朝帰りと朝出勤
レティとのんびりと会話しながら鉄板を温めていると、目の前の通りに人がやってくるようになった。
「あっ、お客さん?」
「違うよ。僕らと同じ屋台を出す人だよ」
さすがにほとんど屋台が出そろっていないタイミングでやってくる客は少ない。たくさんの調理道具や食材の入った木箱などを運んでいる姿から、同業者だ。
ちょうどいい感じに空が明るくなってきており、今から出店がピークになるのだろう。
「へー、私達の他にもたくさんいるね」
「これだけで生計を立てている人もいるからね」
有名な屋台になれば、そこらの飲食店の何倍もの売り上げを短時間で出すことができる。
いずれは僕らもそうなって、短時間で楽にお金を稼ぎたいものだ。
なんてボンヤリと考えていると、レティが肩を叩いてくる。
「ねえ、このままボーっとしてるの勿体ないよ。ハンバーガー作ろう?」
「そうは言っても、まだお客さん来ていないじゃん」
目の前を通るのは屋台を出す同業者だけだ。
どちらかと言うと、客よりかはライバルだろう。
「でも、これだけ私達の目の前を通ってくれてるんだよ? 実際に作っていれば宣伝にもなるし誰か買ってくれるかも! ほら、父さんが客は匂いで釣るって言ってたじゃん」
確かにレティの言う事も一理ある。
この通りは市へと繋がる人通りの多い場所。ここでハンバーガーを作って、どのような料理か見せるだけで十分な宣伝になる。
それにハンバーガーは片手でも十分に食べられる料理だ。屋台の受付で並んでいる間でも、気軽に食べることができる。
「そうだね。それじゃあ、いくつか作ってみようか!」
「うん!」
そんな訳で、予定よりもずっと早いが僕とレティはハンバーガーの調理にとりかかる。
十分に温まった鉄板の上に、油をたっぷりと敷いてやる。
そして、その上に僕が愛情と恨みと後悔を込めて作ったパテを並べていく。
いくつものパテがじゅうと音を立てると、通行人の視線がいくつも向けられた。
大半の人はすぐに興味を失くして歩いてしまうが、何人かは興味を示している模様だった。
その数人の脳裏に刻めただけでも立派な成果。
「ん? 何の料理だ?」
しめしめと思っていたところで通行人の疑問の声が耳に入る。
「あ、レティ。看板忘れてた。掛けておいて」
「わかった!」
僕達の屋台は市に貸してもらっている屋台なので、看板などという物はついていない。
だから、自分達で作った看板を持ってきて、それを屋台に掲げるのだ。
看板には文字でハンバーガーと書かれており、空いているスペースには可愛らしいハンバーガーのイラストが描かれていた。
レティ画伯が描いてくれた可愛らしいものである。
文字とイラストによるイメージ、目の前で焼いている匂いが伝えれば十分に印象に残るに違いない。
そんなことを考えながらパテを焼いていると、目の前に女性がやってきた。
それは初日、アイラと一緒に出店した時に隣にいたジュースの屋台のお姉さんである。
「おはよう! もうやってるんだね」
「おはようございます、今日はいい位置につけたんで宣伝も兼ねて」
「確かに、お肉の焼けるいい匂いがしたから、つい来ちゃったよ」
あははと元気に笑うお姉さん。
レティの作戦通り、匂いで僕達を見つけたようだ。
「どうです? 受付で並ぶ間にハンバーガーでも?」
「君、結構商売上手だねぇ。しょうがない、朝ご飯も食べてないし、ここは乗せられてあげるよ」
「レティ、野菜はできてる?」
「うん、後はもう乗せるだけだよ」
後ろの調理スペースを見ると、レティが既に野菜をカットして仕分けをしてくれていた。
これで具材も問題ないな。
「おや、今日は負けん気の強い女の子じゃないんだ」
負けん気の強いというのは、アイラのことだろうな。
このお姉さんといきなり張り合っていたから。
「女の子をとっかえひっかえとはやるねぇ」
「……今日は妹に手伝ってもらってるんですよ」
事実を述べると、お姉さんは心底驚いた顔をして僕とレティを見比べる。
「ええ、嘘!? に、似てないね?」
「放っておいてください」
そのガチなトーンが僕とレティの顔面スペックの差を如実に表しているように思えるからやめてほしい。
パテを焼き上げると、パンの上に乗せてソースをかける。
「えっと、スライスチーズにトマト、王様レタスにブーケレタスだよね?」
「うん、合ってるよ」
そこにレティが若干たどたどしいながらも具材を盛り付けて、最後にソースを塗ってパンで蓋をする。そしてダスティから貰った紙袋で包んでもらうと完成だ。
「はい、ハンバーガーです」
「ありがとう」
レティがハンバーガーを渡し、お姉さんが銅貨を四枚差し出してくれる。
そして、お姉さんはその場でハンバーガーの包みを剥いて一口。
「うん、今日も美味しいわね」
「あ、ありがとうございます!」
にっこりと笑うお姉さんに、レティが嬉しそうに礼を言う。
多分、レティがはじめて作ったハンバーガーだから目の前で一口食べてくれたんだろうな。
優しいお姉さんだ。
「それじゃあ、私は並んでくるから。またね」
お姉さんはそのままハンバーガーを片手にしながら、市の方へ歩いて行った。
これで市で並んでいる人へのいい宣伝になるな。
今度お礼にお姉さんの屋台にジュースを買いに行くことにしよう。
「えへへ、売れたね」
「そうだね」
初めて自分で作ったものが売れて嬉しいのだろう。レティが銅貨を嬉しそうに見つめていた。
僕とアイラも最初に売れた時は同じように銅貨を眺めていたな。
自分と同じ道をたどってきている妹が微笑ましい。
「あっ! ナタリア、トーリ君の屋台ってあれよね? いい匂いしてるやつ」
「ええ、あれよ。でも。引っ張らないで。混んでないから走らなくても十分よ」
どうやら早朝にあったリリスとナタリアが約束通りやってきてくれたようだ。
リリスがナタリアの腕を引いて、一緒に走ってくる。
リリスはまだ元気のようだが、眠気がピークにきているナタリアはちょっと辛そうだった。
そんな美人二人の後ろからは、同じように護衛が小走りでついてきている。
やっぱり、ずっといるんだ。護衛の人も大変だなぁ。
「へえー、いっぱいお肉が並んでいて美味しそう!」
鉄板で焼かれているパテを見るなり、リリスが目を輝かせる。
夜ずっと働いていたにも関わらず、朝一で肉の匂いを嗅いでも平気なようだ。
まあ、朝から肉は重いとかいっていたらハンバーガーなんて食べにこないか。
「前はフライパンだったけど、鉄板にしたのね」
「こっちの方がいっぱい焼けるし、美味しそうに見えるからね」
「ねえねえ、もう焼いてるし作ってくれるのよね?」
「うん、もう注文できるよ」
「じゃあ、ハンバーガー二つちょうだい!」
「三つよ。ずっと付き合ってくれてるマックにもあげましょう」
「あ、そうだった。ごめーん」
後ろの護衛の人はマックというのか。毎度見る度に存在感のある人だと思っていたので名前が遂に知れてスッキリした。
ナタリア達から三人前の注文を頂いたので、僕は少し冷めてしまったパンを鉄板の上で温め直してからパテを乗せる。
そして、レティが具材を乗せて、ソースを塗ってパンで蓋を。
完成されたハンバーガーを紙袋で包んで渡すと、ナタリアがリリスとマックに渡して、僕に銅貨十二枚を払ってくれた。
すごいな、大柄なマックが持つとハンバーガーが随分と小さなものに見える。
「わあ、温かくて美味しそう。これ、剥いたらこのまま食べていいんだよね?」
「ええ」
リリスはあっという間に包みを剥くと、そのまま一口。
さて、感想はどうだろう。物事を割とハッキリ言うリリスだから、美味しくなかったらストレートに言ってきそうなので怖いとこがある。
ドキドキしながらレティと見守っていると、リリスはクリッとした瞳をさらに大きくして、
「ええっ! 思っていたより、ずっと美味しい!」
思っていたよりって、最初はもうちょっとレベルが下だと思っていたのか。でも、それを遥かに上回る美味しさだったということなので、ここは素直に喜んでおこう。
「当然よ。私のトーリの作ったものだもの」
「えー、こんな美味しいもの宿でも食べられるなんてズルい!」
「ちなみに、僕はナタリアさんのものじゃないからね?」
なんて言うけど、二人は多分聞いていないだろうな。
「早い、もう食べ終わってる」
レティの驚く先を見ると、護衛のマックの手の平には空になった包みだけが虚しく残っていた。
「あら、マックはもう食べ終わったのね」
「早ーい! あたしまだ二口しか食べてないのに」
喋っていたから遅いということを抜いても、マックの食べるスペースはかなり早いな。
実際には見ていないけど、その大きさから二口、三口くらいで食べてしまいそうだもんね。
「マックは一つじゃ足りないだろうし、五個追加でお願い」
「あ、あたしも五個! 持ち帰って、皆のお土産にするね!」
「わかった。すぐに用意するよ」
なんと嬉しいことにいきなり十個のお買い上げだ。
以前ならば、大量に注文されると四つずつ完成させてから渡し、次の物を待ってもらうハメになったのだが、鉄板に切り替えたので、迅速に応えることができる。
僕は広い鉄板の上で同じようにパンを温めて、焼き上がっているパテを上に乗せる。
いきなりの大量注文にレティは焦るかと思ったが、段々と慣れてきたのか手際良く具材を乗せてくれた。完成したものを僕が順番に包んでいく。
そして、包んだものをこちらもダスティから貰った、大きな紙袋に五個ずつ入れた。
「はい、ハンバーガー五人前を二つね」
僕が持ち帰り用の紙袋を出すと、マックがずいっと銅貨を出してくる。
しかし、そこに割り込むようにナタリアが手を出して銅貨二十枚を渡してきた。
「ずっと付き合ってくれたマックには、お礼に私が出すわ。でも、リリスは自分で払ってね」
「ええ、ここは流れでナタリアが出すんじゃないの!?」
「私が出すのは最初の一個だけよ。というか、ハンバーガーを食べたいってごねたのはリリスなんだし、あなたが全部出してくれてもいいのよ?」
「ちえー」
ナタリアが珍しく正論を解いて、リリスは残念そうにしながら銅貨二十枚をレティに渡した。
一気に十三枚ものパテがなくなったので、鉄板の上のパテが少なくなってしまった。
これは急いで焼かなければいけない。
「なあ、そのハンバーガーってやつ一つくれるか?」
追加でパテを焼いていると、屋台を引っ張る男性が近付いて言ってきた。
その男性は、僕とレティが宣伝目的で焼いていた時に、興味を示していた人だった。
「わかりました。レティお願い」
「うん!」
僕はパテを焼くので忙しいので、焼き上がったパテと温めたパンを二つ、レティに渡して後の作業を任せ
る。
「おっ、あの姉ちゃんが言っていた屋台はここだな」
「ああ、ちょうどあそこで作ってる」
そうやっていると、同じように市で受付を済ませた人々が続々と並んできた。
どうやら買ってくれた屋台のお姉さんも宣伝をしてくれたようだな。今度会ったらお礼を言っておかない
と。
「トーリ! ハンバーガー、食べにきたわよ! ちゃんと今日も仲間を連れてきたわ!」
「なんだお前、前はあれだけ美味いか疑っていた癖にくるのか」
「うるさい!」
今度はヘルミナやラルクが仲間を連れてやってくる。その後ろにはまた見知らぬ冒険者がいたり、この間やってきた獣人の男性もいた。
「あら、なんだか急に賑わってきたわね」
「これだけ美味しいと買いにきたくなるのわかるかもー」
ヘルミナ達が仲間の冒険者を連れてきてくれたり、ナタリアが他の娼婦を連れてきたり、屋台のお姉さんが買ってくれたり。そんな風に輪が広がって、ハンバーガーは着々と人気が出ている。
まだ屋台料理の中でメジャーとはいえないし、知らない人もいるが口コミでドンドン増えていくといいな。
五十食用意した僕達であるが、今回は昼までに完売するという記録を立てた。
これも鉄板による大量生産と、皆がお土産としてたくさん買ってくれるお陰。
並んでいた客の中には買えなかったものもいたが、次からは増産することで納得してもらった。
今のままではパテを作るのに五十食くらいが限界なんだけどなあ。でも、これだけ短時間で利益が出るのであれば、もっと多くの数を作ってもいい気がする。
これはレティと話していた通り、本格的にミートチョッパーを作ってもらう必要があるな。
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