれた赤ワイン……?」


 マズい、ドドガルに勝手に振る舞った赤ワインのことを思い出そうとしている。


「さーて、ユウナ達やドドガルのためにハンバーガーを作る準備をしないと――あっ、父さん。パンを買わないといけないからダスティの店に行ってくるよ!」


「ちょっと待て、トーリ」


 父さんが余計なことを思い出さないうちに外に非難しようとした僕であるが、肩を覆うようなゴツイ手がそれを止める。


「な、なにかな父さん?」


「お前、俺が晩酌用にとっておいた高級赤ワインを出したな?」


 どこか怒りの籠った眼差しをけてくる父さん。


 ここは白を切るべきだろうか。いや、ドドガルの言質をしっかりと聞いてしまっているので今さら誤魔化すことは不可能。


 だったら、ここで素直に白状した方が減刑の可能性があるかもしれない。ここは、いつもレティがやるように可愛らしく、斜め下から見上げて……


「てへ!」


 次の瞬間、僕の肩からメキョッという音が鳴った。




 ◆



「トーリ、戻ったよー! ハンバーガー、食べさせて!」


 朝が過ぎ去り、昼食を求めてうちの食堂に客がやってくるような時間帯。


 各地で野菜を卸し終わったのか、ユウナ達が戻ってきた。


「残念だったな。ハンバーガーは屋台でしか食べられねんだぜ」


 無邪気に受け取り口から厨房を覗き込むユウナに、ラルフが何故か得意げな表情を浮かべて語る。


「知ってるよ。でも、トーリが特別に作ってくれるって言ったから」


「何だと!? おい、トーリ! 俺にも特別にハンバーガー作ってくれよ!」


「えっ、なに!? 今日はここでハンバーガー食べられるの!?」


 自慢げに語るユウナの言葉を耳にして、ラルフだけでなくヘルミナや他の客まで反応してしまう。


 ミートチョッパーが完成して大量に作れるようになったとはいえ、ハンバーガーは屋台での僕の貴重な収入源。それを減らすわけにもいかないし、ハンバーガー屋さんになりたいわけでもないので却下だ。


「売らないよ。これは彼女達と個人的な約束で作ってあげるだけだから」


 収集がつかなくなる前にキッパリと告げると、主にラルフを中心にしてブーイングが起こる。


「嬢ちゃん達だけズルいぞ!」


「さてはトーリ、女の子の気を惹こうとしてるんだろ!」


「いや、大人の男性もいるし、そんなつもりもないから」


 ユウナとエレーナは確かに可愛らしい女の子だけど、ハンバーガーで気を惹こうとするのは男としてどうかと思う。


「とりあえず、三人とも先に四階に案内するから付いてきて」


 食堂客の大人げない文句が悪化しないように、僕はユウナ達を避難させることにした。


 後の対応は食堂にいる父さんや母さん、レティに任せることにする。


「地味にここの階段を上がるのは初めて!」


「どんなところだろうね」


 とはいっても、普通の部屋で目新しいものはないと思うけどね。


 どこかソワソワした様子の三人と一緒に、我が家の生活空間である四階へと入る。


「はい、ここが僕達の普段過ごしているところだよ。特に普通でしょ?」


「そんなことないじゃん! ここ、すっごくいい景色!」


 リビングにある窓に即座に駆け寄って移動するユウナ。


「他の家が見下ろせて広場なんかも見えるね」


「ほお、いい眺めじゃないか」


 エレーナとカールスさんも窓からの景色を眺めて感嘆の声を漏らす。


 そういえば、うちの宿屋は四階建てで結構な高さがある。普段あまりにも見慣れている光景だったので忘れていたが、割と見晴らしはいい方だ。


「実は屋根裏部屋とかもあるから、そっからの方がもっと見下ろせるよ」


「え、本当!? 見たい!」


 試しに言ってみると、ユウナが即座に反応した。


 その無邪気さを微笑ましく思いながら、リビングの奥へと向かって天井に折りたたまれている梯子を下ろす。


「秘密の階段みたいでカッコいいね!」


 僕も男なので、ユウナの言いたいことはすごくわかる。


 少し急な梯子にも関わらずに物怖じすることなく登っていくユウナ。


 一方、エレーナは梯子の角度にビビりながらも、慎重に手と足をかけて登っていく。


 そして、僕も続いて登ろうとしたところで、先に登っているエレーナのスカートが際どくなっていることに気付いた。


 見えそうで見えないこの角度。もうちょっと真下から覗けば見えるのでないか? そんな男としての性というか、やましい心が芽生えそうになった時、不意に背後から殺気のようなものが感じられた。


「……おい、トーリ」


 カールスさんから聞いたこともない低い冷たい声が聞こえてくる。


 今朝に庭で聞いた爽やかな声とは比べるべくもない、暗い声だ。


「エレーナが心配なので少し梯子を押さえていただけですよ」


「あ、ありがとう! トーリ君!」


 僕が何もやましいことはないと爽やかな笑みを浮かべながら言うと、屋根裏部屋に到着できたらしいエレーナの純粋な感謝の言葉が届いた。


 エレーナの純粋な感謝の気持ちの籠った笑顔を見ると、男という生き物のどうしようもなさが際立つようであった。





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『魔物喰らいの冒険者』

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