押しかけた客
ドドガルにミートチョッパーを依頼し、ピークの忙しさを過ぎた午後。
受付席に突っ伏して惰眠を貪っているとダスティに身体を揺さぶられた。
「おい、ちょっとトーリ! 今いいか!?」
「ダメ。今朝早起きさせられた分の睡眠を補充してるから」
「ふざけんな! まだ仕事時間中だろうが! お前の母ちゃんにチクるぞ!」
「……しょうがないな」
この穏やかな午後が一番昼寝に適しているというのに。ダスティも僕に用があるのであれば、もう少し配慮してほしい。
若干眠たさが残る中、僕は目をこすりながら尋ねる。
「で、何の用なの?」
「俺の店にもハンバーガーを卸してくれねえか? それかパテの作り方を教えて欲しい」
「いいけど、何で急に?」
ハンバーガーを卸すことや、パテの作り方を教えるくらいは構わない。
元々この商品は、僕やダスティ、カルロ、ハルトの共有物なのであるし。別に僕の代わりにダスティが屋台を出して売ることになっても問題はない。
僕は働かずして少しの売り上げを貰えるので、それはそれで嬉しいことだ。
だが、急に必要になった理由は気になる。
「屋台で売ってるハンバーガーの包みって、うちの店のやつを使ってるだろ? それでハンバーガーを食べたい奴等がうちに来ちまってよぉ」
ああ、ダスティの店に行けばハンバーガーが買えると思って、それ目当ての客が押しかけるようになったという訳か。
「やったじゃん。客が増えて」
「そうなんだけど、あいつらが求めてるのはハンバーガーなんだよな。うちがパンだけを提供してるだけってわかると帰りやがるんだ」
まあ、それもそうだろうな。ハンバーガーがあるだろうと期待していなかったのに、行ってみれば、それは無くてただのパン屋ということだし。でも、だからと言って何も買わずに帰られるというのは、パン屋としてかなり悔しいのかもしれない。
「それで新しくやってきた客を逃さないために、ハンバーガーを置きたいんだね」
「ああ、あいつらにうちのパンを買わせてやるんだ! だから頼む!」
手を合わせて頼み込んでくるダスティ。
「いや、僕は全然いいけど、パンは自分の家で作れるから、カルロやハルトに頼んだ方がいいんじゃないの?」
「一応、あいつらにも話したら、そういうのはトーリの領分だからお前に任せるってよ」
あいつら面倒な部分を僕に丸投げしたな。くそ、僕がしようとしていることを先にされてしまったではないか。
「わかった。元々ハンバーグは僕達の中で誰が売ろうと自由だしいいよ」
「マジか! 助かる! これで俺の賃金もアップだぜ!」
僕がそう言うと、ダスティは喜びを表すようにガッツポーズ。
妙に必死になっていたと思ったら自分の賃金がかかっていたんだな。
まあ、ハンバーガーの宣伝効果のお陰で、ダスティのパン屋は売上アップのチャンスなのだ。これを逃す手はないだろう。
「ハンバーガーをそのまま売るのもアリだけど、どうせならハンバーグパンとかダスティの店でしか食べられないパンを作るのもいいかもね。例えばパンの中にパテとチーズやジャガイモを入れて焼き上げるとか」
「おお、それいいな! 他にもトマトソースとかソースを入れたりしたら美味そうだな!」
「うんうん、それでいて販売数は制限をかけて特別感をかけてあげようよ。一日に三十個とかにして」
「は? 何でだ? 売れるんだから、作れるだけ売ってやりゃいいだろ?」
「いつでも売ってるものになったら価値が下がるじゃないか。すぐに無くなるってわかったら、皆すぐに買いに行くだろ? それに我先と並ぶだけで、行列のできるパン屋として有名になれるし」
「……お前、今悪い顔してるぜ?」
僕の顔はどうか知らないけど、少なくてもニヤニヤしているダスティの顔よりはマシだと思いたい。
僕の屋台もミートチョッパーができたとしても、二百や三百も用意はしないだろうな。
すぐに行かないと無くなるし、たまにしか出店しないというのがいいのだ。
というか、毎日出店とか僕が耐えられない。
あくまで魔道具代稼ぎのためと、ちょっとした趣味だからね。ガッツリ力を入れて働くのもいいかもしれないが、基本的にはほどほどがいい。
「にしても行列のできるパン屋か……悪くねえな」
自分の店に行列ができる光景を想像したのか、ダスティが気持ちの悪い笑みを浮かべている。
僕も同じように宿屋の食堂に行列ができるのを想像したら、忙しさに胸やけをする思いだった。大量の客が押し寄せるなんて冗談ではない。
今後も、ハンバーガーの屋台で宿屋の宣伝は控えておこう。
ダスティが妄想に浸っている間に、僕は厨房にあるメモ用紙を取って渡す。
「ここにパテの作り方とソースの作り方を書いてあるから失くしたり、人に言ったりしないでね?」
「お、おお、わかった」
僕がいつになく真剣に言うと、ダスティは驚きながらも頷いた。
多分、ハンバーガーは遅かれ早かれ誰かが真似をするだろうし、うちだけの味というのを守り抜いて本家を維持しないといけないからね。
そのために細かい比率や料理法は絶対の秘密だ。
「それじゃあ、完成させたら食べさせてね」
「おう! ありがとうな!」
メモを持って走り去るダスティを見送って、僕は再びテーブルに突っ伏して眠った。