だから、僕はモテない
宿屋のイラストレーターは『転生して田舎でスローライフをおくりたい』でもお馴染みの阿倍野ちゃこさんです! 激アツです!
「おっはよー、トーリ!」
「おはよう、トーリ君」
朝日がようやく顔を出し始めた早朝。眠気を感じながら食堂の椅子を下ろしていると、入り口からユウナとエリーナがやってきた。
ユウナ達がこの時間にやってくるのは勿論、野菜を卸してくれるためだ。
「おはよう、二人共。ちょっと父さんを呼んでくるね」
「あー、それと水も飲ませてくれると嬉しいなーって」
厨房に移動しようとすると、ユウナが手を合わせてそんな風に頼んでくる。
仕草としてはちょっとあざといものを感じるが、ユウナがやると不思議と様になっていて可愛らしかった。
多分、アイラがやるとあざとく思えるんだろうな。
「ユウナ、別にわざわざ頼まなくても自分のお水があるよね?」
「だって、もう温いんだもん。それに、ここのお水はレモンの風味があって美味しいから。お姉ちゃんだって、お昼ご飯の時にゴクゴク飲んでるよね?」
「別にゴクゴク飲んでないから! の、飲んでないよね、トーリ君!?」
顔を赤くしながら僕に尋ねて確かめようとするエリーナ。
「うん、別に普通だよ」
「ほらぁ」
「えー、うっそだー?」
正直に言うとユウナの言う通り、エリーナは結構水を飲んでいるのだが、乙女心がわからない僕ではない。
「それじゃあ、父さん呼んでお水用意するから中庭で待ってて」
「ごめんね、トーリ君」
「ありがとう!」
僕は二人にそう告げると、改めて厨房に移動。
厨房では父さんが調理道具の手入れを行っているようだった。
包丁を眺める父さんの表情は真剣だったので、驚かせないように足音を立てながら近づく。
「父さん、ユウナ達が野菜持ってきてくれたよ」
「わかった。今行く」
父さんはそう返事しながら、しばらく包丁の確認作業を続けていた。
とりあえず、その包丁の確認が終わってから行くのだろうな。
その間に僕は水差しに水を入れて、スライスしたレモンを投入。
かき混ぜ棒で軽く混ぜたら完成。その頃には父さんも包丁の確認が終わったらしく、ゆっくりと布の上に置いていた。
「おっ、水を持っていってやるのか。気が利くじゃねえか。そういう男はモテるぜ?」
水差しやコップを用意する僕を見て、父さんが頭を撫でて褒めてくれるが残念ながら自発的ではなかった。
「じゃあ、ユウナに頼まれてから動いた僕はモテないね」
「何だ。褒めて損したぜ」
正直に白状すると、父さんは顔をしかめて僕の髪をくしゃっとさせた。
◆
父さんと中庭に出ると、ユウナとエリーナ、そして父親であるカールスさんがいた。
今日も遠い村からはるばる野菜を積んでここまできたのだろう。カールスさんの額には汗が滲んでおり、首にかけたタオルで拭っていた。
ユウナやエリーナもよく見れば、うっすらと汗が滲んでいる。
季節はまだ春とはいえ、最近はかなり暖かくなってきた。野菜満載で重くなったリヤカーを押してここまでくるのは相当な労力なので汗をかくのも当然だろう。
「お水、どうぞー」
「おお、トーリ! 気が利くなぁ! そういう事ができる男はモテるぜ?」
僕が水差しを持っていくと、カールスさんが父さんと同じような台詞を言った。
二人の感性的に、こういう気遣いはモテ要素なのだろうか。
しかし、これはどうしたものか。おたくの娘さんに催促されて持ってきました。なんて素直に言うべきなんだろうか。
「さすがトーリ! 気が利くね!」
「あ、ありがとね」
そんな風に悩んでいるとユウナが無邪気にそう言い、エリーナが苦笑しながらも空気を呼んだ。
経緯を知っている父さんは、感心しているカールスさんを複雑そうに見ていた。
自分と同じような勘違いをしているから、そうなるよね。
「ぷはっ、やっぱり冷たいお水は美味しい!」
「ああ、汗をかいた時は冷たいものが一番だな!」
冷たい水を飲んでリラックスした表情を浮かべるユウナとカールスさん。
しかし、その中でエリーナだけが微妙な顔をしている。
既にコップを空にしており、チラチラと水差しを眺めているがお代わりをする様子はない。
これはさっきユウナに言われた言葉を気にして遠慮しているのだろうな。
別に水を飲むことくらい気にしなくていいのに。
「お代わり、入れるね。今日は暑いから喉が渇くよね」
「あ、ありがとう」
「へえ、そういうところは気が利くんだ」
僕がエリーナのコップを取って水を入れると、ユウナがボソッとそんなことを言った。
気が利くというよりか、宿屋でウェイターとして働いているからか飲み物が欲しそうな人には気付きやすいだけだと思うけどね。
カールスさん達が水を飲んで一息つくと、いつも通りの仕入れ作業。
リヤカーに積まれた新鮮な野菜を見ながら、父さんが仕入れるものを見定めている。
「今日はジャガイモが多いな。見たことのねえ種類もある」
父さんの言う通り、今日はジャガイモが多く積まれている。それも丸くてゴツゴツしたものや、細長いもの、サツマイモのように紫色っぽいしたものまでもある。
「この紫色のやつはサツマイモじゃないんだよな?」
「早速目をつけたか。それは赤芋って呼ばれていて、中もサツマイモみたいに黄色いんだ。加熱すると甘みが増して、炒めものやマッシュポテトにすると美味いぞ」
「おお、じゃあこれを使ってみるか」
カールスさんの説明を聞いて、父さんは早速使ってみることを決めたようだ。
甘みの強い芋でマッシュポテトとか作ると美味しいからね。これはまかないが楽しみになりそうだ。
それにしてもジャガイモか。ミートチョッパーができて、ハンバーガーが楽に大量生産できるようになったら、一緒にポテトフライをつけてもいいかもしれないね。
焼き上げるタイミングを見極めるのは難しいけど、それ以外は割と単純だし悪くないかも。
「わわっ、トーリ! すっごく色っぽい人がきた!」
カールスさんのジャガイモについての説明を聞いていると、ユウナが慌てた様子で僕の袖を引っ張る。
思わず振り向くと紫色のドレスを纏ったナタリアが護衛のマックと共に戻ってきた。
娼館での仕事を終えて、帰ってきたのだろう。
黒い毛皮のガウンを羽織ってはいるが、ドレスの胸元の露出が多い上に、豊かな胸のせいで色気を隠しきれていなかった。
「えっちぃ」
「す、すごい、格好……」
顔を赤くしながら呟くユウナとエリーナ。
同姓である彼女達ですら、そう思えてしまうのだからナタリアの色気は本物だ。
僕だって毎日客として触れ合っていなければ、カールスさんのように無言でガン見していただろうな。
「ここで大丈夫よ。ありがとう。明日の夜にまたお願いね」
ナタリアが宿の中庭に入ると、護衛であるマックがナタリアと僕達に一礼をして去っていく。
「ただいま~」
マックを見送った途端に姿勢や表情を崩して、間延びした声になるナタリア。
どうやら宿に戻ってきたことでお仕事モードが完全に抜けたようだ。
「お帰り。今日も仕事お疲れ様」
「今日は三人も客の相手をしたから疲れたわ。ひとまず、寝る」
「朝食は食べに降りてきてね」
「うーん、起きる自信がないからトーリが起こしてちょうだい」
ナタリアは気だるそうに言うと、宿屋の中に入っていく。
が、思い起こしたように止まって振り返った。
「あっ、そういえばリリスがハンバーガーの屋台はいつやるのって言ってたわ。あの子や娼館の子達もすっかり気に入っているみたいだから」
ああ、そう言えばナタリアとリリスにハンバーガーを売った日から、屋台での販売を数日はしていない
な。
ハンバーガーを気に入ってくれる人が増えたのは嬉しいけど、だからこそ手作りでやるのは骨が折れる。できればドドガルがミートチョッパーを完成させてから再開させたい。
「うーん、今は調理器具を発注してるから、それが完成したらかな?」
「わかったわ。そう伝えておく」
僕がそう言うと、ナタリアはひらひらと手を振って宿の中に入って、階段を上がっていった。
「よ、夜の仕事をしてるお姉さんだよね?」
「まあね」
「やっぱり、街に行くと色々な人がいるね」
どこか興奮した様子でナタリアが消えていった宿を見つめる二人。
十歳のユウナも、十二歳のエリーナも年頃だけあって、夜の世界の住人であるナタリアに興奮を隠せないようだった。