ハルトの鉄槌
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「許せん!」
ラルフのピーマン嫌いが発覚した日。
買い出しを頼まれて、八百屋のハルトにラルフのことを話してみると憤った。
「ピーマンは過熱調理しても栄養が消失しにくく、どんな料理でも栄養をバランスよく食べられる野菜だぞ! それを嫌うなどと何と愚かなことだ!」
その上にトマトやキャベツも苦手で食べないんだけどね。
しかし、今追加でそんなことを言えば、ハルトが怒りで燃え尽きてしまいそうなのでやめておく。
僕だって、わざわざハルトに言って怒らせにきたわけではない。
ピーマンを食べられないラルフでも、なんとか食べられる料理法を教えてもらおうという考えだ。
「だから、ピーマンが苦手な人でも――」
「姉上、ちょっと店番を任せる! 俺はピーマンを嫌いだとほざく男を成敗してくる!」
僕が調理法を尋ねようとすると、義憤に燃えたハルトが売り場の奥に入って物騒なことを叫び出す。
「わかったわ。ここは私に任せて愚か者を叩き潰してきなさい!」
すると、ハルトとよく似た顔立ちに眼鏡をかけた、黒髪の女性が出てきて凛と言い放った。
ちなみにこちらはハルトの姉のアイズさん。
弟と変わらぬほどに野菜への愛を捧げているからか、ハルトを止めることはない。それが正義の行いだと信じてやまない瞳をしていた。
これは止められそうにないな。
アイズさんの許可を貰うと、ハルトはラルフに食べさせるつもりであろうピーマンを籠に入れた。
「よし、そういうわけでトーリの宿に向かうぞ!」
「うん、わかったよ」
ハルトがラルフの困った野菜嫌いを少しでも克服させてくれるのであれば、こちらとしても楽で嬉しいし専門家に任せてしまおう。
◆
「ラルフとやらはいるか?」
「うん、部屋にいるみたいだね」
宿屋の受付にはラルフとシークの部屋の鍵が預けられてはいない。
依頼を終えてへとへとになって帰ってきた日なのだ。今日は出かけることはもうないだろう。
ラルフがいるのを確かめると、二階へと上がって扉をノック。
「ラルフ、ちょっといい?」
「おお、トーリか? 開けていいぞ」
ラルフからの許可が出たので扉を開けると、ラルフとシークがラフな服装になってベッドで寝転んでいた。
ベッドの周囲には剣や防具などの冒険者道具が散らかっており、荷物もリュックに入れっぱなし。いかにも男所帯の部屋って感じの乱雑さだった。
「あー、まだ荷物片づけてないじゃん。全部片づけろとは言わないけど、せめて汗かいた服はすぐに洗濯籠に入れるなり、干すなりしてよ」
「お前は俺の母ちゃんかよ」
「今は依頼が終わったばかりで疲れてるんだよ」
俺がそう言うと、ラルフとシークはげんなりと答える。
その気持ちはとてもよくわかる。出張を終えて夜遅くに帰ってきたというのに、いきなり多くの荷物の入ったカバンから洗濯物を出せと言われても億劫でしかない。
それよりも、まずはベッドに横たわって一休みをしたくなるのは酷く共感できる。
しかし、ラルフとシークは依頼をこなした日の洗濯を自分で行っていない。普段は節約のために自分で洗濯をしている彼等だが、そういう日は大量に汚れものが出るからか、うちの洗濯サービスを利用しているのである。
「汗のかいた服を密閉したままにしてると匂いが染み込むよ? そして、洗濯を頼む場合主に洗うのは母さんとレティだから、敢えて臭い服を洗濯なんてさせたら嫌われるよ?」
「あー、わーったよ。今すぐに出すからよ。まったくトーリは言い方がせこいぜ」
「トーリが洗う日だとわかったら、ドロドロに汚れた服を洗わせてやろう」
僕がそう言うと、ラルフとシークが面倒くさそうにしなごらも動き出した。
さすがに宿屋の看板娘に嫌われては、生活し難いだろうしな。
男ならば可愛い女の子には笑顔を向けられたいと思うものだ。
「ところで用ってのは、洗濯物をさっさと出せってことでいいのか?」
「いや、違うよ。本題は他にあってね。ちょっと友達を入れるよ」
「おお、たまに見かけるトーリの友達だな。俺に何か用――って、何だそのピーマンが大量に入った籠は!?」
ハルトに気付いたラルフだが、脇に抱えられたピーマン満載の籠を見て後退った。
「俺は八百屋の息子、ハルト。お前がピーマンを苦手だと言っているラルフだな?」
「八百屋の息子だと!? トーリ、お前……っ!」
ハルトの言葉を聞いて、ラルフがまるでどういうことかと視線を向ける。
まるで暗殺者に見つかってしまったターゲットのようだな。
「いやー、ラルフのピーマン嫌いを克服できないかと相談したら直接行くって言われちゃって」
「なんてことをしやがる! おい、シークどけ!」
「まあまあ、お前もいい歳になったんだ。そろそろ野菜くらい食えるようになれ。アベルさんが言っていた通り、本当に体壊すぞ?」
逃げようとするラルフをシークが取り押さえる。
心配の声をかけてはいるが、その表情は明らかに面白がっているようだった。
そこにハルトがピーマンを持って近付くと、ラルフは悲鳴を上げて暴れる。
「や、やめろおおおお! ピーマンを生でなんか食いたくねえ!」
「どうしてピーマンが苦手なんだ?」
「へ?」
ハルトの唐突な問いかけにラルフは驚きの表情をする。
「何だ、口にピーマンをねじ込まないのか?」
「てっきり有無を言わさずにピーマンを生で食べさせるかと思った」
シークと僕がそのように言うと、ハルトは不満そうに言う。
「そんなことはするか。こういうのは幼少期に食べるのをしつこく強要されたせいで、大人になっても苦手意識を抱いている場合が多いのだ。だから、無理に食べさせるようなことは決して――」
「いや、別にしつこく強要されたことはねえよ。ましてやピーマンなんて食べたことがねえしな」
「お前っ! 食べたこともない癖に嫌いだと抜かしていたのかぁ!」
「ちょっ、お前! さっきと言ったことと行動が違うじゃねえか!」
「お前はそれに当てはまらんからだ!」
思っていたよりもずっとしょうもない理由により、ハルトが怒りと一緒にピーマンをラルフの口にねじ込んだ。
まさかの食わず嫌いか。食べたこともないのに野菜を嫌いだとか抜かしていたら、野菜に愛を注いでいるハルトも流石に怒っちゃうよね。