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ミートチョッパーを依頼

 

 宿屋に戻ってくると、時間帯は昼前。


 既に食堂では昼食を食べにきたお客で溢れつつあった。


「ただいまー」


「あら、二人共早いわね」


「ハンバーガーが完売したからね」


「それはいいことね。早く帰ってきたのなら手伝ってちょうだい」


 僕とレティが帰ってくるなり、そんなことを言う母さん。


「えー、元々僕達はいない計算だったんだし、休憩してもいいじゃん」


「リコッタがいてもギリギリなのよ。どっちか一人だけでもいいからお願い」


 確かに朝からリコッタがいてくれるにしろ、この賑わいを見れば忙しいのは明らか。猫の手でも借りたいのだろう。


「レティ、頼むよ」


「えー、私も疲れてるんだけど」


 レティの肩に手を置いて頼もうとしたら、スルリと躱された。


 むむ、僕と違って働くのが大好きなレティの癖に嫌がるとは。


「はいはい、それじゃあ交代制よ。それじゃあ、先にトーリね」


「ええ、何で僕!?」


「やったー! それじゃあ、お願いね!」


 母さんの無慈悲な宣告によって、帰ってきたばかりにも関わらず僕は、従業員としてすぐに働くことになってしまった。


 くそ、これじゃあいつもの二倍近い苦労をかけて働いていることになるではないか。


 今後は屋台に行くときはレティとアイラに任せるか、完売してもしばらくは外で休憩している方がいいな。今後の働き方を見つめ直す必要がある。


 調理道具を片付けると、僕は即座に食堂に入ってウェイターとして働く。


 注文をとっては料理を運んで、空いた皿をひたすらに片付ける。


「おーい、エールじゃ! エールをくれ!」


 そうやって、作業を淡々とこなしていると新しく入った客が、真っ昼間から酒を催促する声を上げた。


 振り向くと、そこにはずんぐりとした体型をしている見覚えのあるドワーフがおり、短い手足バタバタと振っていた。


 あれは、うちの宿に泊まっているドワーフの鍛冶師。


 確か名前はドドなんとか……宿の名簿をチラ見すると、ドドガルと書いていた。連絡先にはこの街にある工房の名前が書かれているので、間違いなく鍛冶師だ。


 ということは、彼に頼めばミートチョッパーを作ってもらえるかもしれない。


「おい、何をしとるんじゃ! エールじゃ!」


「はい、ただいま!」


 なんて考えると催促されてしまったので、僕はエールを用意しに厨房に向かう。


 ドワーフは酒のことになると短気になるからな。


 杯にエールを注いで急いで持っていくと、ドワーフはぐびぐびと呑み始めた。


「くはぁっ! やっぱり酒は美味いのぉ」


 見ているこちらも呑みたくなるようないい呑みっぷりだな。


 その場にいると、ドドガルはボリュームのある牛肉のステーキセットとお任せのつまみを注文。


「牛肉ステーキセットと適当な酒のつまみだって」


「おう!」


 僕は受け取り口に注文のメモを貼り付けて、父さんにそれを伝える。


 厨房の中は父さんが忙しそうに動き回って、大きなフライパンをかき混ぜ、食材となるものを切っていた。さらに洗い場では溜まっていた杯や皿を母さんが必死に洗っている。


 相変わらず厨房は戦場のように忙しそうだ。色々な料理を作らなくてはいけないから当然か。屋台で簡単なハンバーガーしか売っていない僕の屋台とは忙しさが桁違いだな。


 よし、とにかくこれで注文は通した。もうピークの時間帯の中で十分働いただろう。本当はちょっと早いと思うが、ドドガルがいるチャンスを逃す訳にはいかない。


「ちょっとレティと交代してくる」


「はいはい」


 僕は母さんに一言告げてから、生活空間である四階へ。


 すると、レティは優雅にも僕がナタリアから貰った魔道具を使って、紅茶を飲んでいた。


 兄である僕が必死に働いていたというのに羨ましい。


「レティ、そろそろ交代」


「もう?」


「鍛冶師のドワーフがきたから、パテを楽に作れる道具を頼もうと思ってね」


「わかった」


 ちょっと残念そうにするが、道具のことを引き合いに出すとレティは簡単に了承した。


 僕なら普通に夕方に頼めばいいじゃんとか言うけどね。しっかりした妹であるが、人がいいのでこういうところは少し甘い。


 レティは紅茶を飲み終えると、そのまま一階へ。


 さすがに今すぐに降りても、ドドガルは昼食を食べている最中だからな。


 僕も少しここで休憩していってから交渉に向かうとしよう。




 ◆




 四階で紅茶を飲んでから降りると、ちょうどドドガルがエールを呑み終わって席を降りたところだった。


 危ない危ない、のんびりするあまりドドガルを帰してしまうところだった。


「ドドガルさん、すいません」


「おお、早いの。ほれ、銅貨八枚じゃ」


 僕が早速近寄ると、勘定だと思われたのか銅貨八枚を渡してくるドドガル。


 いや、それも合っているんだけど、僕の目的としては違う。


「お代どうも。ちょっと相談したいことがあるんですけどいいですか?」


「相談? なんじゃ」


「ちょっとここではアレなので、付いてきてくれます?」


「ええじゃろ」


 僕がそう言うと、ドドガルはお腹も膨れて満足しているのか素直についてきてくれた。


 リビングに入ると、ドドガルは物珍しそうに辺りを見渡す。


 うちのリビングは、お湯の魔道具以外、置いてあるものは全て一般的だ。さほど珍しくもないと思うのだが。


「ここの四階はお前さん達の家になっとるんじゃなー」


 ああ、なるほど。普段寝泊まりしている場所だけど、お客からすれば入れない領域だからな。ちょっと新鮮に思えるのだろう。


「ええ、ちなみに僕が寝ているのは、さらに上の屋根裏部屋ですよ」


「ほお」


 興味深そうに眺めているドワーフをしり目に、僕は魔道具で二人分の紅茶を淹れようとしたけど、ドドガルさんはお酒とかの方が良かったりして。


「紅茶と酒、どっちがいいです?」


「そんなもの酒に決まっとる!」


 念のために尋ねると、まるでそれが当然とばかりに言われた。


 あ、やっぱりそうなんだ。棚の中を漁っていると、父さんが晩酌用に呑んでいる赤ワインを見つけたので失敬。


 うん、屋台の評判のお陰で客も増えているし、いくらかの売り上げを店に入れているからちょっとくらいいいよね。


 赤ワインをグラスになみなみと注いで、僕は自分の紅茶を淹れる。


「なんじゃ、お前さんの呑まんのか?」


「僕はまだお酒をそれ程呑める年齢じゃないですし、相談もあるので」


「つまらんのぉ」


「まあ、その分ドドガルさんが僕の分を呑めるからいいじゃないですか」


「人間の子供は酒精に弱いと聞くしの。仕方がないからお前さんの分までワシが呑んでやるとしよう」


 僕がそう言うと、ドドガルは見事な手の平返しをした。


 ドワーフって、皆こんな感じなのだろうか。


 ちょっと呆れながら、僕達が赤ワインと紅茶で乾杯。


 ドドガルは、グラスを揺らして匂いを嗅ぐと、そのまま一気に煽った。


「おお、酒精は弱いが口当たりがいい。結構、いいワインを呑んどるな」


 え、このワインってそんなにいいものなの? もしかして、結構な値打ちがするとか。


 いや、もう出してしまったものは仕方がない。諦めよう。


「で、相談したいこととは、何か作って欲しいものでもあるのか?」


 さすがに自分が鍛冶師だけあって、相談内容の察しをつけていたようだ。


「ええ、ドドガルさんは、僕が最近屋台で売っているハンバーガーを知っていますよね?」


「ああ、ワシも買って食べた。あれは美味いが量がちと少ない」


 確かに今朝のマックのように、食欲の旺盛な男性からしたら一つでは物足りないだろうな。


 しかし、今の相談はハンバーガーの量についてではないので、苦笑して本題へ。


「ハンバーガーの肉は、肉を一度ミンチにする必要があるのですが、それを手作業でやっていくと中々に面倒で、ドドガルさんにはある程度の大きさの肉を簡単にミンチにできる道具を作ってほしいんです」


「ある程度の大きさの肉をミンチにのぉ……」


 ドドガルは短い腕を組んで、顔を難しくする。


 まあ、いきなりそんな道具を作れって言われても、即座に思いついたりしないよね。


「大まかな仕組みを考えたものがあるのですが見て貰えますか?」


「ほお、参考として見てやろう」


 興味深そうにドドガルが言う中、僕はタンスの中から一枚の紙を取り出す。


 それは休憩中に書いた大まかなミートチョッパーの構図だ。


 ミートチョッパーなら、前世の頃に手動式の物を持っていたので大体の仕組みはわかる。


 勿論、完璧に仕組みを把握しているわけではないが、僕がどういったものを求めているかが伝わるはずだ。


 構図の紙を差し出すと、ドドガルは目の色を変えて眺め始めた。


 そして、しばらく眺めると、顔をゆっくりと上げて僕を見る。


「……これ、お前さんが考えたのか?」


「ええ、そうですよ。それなら楽に肉をミンチにできるかなと思いまして」


 嘘です。ただ前世の道具をうろ覚えながらに書き写しただけで、そこに自分なりの理論は大して入っておりません。


 だけど、そんな転生云々を言っても信じてもらえないだろうし、こう言うしかない。


「……トーリじゃったか? お前さん、こんなところで従業員なんかやっとらんで、発明家や鍛冶師になった方がええぞ」


「いやー、僕はここでのんびりしてるのがいいんですよ」


 あくまで前世のものを再現しているだけなので、ドドガルが思うような才能は僕にはない。


「で、作れそうですか?」


「……作れる」


 なんだか話題が変な方向に逸れてしまいそうだったので、率直に尋ねるとドドガルはしっかりと頷いた。


 おお、それはなによりだ。これで包丁を振るい続けることなくミンチを作ることができそうだ。


「じゃあ、早速お願いしてもいいですか?」


「じゃが報酬については条件がある」


 作れるには作れるけど材料費がかなりかさむとか? パテを増産できれば、売り上げも上がるので多少は予算をオーバーしても後で取り返せる。


 ぶっ飛んだ額でなければ大丈夫そうだが。


「……お金がかなりかかるとか、稀少な素材がいるとかですか?」


「いや、違う。ワシが望むのは食べ応えのあるハンバーガーじゃ!」


 不安になりながら尋ねると、全く予想していなかった言葉が出てきた。


「え?」


「さっきも言ったじゃろ。お前さんとこのハンバーガーは量が少ない! あと肉の量も! ワシはもっと食べ応えのあるハンバーガーが食べたいんじゃ! じゃから、ワシを満足できるようなボリュームのあるハン

バーガーを作れ! それが今回の報酬じゃ」


 呆気にとられる中、ドドガルはそうまくし立てると一歩も引かんとばかりに腕を組んだ。


 まさか、お金ではなくもっと食べ応えのあるハンバーガーを要求されるとは。


 まあ、いずれは増産に合わせて、ハンバーガーの種類を増やしたりするつもりだった。


 ドドガルさんの要求は僕にとっても損はないし、むしろ願ったりだ。


「わかりました。では、もっと食べ応えのあるハンバーガーを作りますね」


「これからは敬語もいらんから、よろしく頼むぞ」


「わかった」


 そんな感じで僕はドドガルにミートチョッパーの制作を依頼し、報酬として新たな種類を考えることになった。




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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『魔物喰らいの冒険者』

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