冒険者三人組
「わー! この美味しそうな匂いはトマトね!」
「げっ! 俺、トマトは苦手だぜー」
「苦手とは美味しいのに勿体ないな」
続いて騒がしく降りてきたのは若い女性一人に、同じくらいの年齢の男性が二人。
この三人は冒険者でありパーティーを組んでいる。
茶色の髪をポニーテールにしており、綺麗というよりかは可愛らしい顔立ちをしているのが魔法使いのヘルミナ。
トマトが苦手だと呻いている金髪の男性が剣士のラルフ。
目にかかるまでの長い黒髪を持ち、物静かな佇まいをしているのが弓士のシークだ。
三人共同じ村出身なので非常に仲がいい。
「トーリ君、今日の朝ご飯は何?」
ひとしきりトマトの会話をすると、ヘルミナが人懐っこい表情で聞いてくる。
「今日のメインはロールキャベツのトマト煮だよ。付け合わせはパン」
「いいわね! あたしはそれ!」
「俺もそれで」
「……俺は違うメニューを適当に頼むぜ」
「わかった」
トマトの苦手なラルフ以外は、今日のメインにするようだ。
僕が注文を受けて厨房口まで移動すると、またもや階段を降りてくる音がする。
いつもよりも皆が下りてくるのが早い。
どうやら濃厚なトマトの香りに誘われて、宿泊客がドンドンと起き出してきたようだ。
これはドンドンと忙しくなるぞ。
料理の香りは厨房の通気口から飛び出て外にまで出ているのか、朝の労働者である街の人々までもうちの食堂に入ってくる。
中には早速今日の宿をとろうとしている者もいるのか。受付には数人の旅人や冒険者らしき人々が押し寄せていた。
「私が受付に行くから、お兄ちゃんと母さんは食堂をよろしくね!」
くそ、レティめ。混雑する状況を面倒臭がって受付に逃げやがったな。
受付だと名前を書いてもらって宿泊日数を聞いて、システムを説明し、お金を受け取り部屋の鍵を渡すだけ。
説明することが多いように思えるが、宿のシステムなどほとんど同じで皆知っている。一回言えば、後ろに並んでいる人まで聞こえるから細かく説明するのは数回だ。
そんな簡単な作業を妹に奪われてしまった。
「おーい! 注文いいか?」
「はーい!」
お客に呼ばれて母さんが忙しく動き回る。
客の騒がしい喋り声と注文の声。それらが入り混じり、静かな朝の食堂は途端に賑やかなものになる。
いかん、このままボーっとしていると増々忙しくなる。効率的に動いてさっさと終わらせないと。
とりあえずヘルミナが注文する声は父さんも聞いていたと思うので用意しているだろう。
「ほい、ヘルミナとシークの分。こっちはトマトが苦手なラルフ用のいつものだ」
急いで厨房口へと向かうと、予想通り父さんが料理を置いてくれていた。
父さんは母さんからの注文を受けて、他のメニューを用意している。
厨房も食堂も忙しい。僕はヘルミナの分とシークの分を急いで持っていき。
最後にラルフの分である、ふかし芋と野菜スープにパンを受け取る。
それから他の客に呼び止められて注文を受けながらも、僕はラルフの下へとたどり着いた。
「んー! 美味しい! このキャベツ凄く柔らかいわ!」
「このトマトのスープもたまらねえ!」
先に料理を届けていたせいか、ヘルミナとシークはラルフを待つこともなく食べ始めていた。
「お待たせ、ラルフ」
「トーリ、遅いぜ」
対するラルフは空腹のせいか、伸びた餅のようにテーブルに突っ伏していた。
ラルフ用のお任せメニューを置いていくと、お肉が見当たらない事が不服なのかラルフがムッとした表情で料理を眺める。
「父さんからのおまけかな? 野菜スープにはウインナーが少し入ってるよ」
「おー、ありがとな! アベルさんにも後でお礼を言っとくわ!」
ウインナーが入っていることを教えてあげると、途端に元気になるラルフ。
やっぱり若者は肉を食べないと元気が出ないからな。これくらいはサービスの範疇である。
「ところでトーリ! ハンバーグとかマヨネーズは作らないのか?」
「ああ、今日はずっと寝ていたし作っていないね」
後マヨネーズは料理ではないぞラルフ。
ハンバーグとマヨネーズは、僕がたまに作る前世の料理と調味料だ。
専門的な知識も大して必要とせず、比較的簡単に作れるものだ。ちょっと食べてみたくなって作っていた時に、通りかかったのがラルフだ。
彼はそれを食べて以来、ハンバーグとマヨネーズの虜になってしまったらしい。
「俺、あれが好きなんだよ。今度でいいからまた出してくれよ」
ラルフが両手を重ねて頼んでくるが、男がやったところでまったく可愛くもない。
まあ、作ってあげてもいいが朝は無理だ。朝は早起きして作らないといけないから自然と睡眠を削ることになる。
それは僕としてNGなので、従って昼か夜か。今日は昼寝をするという大変崇高な使命が控えているので厳しいな。
「わかった。また今度作ってあげるよ」
「本当か!? 約束したからな!」
「うん」
ただし具体的な日時などは指定していない。今度という曖昧なものだ。それは今日ではなく明日でも明後日でも、もっと遠い一か月後でもいいということ。
自分の好きなタイミングに作ればいいや。
ヘルミナとシークは僕のそんな考えに気付いているようだが、ラルフは作ってもらえると約束した段階で満足しているようだ。
それをどこか可愛らしく思いつつ、僕は余計な事を突っ込まれないようにそそくさと離れた。
◆
多くの客が食堂に押し寄せては料理を食べて朝の仕事に向かう。
それでも街でお腹を空かせている客はたくさんいるために、お客が消えては入って来るを繰り返す。
「酒だ! 酒だ! エールを持ってきてくれ!」
そしてお客の中に、朝っぱらだというのにお酒を持ってこいと要求する人物がいた。
ずんぐりとした樽のような身体に短い手足。顔は髭に覆われていて、老人のような顔立ちをしているファンタジー種族、ドワーフだ。
そうこの世界には人間の他に、エルフ、獣人といった数多の種族が生きている。
彼らは見た目こそ人間と違う部分もあるが、きちんとした心があるというのは同じだ。初めは少しビビったけど、今ではもう慣れたもの。
「酒を早く持ってこーい!」
ドワーフの客は短い手足を振り乱しながら、大きな声を出して酒を要求する声を上げる。
それに対して隣に座るエルフが顔をしかめながら言う。
「呆れましたね。朝から酒ですか?」
「ワシらドワーフにとって酒は水と同じじゃ! 飲まんと死んでしまうわい!」
ゲームや創作物語では、よくエルフとドワーフは仲が悪いと言うが、ここではそうでもない。
「そんなわけないでしょうに」
「酒は生きるための活力なんじゃ! なければ干上がってしまうわ! お前さん達が野菜をやたらと食いたがるのと一緒じゃ」
「野菜は生きるのに必要なものですよ。ですけど、酒は嗜好品であって必要ではない」
「何だとお前、ドワーフに喧嘩を売ってるのか!?」
……ないはずだが、何事にも見解や価値観の相違というものがある。ドワーフとエルフはちょっと合わない部分もあるが、ちゃんと良好な仲を築いている人達も多くいる。
たまたまここにいるドワーフとエルフは気が合わなかったのだろう。
とはいえ、このまま放置していると喧嘩してしまいそうだな。
「はいはい、エールをあげるから落ち着いてね!」
「おお! 酒じゃ!」
とりあえず酒だけを置いてやると、ドワーフは途端に笑顔になってエールを煽り始めた。
ドワーフがうるさくしなければ隣のエルフも文句は言わない。
好きな事がはっきりしていると、客も扱いやすいものである。
そうやって後は、客に料理を届けて勘定をして。
そんなサイクルを小一時間ほど繰り返すと、ようやく食堂内がいくらか落ち着き始めた。
この忙しい朝食の時間さえ、終われば後はのんびりと働くだけだ。
たまに座ろうが、呑気に外を見ようが、レティと喋ろうが、自分の仕事さえある程度やっていれば前世のように怒られたりしない。実にいい環境だ。
レティと一緒に残っていた皿を回収し、テーブル周りを掃除する。
残っているのは騒がしい時間をずらして起きてきた僅かな宿泊客と、休憩をしに入ってきた流れの旅人。そして冒険者であるヘルミナ達だけだ。
「今日は何の依頼をやる?」
「討伐系にしょうぜ。薬草の採取はもう飽きた」
「確かにいい加減雑用依頼は飽きた。懐にも余裕ができたし、ここは大きく外に出て討伐依頼をしようじゃないか」
ヘルミナ達は今日の仕事をどうするか作戦会議の模様。
討伐系にするか、採取系にするか議論を交わしている。
「じゃあ、ちょっと荷物の点検をしましょう。きちんと道具が揃っていたら討伐系を受けることにしましょう」
「「おう」」
どうやら一度荷物の点検をしに部屋に戻るよう。
冒険者といえば気楽なイメージもあるが、命を懸けて仕事するので慎重なのだ。
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