ハンバーガーの完成
カルロにハンバーグ。ハルトに二種類のレタスとトマトなどの具材を選び抜いてもらった。後はダスティがそれらの具材を見事に包み込めるパンを作ってくれれば、僕達のハンバーガーは完成だ。
残りのチーズは専門家がいないので、どうしようもないけど皆の食材とぶつかり合うようなものでもなければ大丈夫であろう。
そんな訳で僕は、選定された食材を持ってハルトの店から、その足でダスティのパン屋へ。
雑然とした市場を抜けて南下すると、人通りが穏やかになって歩きやすくなる。
そして、長閑な南の広場にたどり着くと、そこに面するダスティのパン屋があった。
時刻は日中を過ぎて小腹の空くおやつの時間帯。ダスティの店の中には、小腹の空かせた数人の客がパンを選んでいる様子だった。
お陰で店員であるダスティも焼き立てのパンの提供や精算で忙しそうだ。
僕は店の傍にあるベンチに座って、客足がいなくなるのをのんびり待つ。
深く腰をかけて背もたれに身を任せる。そのまま顔を上げると、視界には澄み切った青い空と僅かに浮かぶ雲が。
今日はとても天気が良く、気温も暖かいので絶好の日向ぼっこ日和だ。
広場には僕と同じようにベンチに座る老夫婦がいたり、待ち合わせをしていた子供達がはしゃぎ回っていたりと平和だ。
時折、吹き抜ける心地良い風を感じていると、ふと眠気が襲ってきた。
「おい、俺に用があるんじゃなかったのかよ」
このままひと眠りでもしてしまおうかなと目を瞑ると、聞き覚えのある乱暴な声といい匂いのする紙袋が降ってきた。
思わず目を開けると、そこには白いコック服のようなものを身に纏ったダスティが、相変わらず不機嫌そうな顔で見下ろしていた。
「ああ、ダスティ。仕事は?」
「落ち着いたから休憩だ。ほら、それよりこれ持て」
これ、というのは恐らく頭の上に乗せられているパンが入っているであろう紙袋だろう。
それを手で掴んで、太ももの上に乗せる。
すると、ダスティは僕の広げた足を蹴って、強引にベンチに座ってきた。
ああ、ベンチを一人で占有しているのがちょっと楽しかったのであるが仕方がない。
「ところで、このパンってもしかして?」
「ハンバーガーに使うパンだ。だけど、それは味と生地を整えただけの試作品だ。これ以上は他の具材を知らねえとどうしようもねえ」
おお、てっきりカルロとハルトの選別した食材を見てから、作るものだと思っていたが、できる分は既にチャレンジしてみてくれたようだ。
カルロもハルトもダスティも仕事が早くて本当に助かるな。前世で社畜を経験している分、この有難さがよくわかる。
ダスティの仕事の速さに感動しながら、僕は香ばしい匂いを放つ紙袋を開ける。
そこには僕が事前に伝えていたような、円形に膨らんだパンがいくつも入っていた。
「複数あるけどこれは?」
どれも微妙に色や大きさが違う気がするが、僕にはどのような違いかがわからない。
「微妙に甘さや生地の密度を変えてるんだ。トーリの言っていた生地の形こんな感じで合ってるよな?」
「うん、これとこれは膨らみ過ぎだけど、これなんてちょうどいいと思う」
ダスティに尋ねられて、僕は想定しているハンバーガーのパンに一番近いものを選んだ。
「発酵による膨らみ具合はそんくらいか……わかった」
ダスティはそのパンをまじまじと見つめると、記憶に焼き付けるように呟く。
「後は食材との兼ね合わせ次第だね。カルロのハンバーグとハルトのレタスとか持ってきてるから、後はそれと合わせて最終調整できる?」
「なんだ、もう既にあるなら先に言えよな!」
僕が食材の入った包みを出すと、ダスティが掻っ攫うようにそれを受け取った。
いや、ダスティがいきなりパンを渡してきたから言いそびれただけなんだけど、まあいいや。
食材を受け取るとダスティは満足そうに笑って立ち上がった。
「んじゃあ、後はこれで再調整するから三日後にきてくれ!」
そして、ダスティは包みを持ってパン屋へと走っていった。
多分、食材を挟んで早速食べてみるのだろうな。そして、その上で改めてパンの調整に入るに違いない。
とはいえ、今あるものでもかなりの完成度があるように思えるな。
僕はダスティに貰ったパンを一つ掴む。それだけで香ばしい小麦の匂いがして、どこか食欲をそそる。触るとふんわりとしていて、程よい弾力もある。
美味しそうな香りを放つそれを口にすると、口の中に芳醇な小麦の香りと僅かな甘みが広がった。
そして、食感は見事なフワフワ感もあり、ガサガサっとしていたりモチモチし過ぎていることもない。
「うん、パンだけでも美味しい」
ダスティの作ってくれた試作品の美味しさに、僕は今から美味しいハンバーガーができるのを確信していた。
◆
ダスティが食材を元に調整したパンを作ると、遂に僕達のハンバーガーが完成。
僕はそのお披露目をするべく、ハンバーガーの監修に関わってくれたカルロ、ハルト、ダスティを呼んで試食会を開いたのだが、僕達以外に人も周りでたむろしている。
ミハエルにアイラ、ウルガスにナタリア、ヘルミナ、ラルフ、シークといった感じで、ほとんどが僕の宿に泊まっている客だ。
「……これどうなってるの?」
「知らねえよ。俺達が座ると、どこからともなく現れやがったんだ」
座っているダスティに尋ねると、そのような返事が。
どうやらダスティ達が呼んだという訳ではないらしい。
「皆は何してるの?」
「ふっ、それはトーリ君が新しい料理を完成させたからに決まっているじゃないか。今日はその試食会だろ? 僕達も食べさせてもらいにきたのさ」
僕の質問にミハエルが代表として答え、その言葉に同意するように他のメンバーも頷く。
どうやら僕達のハンバーガーの試食会に無理矢理にでも混ざる魂胆らしい。
「にしても、よく今日が試食会だってわかったね」
今日は皆がゆっくりと時間をとれるように日付を調整しての試食会だ。昼食を過ぎた日中という時間もあり、偶然見つけて集まるには難しいと思うのだが。
「ここ最近、ハンバーグを作ってはやけに忙しそうにしていたからな」
「ずっとその足取りを追っていたんだ」
どうやらラルフとシークが僕をつけていたようだ。全然気づかなかった。
さすがは冒険者だけあって、そういう技能も――って、そんなことしていないでちゃんとギルドで依頼を受けて仕事しようよ。君達のパーティーって、そこまで財政に余裕がなかったよね?
どこか力と時間の使い道を間違っている気がする。
「私だけ仲間外れにして料理の開発をするなんて酷くない? 今度は私も混ぜてよね?」
アイラは同年代の中で一人だけ仲間外れにされてしまったことが不満なのだろう。ちょっと拗ね気味の言葉だ。
「じゃあ、今度一緒に屋台でもする?」
「ええ? 新しい料理を屋台で売るの?」
「うん、せっかく皆でいいものができたから売ってみようかなって」
このことはハルトだけではなく、ダスティやカルロにも共有済みだ。ただ、この中で一番自由に働けるのが僕なので、屋台営業のほとんどは僕が受け持つことになっているけどね。
まあ、毎日出店するわけでもないし、気ままにできる時にやればいいから苦労はしないだろうと思ってい
る。
「何それ、面白そう! 私もやるやる!」
屋台での営業に見事に食いついて機嫌を直すアイラ。
よかった、これで仲間外れにしてしまった件については許してもらえそうだ。
「ねえ、そろそろお腹が空いたわ。今日はトーリの新作が食べられるって聞いて、お昼を抜いているのよ?」
「そうよ! いい加減お腹空いたー!」
「…………!」
ホッとしているとナタリアとヘルミナ、ウルガスが催促するように言ってくる。
今からこの人数を追加分で作らなければならないのか。
「まあ、いいんじゃねえの? 俺達のハンバーガーをお披露目するいい機会じゃねえか」
「屋台で売り出す前に大勢の意見を聞ける」
「とはいっても、作るのは僕なんだけどね」
まあ、今日はハンバーガーの試食会をやると決めていたので、事前に多めに作っておいたのが幸いか。後はハンバーグに火を通して、具材を挟んでやるだけでできる。
早速、僕は厨房に入ってフライパン二つに、ハンバーグを四つずつ乗せて焼いていく。
そして、ハンバーグを焼いている間に、ハルトが持ってきてくれた王様レタスとブーケレタスをカット。
そして、ハンバーグが見事に焼き上がると、ダスティが持ってきてくれたふわふわのパンの上に乗せてソースをかける。その上にスライスチーズとトマトを乗せて、王様レタスとブーケレタス、最後にパンで蓋をした。
「はい、ハンバーガーの完成!」
「おお! これが新作の料理、ハンバーガーか! なんていい匂いなんだ!」
二つのお皿に四つずつ盛り付けて、テーブルに乗せるとミハエルが興奮のあまり手を出してしまう。
が、それはアイラの腕に弾かれた。
「ダメよ。ミハエル、今日はトーリ達の試食会なんだから私達は後よ」
「うう、これほど美味しそうなものを前にしてお預けとは……」
食がもっとも楽しみといえるミハエルからすれば、ハンバーガーのお預けはかなり堪えるようだ。
「いや、俺達は後でいいぜ」
「そうだね」
「作る段階で散々食べたからね」
「自分で食べるより他の人が食べた反応の方が気になるからな」
僕達は既に何回も食べてしまったからな。自分達で食べて楽しむよりも、他の人が食べて美味しいと言ってくれるかの方が気になる。
他の三人も同意見なので、先にヘルミナ達のテーブルに配膳。
そして、アイラ、ミハエル、ウルガス、ナタリアが座っている席に向かう。
こちらはミハエルがいるからか、真っ白なテーブルクロスが敷かれており、そこだけ高級レストランのようだ。
「お待たせしました、新作料理ハンバーガーでございます」
なんとなく雰囲気が出ていたので、ウェイター風にお届けする。
すると、皆の視線がハンバーガーに集中した。
「パンで挟んでいるけどサンドイッチと微妙に違うわね?」
「具材の色合いが美しく、食欲をそそる!」
前のめりなってナタリアとミハエルが観察する中、アイラが首を傾げながら尋ねてくる。
「ねえ、トーリ。パンで挟んでるってことはこのまま手で食べればいいの?」
「うん、そうだよ。そのまま手で掴んで齧り付く感じ」
「あら? こんな大きいものを?」
娼婦のナタリアがそういう風に言うと、卑猥に聞こえてしまうからやめてほしい。
「ナイフとフォークで食べてもいいけど、どうする?」
「ううん、このままいく!」
アイラはそう言うと、小さな口を精一杯大きく開けて食べた。
「んん! 美味しい!」
驚いたように目を見開いて叫ぶアイラ。
そして、同時に後ろでもヘルミナ達の驚愕の声が上がる。
「ヤバい、これ! いくらでも食べられる!」
「うんめえ! さすがはハンバーグを使ってるだけあるな!」
ハンバーグが大好きなラルフは特に嬉しいようで、凄い勢いで食べている。
「具材の相性が完璧だ! こうしてたくさんの具材が挟まっているのに全く味が喧嘩していない!」
「へへ、当然だ。俺達が力を合わせて調整したんだからな!」
ミハエルの賞賛の声にダスティが得意げに語る。
「とても美味しくて癖になる味だわ」
「……っ!」
ナタリアの言葉に続いて頷くウルガス。
というか、ウルガスは兜を被っているのにどうやって食べたのだろうと思ったけど、気にしないことにした。
「これ、屋台で売り出すのよね? 絶対に売れるわよ!」
「屋台で出すって本当か!? 俺、これが出るなら毎日でも買うぜ?」
「そうね、普通のサンドイッチよりもこっちの方がずっといいわ」
皆の口々から漏れる称賛の言葉に、僕達は手を合わせ鳴らす。
「へへっ、やったな!」
「皆で苦労して作った甲斐があったね」
得意な分野を持つ皆がそれぞれの知識と経験を結集して作ったものだ。美味しくないはずがないよな。