ピーマンの肉詰め
「ピーマンを食べたこともないのにどうして嫌いになったの?」
ハルトが落ち着いたところで、僕は改めて気になった部分を尋ねる。
いくら食わず嫌いとはいえ、多少なりとも苦手だと思うイメージがあるはずだ。
そうでもなかったら苦手だと思うはずがない。
「んー、何て言うんだろうな。食ったこともねえから、これと言って大きな理由もねえんだけど、昔からマズいって言って皆嫌がっていたしな」
「……それって、もしかしてガキの頃の話か?」
ラルフの思い出すような言葉を聞いて、耳を傾けていたシークが訝しんだ顔で言う。
「ああ、そうだぜ。あの頃、皆してピーマンは不味いって言ってたじゃねえか」
「お前、どんだけ昔の話を鵜呑みにして引きずってるんだよ」
「うっせえ! お前だって不味いって言ってたから俺はできるだけ食べないでおこうって思ったんだぞ!」
「んなもん、ガキの頃の話だろうが」
ラルフとシークの子供の頃や村を知らない僕とハルトは少し置いてけぼり気味だが、大体どういう状況でそうなったかはわかった。
「恐らく、幼い頃に言われた不味いという言葉が、刷り込まれて苦手意識を持ってるんだろうね」
「嘆かわしいことにそれが原因だろうな」
食べるように強要されて苦手意識がついたとは違うが、これも立派な原因だろう。
ピーマンがマズいということを話していた子供が悪いかと言われれば、その時は誰もが舌が未発達なのでそう感じてしまうのは仕方のないことだな。
誰が悪いということでもない。
ただ、一つの原因を上げるとすれば、ラルフが想像以上に素直だったということだろうな。
まさか、そんな昔の言葉を鵜呑みにして、ずっと引きずっているとは……。
「だが、原因がそれであれば簡単に克服はできるかもしれない」
「言っちゃうなんだが、今さら克服とかできるのか?」
ハルトの言葉に耳を傾けていたシークが尋ねる。
同じくラルフも今さら克服なんてできるのかといったような顔だ。
「できる! マズいと刷り込まれたイメージが原因ならば、実際にそれを食べて美味いと思わせればいいのだ!」
「ピーマンは美味しいって改めて認識させることで苦手意識を吹き飛ばすんだね」
「げっ、結局俺にピーマンを食べさせるつもりじゃねえか……」
ハルトと僕の会話を聞いて流れを理解したのか、ラルフが顔をしかめる。
それはハルトがこなくても、いずれは父さんが対処するであろう問題なので諦めてほしい。
父さんは野菜を頻繁に残すラルフのことを心配しているからな。
「でも、ラルフにピーマンを美味しいって思わせる料理に心当たりはあるの?」
「ある」
僕がどうしようかと考えていた肝心の部分だが、ハルトは自信ありげに頷いた。
食わず嫌いをするラルフに一体どのようなピーマン料理を食べさせるのか。
「確かラルフはハンバーグのパテが好きだったな?」
「ああ、俺は肉が好きだからな。その中でも特にハンバーグが好きだぜ!」
屋台がやっている時は、毎日のようにラルフが食べにくるからな。仕入れや様子見などで顔を出すハルトも、それを把握していたのだろう。
ラルフが笑顔で言うと、ハルトは満足げに頷いた。
「ふむ、だったら問題ないな。夕食はラルフが気に入るピーマン料理を作ってみせよう。トーリ、厨房に行くぞ」
「え、僕も行くの?」
◆
ハルトが一人でラルフのためのピーマン料理を作るのかと思いきや、僕まで厨房に連行されてしまった。
厨房内では既に夕食の仕込みをしている父さんがおり、ハルトが入り口から声をかける。
「アベルさん、ちょっと厨房を貸してくれませんか?」
「お? ハルトか。一体、何をするんだ?」
「ちょっとピーマン嫌いの男に、ピーマンの素晴らしさを教えるために」
「あいつには俺も困っていたんだ。それなら構わねえぜ」
ハルトの言葉に父さんはニヤリと笑って許可をくれた。
ラルフのピーマン嫌いに一番頭を悩ませていたのは父さんだからな。
「ねえ、僕も手伝う必要があるの?」
「ある。今回の料理はトーリじゃないと作れぬものだからな」
僕じゃないと作れないもの? そんな料理はあったかなと考え込んでいると、脳裏に一つのものが浮かんだ。
「もしかして、ハンバーグ?」
「そうだ。ラルフの大好きなハンバーグはトーリしか作れんからな」
実際にはカルロもハンバーグは作れるが、微妙にラルフに出しているハンバーグは味付けを変えているからな。ハルトの言う事は間違いではない。
なんか、俺がラルフのお袋の味みたいになっていて変な感じだな。
「ということは、ハンバーグの中に刻んだピーマンを混ぜるんだね!」
大好物のハンバーグの中に刻んだピーマンを混ぜる。嫌いなものを克服させるには好きなものと一緒に食
べさせるのは、世の主婦の王道的な攻略法だ。
しかし、それは即座にハルトに否定された。
「バカ者。そんなことをしたらピーマンの良さが台無しではないか。俺はハンバーグによるごり押しではなく、ちゃんとピーマンの美味しさを認識した上で好きになってもらいたいのだ」
「ええ、それって欲張り過ぎじゃない?」
「欲張り過ぎではない。とにかく、ハンバーグを作ってくれ。俺はピーマンの下処理をする」
ラルフならハンバーグの中にピーマンを入れるだけで、十分通じそうであるがハルトが追い求める理想はもっと高いよう。
とりあえず僕は頼まれるままに、豚肉を取り出して包丁で叩いてミンチにしていく。
厨房の中にトントントンと肉を叩く音が響き渡る。
ああ、ハンバーグをミンチにするのが面倒だからドドガルにミートチョッパーを頼んだのに、またこうやってやるハメになっているよ。
早くドドガルがミートチョッパーを完成させてくれないだろうか。
そんなことを思いながら無心で肉を叩いていると、近くにいるハルトの方からグツグツとお湯が沸くような音が聞こえた。
気になってそちらに視線を向けると、ハルトが腕を組んで火にかけた鍋を見ていた。
んん? ピーマンの下処理でお湯が必要なのだろうか? もしかして茹でるとか?
そんな疑問を抱いていると、ハルトは大匙二杯分の油をお湯の中に投入した。
「え? 何してるの?」
お湯で茹でるのであれば油を投入する意味がわからない。
「ラルフのためのピーマンの下処理。油通しだ」
「油通し?」
聞いたことのない言葉に僕は思わず首を傾げる。
「熱した油に短時間くぐらせることだ。こうすることでピーマンの苦みを抑えることができる」
「へー、そうなんだ」
生の魚や肉をさっと熱湯にくぐらせる湯通しは知っていたが、加熱した油にくぐらせる湯通しがあるとは知らなかった。
「他にも湯通しは、水分や栄養、旨みなどの成分の流出を防ぐ上に、閉じ込めることができる。そのために美味しさも増すので、炒め物をする前のひと手間としてオススメだぞ」
「なるほど、さすがは八百屋の息子だ。参考になるな」
気が付けば仕込みをしていた父さんが、相槌を打ちながらメモをしていた。
野菜について随一の知識を誇るハルトの言葉は、料理人としてとても参考になるのだろうな。
「本当は油だけでくぐらせるのがいいんですが、そうすると油の消費や手間などがかかりますからね」
「あー、台所は汚れやすくなるし、火の通し加減も難しくなるしな」
毎回野菜を使う度に油を消費していたら、すぐに油が切れてしまうだろう。
「ですが、沸騰させたお湯に油を少し加えるだけでも十分です」
「それなら家庭でも簡単にできて手軽だな。早速今日の野菜炒めでやってみるか……」
ハルトと父さんの野菜談議を耳にしながら、作業をしていたらいい感じにミンチにできたので調味料を加えていく。
「ハルト、ハンバーグのミンチができたけどどうする?」
「俺がカットしたピーマンに詰めてくれ」
「なるほど、ピーマンの肉詰めか」
「単純だがいい名前だな。今後はそう呼ぶとしよう」
ハンバーグに混ぜないという辺りから何となく察していたが、やはりこれだったか。
確かにこれならピーマンのシャキシャキ感と苦みが、ハンバーグとマッチしてどちらの味も楽しめる。
これならラルフも気に入ってくれるかもしれないな。
僕はそんな手応えを感じながら、ハルトの用意してくれたピーマンにミンチ肉を詰めてフライパンで炒めた。
◆
ピーマン料理が完成したので、少し夕食には早いがラルフには食堂に来てもらった。
「ああ、夕食がピーマン料理かと思うと憂鬱になるぜ」
「無料でトーリ達の飯が食えるんだ。もっと喜べよ」
「そうよ。トーリとハルトのオリジナル料理よ?」
ため息を吐くラルフの席には、パーティーの仲間であるシークとヘルミナも当然のように着席している。
理由はラルフの反応を面白がっているのと、僕たちの振る舞う料理が無料だと知ってたかりにきているのだろう。
一応、僕やハルトのお節介で苦手なピーマン料理を振る舞うと言っているのだ。無理にお金を取るような真似はさすがにしない。
「そんなに楽しみなんだったら、お前らが食べていいんだぜ?」
「そうしたいところだけど、今回はラルフのためなんだから、そういうことは言わないの。いい歳して食わず嫌いしてるあんたのためにトーリ達がここまでしてくれてるんだからね」
ヘルミナに窘められてラルフは少しバツが悪そうな顔をする。
「せめて一口だけでも食べてくれると嬉しいかな。美味しくなかったら、また別のメニューも考えるし」
こちらとしても無理に食べさせるつもりはない。
食べ物の好みというのはどうしてもあるので、別の野菜料理を提供するか諦めるしかない。
できれば、野菜嫌いのラルフでも何か食べられるようになって欲しいと思うけど。
「……となると、ラルフが不味いと言い続ければ、試作料理が永遠に食べ続けられるわけか!」
「ラルフ、一口食べたら不味いって言いなさい」
僕の優しい言葉に付け込もうとする悪い冒険者がここにいる。
ヘルミナ、ラルフを窘めるさっきの言葉はどこに置いてきちゃったんだ。
「ちゃんとラルフの好物も入っているから、不味いとまではいかないと思うけどね」
「好物ってもしかしてハンバーグか……っ!」
僕の言葉を聞いて、ラルフの曇っていた表情がみるみる明るくなる。
まるで子供のような無邪気な反応に笑いながら、僕はハルトを呼び寄せる。
すると、ラルフはピーマンの肉詰めを盛り付けた皿を持ってきた。
「ピーマンの肉詰めだ」
「うわっ、これ美味しそう! 詰められてるのってハンバーグだよね?」
「そうだ。肉はトーリが作ったハンバーグだ」
「これ、絶対に美味しい奴じゃない!」
「単純だが、これならラルフでも食べられそうだな!」
さて、反応はどうだろうと思い、ピーマン嫌いの男に全員が視線を向けると、ラルフはフォークを使ってピーマンとハンバーグを分離しようとしていた。
「こら! ピーマンから肉を剥がそうとするでない!」
「だって、ハンバーグだぞ! それだけで食った方が絶対美味いだろ!」
まるで子供のような言い分をするラルフ。
「これはハンバーグとピーマンを一緒に食べるからこそ、美味しさがわかるのだ! 分離せずにちゃんと食べろ!」
「わ、わかったよ」
ハルトに叱られて、渋々ラルフは肉詰めピーマンにフォークを刺す。
そして、じっくりとそれを眺めると、スンスンと匂いを確認。
食わず嫌いしている食材だけあって警戒心がかなり強い。
「……一応、青臭い匂いはしねえみたいだな」
「臭みや苦みといってものは特別な処理で抑えてあるからな。昔言われたような青臭さや苦みはほとんど感じないはずだ」
ハルトがそう言うと、ラルフはおずおずと肉詰めピーマンを口に運んだ。
目を瞑りながら恐る恐るといった様子で、咀嚼するラルフ。
彼の口元からピーマンのシャキシャキとした音が聞こえる。
「……どうだ?」
「え、あれ? なんだこれ? 普通に美味いというか全然食べられる」
ハルトが尋ねると、ラルフは自分でも驚いているような様子で言った。
苦手なピーマンを食べて美味いと言ってくれた。
ラルフのために料理を作った僕らからすれば、これ以上ない褒め言葉だ。
僕とハルトは思わず笑って、拳を合わせる。
「えー、うそうそ! ちょっとどんなものよ!」
「俺たちにも食わせろ!」
ラルフの反応に驚きながらもヘルミナとシークもフォークを伸ばして食べる。
「うわっ! 美味しい! このピーマン青臭くないし、微かな苦みがハンバーグの味と合ってるわね!」
「いつもよりもピーマンがシャキッてしていいな!」
「おい! これは俺のだぞ! 食い過ぎだ!」
「さっき食べていいって言ってたから無効よ」
「そうだそうだ」
そうやって三人でピーマンの肉詰めを食べていると、あっという間に皿は空になった。
どこか満足そうにするラルフにハルトは尋ねる。
「ピーマンはこれから食べられそうか?」
「ああ、いきなり生で食べろって言われるとわからねえけど、少なくてもピーマンの肉詰めは食べられるし、苦手意識も減った気がする!」
「苦手意識が減ったなら今度は、ピーマンの甘辛肉炒めとかも食べられるかもしれないね」
「おお、そっちもいいな!」
「ピーマンの苦みと肉の相性が絶妙で美味しいのよね。それに価格も安いし、食べられるようになったら食費も浮くわ」
「最終的にやっぱりそっちかよ」
ラルフがヘルミナの本音に突っ込んで、僕達は思わず笑う。
しれっとパーティーの貧困具合を想像させてしまうやり取りであるが、ラルフ達の顔はとても明るい。
ちょっと懐は寂しいかもしれないけど、この三人はいつも楽しそうだ。
きっと、この先苦労することがあろうとも、こんな感じで笑いながら進んでいけそうだな。
「うむ、ピーマンが食べられるようになってくれて何よりだな。よし、次の野菜にかかるとしようか」
「は?」
ハルトの台詞を聞いて、訳がわからなさそうな顔を浮かべるラルフ。
「聞けば、お前は野菜のことごとくが嫌いと言うではないか。八百屋の息子として、そのような奴は見過ごせん。ピーマンと同じように野菜全ての美味しさをわからせてやる」
「いいわね! 頑張るのよ、ラルフ! 野菜炒め定食とか食べられるようになって食費を浮かせてちょうだいね!」
「……勘弁してくれ」
そう意気込むハルトと応援するヘルミナを見て、ラルフはげんなりとした声を漏らしたのであった。