屋台準備
僕が厨房に入ると、そこには既に父さんがいて朝食の仕込みを始めていた。
「おはよう」
「おお、トーリ。今日は早いな。屋台の準備か?」
「うん」
そう、僕は宿屋の従業員としての意識の高さに目覚め――たわけではなく、完成させたハンバーガーを屋台で売るために仕込みをしにきたのだ。
王様レタスやブーケレタス、トマトなどは屋台で切った方がいいのだが、パテをそこで作るには不便。だから、ここであるパテだけは作ってしまって持っていこうという作戦だ。
屋台料理は一日で六十食も売れれば十分と客から聞いたので、今日は五十食ほどを作ろうと思う。
本当はもっと眠っていたかったけれど、これだけの数を作るとなるとどれだけ時間がかかるかわからないから早めに起きるしかないよね。
水壺に汲んである水を使って流しで手を洗うと、僕はカルロが用意してくれたエイグファングとブラックバッファローの肉を包丁でミンチにする。
ああ、この作業が果てしない。ミートチョッパーとか作って簡単にミンチにできないだろうか。作り自体はそれほど難しくないはずなので、ハンバーガーが売れるようになった物作りが得意な客に相談してみようかな。
「にしてもトーリが自分から屋台をやるとはなぁ」
僕が自主的に屋台をやることが意外なのか、父さんが感心の声を漏らす。
そんな風に呑気に話していても、キャベツを切るリズムが乱れないのは流石だな。
「皆でいいものが作れたから売れるかなーって。それに欲しいものもあるし」
「トーリがそんな事を言うとは珍しい。何が欲しいんだ? 俺が買ってやろうか?」
僕の言葉に反応して父さんが振り返る。
「ええ、いいの!? 冷気を出す魔道具なんだけど」
「そっか。精々頑張って屋台で稼ぐんだな」
「ええっ、ちょっと!」
僕が欲しいものの詳細を伝えると、父さんは今の話しは無かったと言わんばかりにキャベツに向き直った。それでも僕が必死に交渉しようと話しかけるも、わざとらしく包丁で叩きつける音を上げて拒絶してくる。
一瞬だけ見せた父親としての優しさは最早なくなってしまったようだ。
諦めて肉をミンチをしていると、また父さんが尋ねてくる。
「しかし、冷気の魔道具とはまた高い物を欲しがるな。そんなもの何に使うんだ?」
「え? 夏とかに部屋の空気を下げて気持ちよく過ごすためだけど?」
「……それだけか?」
僕が魔道具の用途を語ると、父さんは呆気にとられたような声を出す。
それだけとは何だ。冷気を出すだけの魔道具にそれ以上の何の使い道があるというのか。
「それだけって、快適な空気の中で眠る至福さを父さんはわかってないね?」
「わかるか。俺だったらそんなものを買うよりも美味い飯を食ったり、宿の設備をよくするからな」
うちの宿も建ててから十年以上は経過している。今のところ目立ったところで異常はないが、見えないところではボロが出ている。この間は、豪雨のせいか三階で雨漏れが発生してしまったしな。
人の通らない廊下の隅だから良かったものいの、部屋の中や一階であるなら即座にアウトだろう。
うちも継続的に利益を出してはいるが、客からあまりお金は取らない主義なのでボロ儲けとはいかない。
だからこそ、そんな高額な魔道具を欲しがるなら、自分が屋台でも出して稼ぐしかないと思ったのだ。
快適な生活を送り続けるために、少しくらいは頑張らないとな。
◆
仕込みを終えて宿の外に出ると、アイラが待っていた。
パテを入れた箱と調理道具一式を持っていくと、こちらに気付いたのかアイラが振り返って笑う。
「おはよう、トーリ! ちゃんと起きて仕込みできたみたいだね!」
「そりゃ、これをしていなかったらハンバーガーが作れないしね。というか朝からテンション高いね」
「だって、大人の手伝いじゃなくて私達だけで屋台をするなんて初めてだもん。すごく楽しみ!」
アイラは、今日僕が屋台をするのを手伝ってくれる協力者だ。
さすがに食材などを一人で準備して、ハンバーガーを作って、お金の清算まで一人でできる気がしないからな。
本来であれば、一緒に作ったカルロやハルト、ダスティが手伝ってくれるのが当然なのだが、彼らは実家の店がかなり忙しい。
カルロは一人っ子だし、ダスティは妹がまだ幼い。ハルトは姉さんがいるが、先日言っていた王様レタスを育ててくれている農家への訪問なども動けない。
結果的に自由に動けるのは宿屋である僕とアイラだけだったのである。
まあ、その分彼等には食材の配達を頼んであるので、まったく協力しないわけではないけどね。
「でも、全部売れるとは限らないからね? 初日だし二十食も売れたらいいほうじゃないかな」
「別に売れても売れなくてもいいのよ! 私達だけでやれるっていうのが楽しいんだし!」
まあ、こういうのは文化祭的な個人の店のようなものを経営するのが楽しいのだろう。だから、アイラの気持ちはわかる気がした。
でも、氷の魔道具を手に入れることを目的としている僕的には、売れてくれないと困るけどね。
「それじゃあ、まずは屋台を借りに行こっか! 調理道具持つね!」
「ありがとう、助かるよ」
木箱の上に乗せている調理道具一式が入った革袋を持ってくれるアイラ。
パテの入った木箱を持ちながら、さすがに乗せているのはきつかったので助かる。
荷物を分けた僕とアイラは、そろって屋台街へ歩き出す。
この街で屋台を開くときは、誰でも好きな場所でできるというわけでもない。
きちんと屋台を取りまとめてくれている市に行って、そこにいる人に許可を貰って場所を振り分けられるのである。
当然それには場所代も支払わなければいけないし、僕達は屋台も持っていないので借りなければならない。
朝早いせいか少し閑散としている屋台街を進んでいくと、奥にある市では多くの人が並んでいた。その人達は多くの食材や調理道具を担いでいたりしており、僕達と同じように屋台を借りるのだろう。
やがて次々と人が捌かれていき、僕達の番となる。
「屋台の貸し出しと営業の許可をお願いします」
「何を売るんだ?」
「ハンバーガーです!」
「は、はんばーがー?」
ぶっきらぼうに尋ねてくる男性にアイラがにこやかに告げるがわかるはずもない。
だって、僕達が勝手にそう呼んでいるだけだから。
「パンに焼いた肉や野菜を挟むサンドイッチみたいなものです」
「ああ、サンドイッチか。ここに名前を書いてくれ」
わかりやすく言うと男性は納得してくれたのか、手続きを進めてくれる。
そこに僕とアイラはそれぞれの名前を書き、身元となる宿屋の名前を書いておいた。
こうすることで後に何かあった時に、すぐに連絡もとれるしな。
「屋台の貸し出しと場所代で銀貨二枚だ」
「あたしも一枚出すね」
「いや、今日は手伝ってくれるしいいよ」
そう言って、僕は先に男性に銀貨二枚を支払い、それと交換に許可証となる木札を貰う。
手伝ってくれるアイラにお金を出させるわけにはいかないし、そんなことが父さんやレティにバレたら何を言われるかわかったものではない。
「屋台はそこに置いてあるものを自由に持っていってくれ。汚したり、壊したりするなよ?」
「「はーい」」
睨みを利かせてくる男性の言葉に怯む事なく、僕とアイラは返事をする。
身体も大きくてちょっと強面な彼であるが、宿屋で働いている僕達は慣れっ子だ。
男性が指をさしたところに速やかに向かうと、その中から使いやすそうで綺麗な屋台を選ぶ。
高さは約二メートル、横幅は一・五メートルくらい。奥行きは八十センチくらい。骨組みは丸太の造りで、頭上には雨避けとして皮のようなものが張られており、車輪のついた移動式だ。
調理台のところには窪みがあり、そこに七輪のようなものがはめられており、そこで鍋やフライパンに火をかけたり、鉄板を上に置いたりするのである。
これがこの世界での一般的な屋台だ。中には熱を発する魔道コンロがついているものもあるけど、さすがにおいそれと借りられる値段ではないのでスルーだ。
僕が前を引っ張り、アイラが後ろに回って押して歩く。
「場所はどこ?」
「隣の通りだね」
木札の裏を見ると簡易的な地図があり、僕達が陣取るべき番号が書かれていた。
その場所にたどり着くと、番号が書かれた場所があるって感じ。
「わかった! 早く行こう!」
「うわっ! ちょっと押さないでよ!」
アイラに後ろから押されながら、僕は速足で屋台を引っ張って進むのだった。