野菜嫌いの男
本日、『転生して田舎でスローライフをおくりたい』の書籍7巻が発売です!
ダスティにパテのレシピを渡した次の日の午後。受付でボーっとしていると、ヘルミナ、ラルフ、シークが帰ってきた。
「ただいま~」
「おかえりー」
心底疲れ果てたような顔をしながら、フラフラと入ってくる。
三人は受付で鍵を受け取ることもせず、背負っていたリュックやら杖やら剣を放り出して座った。もはや階段を上がって、自分の部屋に行く体力すらないらしい。
「さすがに通路の傍だと邪魔だから、端に寄せるね」
「ごめん、トーリ。ありがとう」
荷物を邪魔にならないように端に置くと、ヘルミナが力なく突っ伏したまま礼を言う。
ラルフとシークと違って、ヘルミナはこういうだらしなさをあまり見せないので珍しい。
「今回の冒険は大変だったの?」
「そうなのよー。畑にちょっかいかける魔物の討伐だったんだけど、まず村までが遠くてね。道も坂ばっかり。それでたどり着いたら、依頼に書かれていた魔物と全然違うし、想定よりも数は多いし、散り散りになって逃げちゃうしで――」
簡単な経緯さえ聞ければよかったのだが、ヘルミナの愚痴がとまらないとまらない。
でも尋ねたのはこちらなので、迂闊に切ることもできない。
結果として、僕はヘルミナの愚痴のようなものを五分くらいずっと聞き続けたのである。
「ってなわけよ!」
「そんなことがあったんだ。大変だったね」
「……なんかずっと愚痴ってごめん」
「いいよ、こういうのは吐き出した方がいいからね」
溜め込むよりも適度に吐き出して発散した方がいいからな。その方が精神的にも肉体的にもいい。
「はい、レモン水。疲れた身体に染みるよ」
「ありがとう」
本当はレモンの蜂蜜漬けなんかがあれば良かったのだけど、生憎と作っていないので勘弁。
「はぁー、このほのかなレモンの風味がいいわね」
ヘルミナが水を飲むと、ラルフとシークものっそりと身を起こして飲み出す。
なんだか亀に餌をやっているような気分だ。
「さあ、そろそろ荷物とか片付けるわよ」
愚痴を吐き終えて、レモン水を飲んで元気が出たのか、ヘルミナが立ち上がる。
やはり、こういう時の切り替えの早さはヘルミナが一番みたいだな。
「えー、もうちょっと休みてえ」
「足が重いんだ」
そして、案の定ラルフとシークはだらしがないようだった。
まあ、僕もどちらかと言うとそちら側の人間だから、彼らの気持ちも非常に理解できるな、
人間、無性に動きたくない時というものがあるんだよ。
「食堂でだらけるよりも自分の部屋で休憩した方がいいでしょ。ほら、二人も弁当箱出して。遅くに出したらアベルさんに怒られるわよ」
「「へーい」」
ヘルミナに言われて、仕方ないと言わんばかりの返事と顔をして、荷物を漁り出すラルフとシーク。
ヘルミナ達は冒険に出る時、大概父さんに弁当を作ってもらっている。
本来なら弁当箱は自分で洗ってから渡すのが普通なのであるが、父さんは弁当が渡した人がどんな風に食べたか知るために自ら洗っているのだ。後は単純に自分の作った弁当が空になっているのを見るのが好きらしい。
料理人の気持ちというのは、ちょっとわからない。
まあ、そんな訳で洗ってもらうには、帰ってきたらすぐに出すのが一番なのである。
リュックから弁当箱を取り出したヘルミナ達は、厨房窓口にそれを持っていく。
「アベルさーん、お弁当ありがとう! 今日も美味しかったわ!」
「ありがとうございました!」
「おう、お前らちょっと待て」
ヘルミナとシークが声をかけると、父さんは洗い物をしていたにも関わらずにわざわざ受け取りに来た。
いつもは軽く返事するだけなのに、これは珍しい。
そこまでして早く空になった弁当を見たかったのだろうか?
僕が疑問を抱いていると、視界の端でラルフがそそくさと階段を上がろうとしていた。
「やっぱり、ラルフか」
「ぎくっ!」
そして、父さんがラルフを追いかけて、後ろから腕を回す。
「やっぱりって?」
僕は父さんの言葉の意味がわからず、思わず小首を傾げる。
「ここのところ弁当でピーマンだけを残す奴がいてな。それがずっと気になっていたんだが、やっぱりラルフだったか」
「ああ、それで最近はピーマンのおかずが多かったのね」
「アベルさんは網を張っていたのか」
心当たりがあったのかヘルミナとシークが神妙に頷く。
どうやら犯人を見つけるために、ずっとピーマン料理を一品混ぜていたようだ。
そして、遂に犯人であるラルフが見つかったというわけか。
僕達がじとっとした視線を向けていると、ホールドされた状態でラルフは拗ねたように呟く。
「ピーマンは嫌いなんだよ」
「正確にはピーマンもだろ?」
「うっせ! 野菜は基本的に好きじゃねえんだよ! 青臭いし! 肉の方が断然美味いね!」
シークがすかさず突っ込むと、ラルフが噛みつくように言った。
そういや、トマトとかキャベツもダメだったな。ハンバーガーを食べる時もラルフの場合はトマト無しだし。
「ピーマンが苦手なら、そう言えば良かったじゃねえか」
「……いや、そんなこと言うと、アベルさん怒るだろ?」
ラルフがどこか伺うように言うと、父さんはため息を吐いて、
「俺の作ったものを食べてもらえないのは残念だが、別に無理矢理食べさせようとはしないさ」
「本当か!? じゃあ、俺の弁当から野菜全部抜いて肉にしてくれ!」
「それはダメだ。栄養も考えて野菜も入れる」
「苦手なら無理矢理食べさせねえんじゃなかったの!?」
「健康面での配慮だ。限度がある」
さすがに人間、野菜抜きでずっと肉ばかり食べていたら死ぬ。いくら配慮するとはいっても、一切なくすと言うのは無理な話だ。
「まあ、嫌いな野菜はできるだけ食べやすいようにしてやるから、食べられそうなら食べる努力はしてみろ。肉ばっかり食べていたら健康に悪い」
「子供じゃないんだから野菜も食べなさいよ。それに肉は高くつくんだし」
「へーい」
ヘルミナもラルフに軽く説教をするが、本音の部分は後半部分に集約されている気がした。
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』
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