ちょうどいいタイミング
「ところでトーリ。ハンバーガーの屋台って何?」
ナタリアが去って落ち着いた頃合いに、ユウナが首を傾げながら尋ねてきた。
そういえば、ユウナとエリーナが前回やってきた少し後に、やり始めたんだっけ。だとしたら、二人がそのことを知らないのも当然か。
「パンにハンバーグっていう肉や野菜を挟んだサンドイッチみたいな料理を屋台で売り始めたんだ」
「すごいね、トーリ君。屋台で料理も売ってるんだ」
「でも、どうして屋台なんて急に始めたの?」
「まあ、友達と一緒に作ったらトントン拍子で進んだ感じはあるかな」
大衆浴場で軽いノリで話してみたら、意外とハルトやカルロ、ダスティも乗り気になってあっという間に完成してしまった。
後はいいものができたから、せっかくなので自分達の小遣い稼ぎにしようということになった。
ハンバーガーを作って屋台で売るのは楽しいけど少し面倒。だけど、ミートチョッパーが完成すればもっと楽に多くのハンバーガーを売ることができるはずだ。
そうすれば、快適な生活を送るために必要な魔道具の資金にもなるのでいいことだ。
「いいなぁ。街の生活って感じがして」
「うん、うちの村だとそうはいかないからね」
僕の話を聞いて、どこか羨ましそうにするユウナとエリーナ。
「僕からすれば、プリッチトマトみたいな美味しい食材を堪能できる二人の生活も羨ましく思うよ?」
前回持ってきてくれたプリッチトマトはとても美味しかった。
あんなものを育てて、毎日食べられるような環境もいいと思う。
それに田舎だったら自然が綺麗で、ゆっくりとした生活を送れそうだ。
「そう言うんだったら、うちの村に遊びにきてよ。プリッチトマト以外にもいっぱい街にない食材とかあるんだから!」
「そうだな。個人的にもカールスの村でどんな野菜を育てているか知りたいし、話も聞いてみたい。今度暇を見つけて行ってみるか」
こちらを見上げながら言ってくるユウナに戸惑っていると、父さんが腕を組みながら唸った。
「まあ、確かにプリッチトマト以外にも流通していない美味しいものがあるなら、行ってみるのもいいかもね」
ユウナ達の足で歩いて二時間かかると聞いていたので、今まで尻込みをしていたが、あのような美味しい野菜がゴロゴロと転がっているならば行ってみるのも悪くない。
「本当!? やった! これでアベルさんとトーリの料理がたくさん食べられる!」
「やけに熱心に誘ってくると思ったら、お目当てはそれか」
僕と父さんが向かえば、自動的に宿の料理が食べられるのは確定事項だからね。
「私は純粋にトーリ君にも来てほしかったよ?」
「あー! お姉ちゃんだけいい子ぶって! 本当は一番に料理を楽しみにしてる癖に!」
「そ、そんなことないから!」
ユウナの言葉に少しムキになって言い返すエリーナ。
エレーナはいつも落ち着いているけど、意外と強情だったり、子供っぽい一面もあるのでそれがとても可愛らしく見えるな。
「ねえねえ、トーリ。せっかくだからお昼はハンバーガーっていうのを作ってよ! 私、それを食べてみたい!」
「そうだね。私もトーリ君が作る屋台の料理食べてみたいな」
「あー、ごめんね。ハンバーガーは基本的に屋台だけの料理で、宿屋の食堂では出してないんだ」
僕がそう言うと、ユウナとエリーナは酷く残念そうにする。
「えー、何でよ?」
「父さんが出すなって言ったし」
僕がそう言うと、ユウナとエリーナだけでなくカールスさんまでも不満そうな視線を父さんに向けた。
三つの不満げな視線に晒されて居心地が悪そうにしている父さんに、カールスさんが尋ねる。
「……おい、アベル。何でハンバーガーを出さないんだ?」
「食堂でハンバーガーを出せば、それを目当てに大量の客が押し寄せるからだ。新しい客が増えるのは嬉しいが、常連達を押しのけてまで呼び込むのはちょっとな」
父さんの真面目な説明にカールスさん達はどこか納得した顔になる。
「確かにそうかもしれないな」
僕も父さんの意見には賛成だ。
うちには僕達の経営する宿屋の雰囲気を気に入って泊ってくれる常連さんや、毎日父さんの料理を楽しみにして欠かさずに食べにきてくれる人がいる。
ハンバーガーを食堂でも出せば、屋台から新規の客をたくさん引っ張ってこれるだろうが、常連さんが座れる場所を奪ってまで、提供する意味はないと思う。
何より僕は今の雰囲気が気に入ってくれるしね。
元々は魔道具を買うためにノリと勢いではじめた資金稼ぎ。
僕はあくまで宿屋の従業員であって、ハンバーガー屋さんになるつもりは毛頭ないからね。
「ハンバーガーって、宿に客が押し寄せるほど人気なんだ?」
「ありがたいことに。一時間で五十個分くらいは簡単になくなるね」
「うー、それほど人気ってことは美味しいってわけじゃん! 食べてみたいー!」
サイドテールを振り乱して、どこか悔しそうにするユウナ。
エリーナも口には出していないが、すごく残念そうにしているのがわかる。
なんかここまで悲しそうな顔を見ると、胸がチクリと痛む罪悪感のようなものが……。
「まあ、食堂じゃなくて個人的に家に招いて出すならいいだろ」
父さんも同じ思いを抱いたのだろう。どこかぶっきら棒にそう告げる。
「ということは?」
「四階にあるうちのリビングでもいいなら出せるよ」
僕が父さんの意図を代弁すると、ユウナとエリーナが顔をほころばせる。
「やった! お姉ちゃん、ハンバーガーって奴が食べられるって!」
「うん、地味に一階しか入ったことがなかったから、トーリ君の家っていう意味でも楽しみかも」
パテを手作りするのは相変わらず面倒だけど、嬉しそうにしている二人を見ると数人分くらいはどうってことがないように思えるな。
ともあれ、ミートチョッパーがあれば楽でいいんだけどね。
「お、ちと早いと思ったがもう起きとったか」
どこか遠い目をしながらそんな事を思っていると、不意に中庭へと誰かが入ってきた。
ふと、視線をやるとそこにはドドガルさんがいた。
しかも、短くて太い腕には箱が乗せられている。
「ドドガルさん、その箱に入ってるのはもしかして……っ!」
「ああ、そうじゃ。お前さんが頼んだミートチョッパーが完成したぞ」
僕がおずおずと尋ねると、ドドガルさんが誇らしそうに頷いた。
「おお、ちょうどいいタイミング!」
ハンバーガーを作らなければいけないタイミングでやってきてくれるとは、何という幸運だろうか。
これで僕の労力がかなりカットされる。
「うん? ハンバーガーでも作ろうとしていたのか? どういう状態かわからんが、とりあえず、お前さんの想像通りの物になってるか見てくれ」
「わかった」
「なになに? もしかして、さっき言っていた調理器具のこと?」
僕とナタリアの会話を覚えていて察したのだろう。ユウナが興味津々の様子で聞いてくる。
「そうだよ。肉を簡単にミンチにしてくれるんだ」
「何それ! 私も見たい!」
「ダメだ。そろそろ、他の所も回らないといけないからな」
「えー! そんなぁ!」
カールスさんに注意されて、ユウナが悲しそうな声を上げる。
ゆっくり休憩して喋って、もう結構な時間が過ぎてしまったからね。
ユウナ達が野菜を卸しているのは、うちだけではないのだ。アイラの宿だったり、レストランだったり、市場だったり回るべき場所はたくさんある。
「ちゃんと昼にはハンバーガーを用意するし、ちょっとしたおまけも付けておくから頑張っておいで」
「え、おまけ? おまけって何だろ!?」
「わからないけど、楽しみにしながら頑張ろう」
「そうだね!」
残念そうにしていたユウナであるが、おまけの一品で気力を持ち直したのだろう。
意気揚々とリヤカーを押しながらユウナ達は笑顔で去っていった。