パン屋の息子
「トーリ、お昼のパンを買ってきてくれない?」
朝の忙しい時間帯が終わり、落ち着いた食堂内で後片付けをしていると母さんが頼んできた。
「いつものダスティのところだよね?」
「ええ、食パンとフルーツ満載パンと後は適当にお願いね」
「わかった」
僕は、母さんが銅貨八枚を貰ってのんびりと外に出る。
朝食の後はダラダラと皿を洗ったり、部屋掃除をしたりするのだが、今日はおつかいのお陰で免除だ。家で働くよりも気楽に街を歩いている方がいいからな。
仕事がサボれてラッキーと思いながら、僕は大通りを南下していく。
今日も天気がいいな。空は青く澄み渡っており、雲一つない快晴。そのお陰か大通りに面している家々では皆が気持ちよさそうな顔で洗濯物やらを干している。
白い雲の代わりに広がる白いシャツやシーツ、タオルなどが風ではためき、街の平和な生活感が感じられる。
今は朝食や出勤のピーク時間を過ぎているので通りは少し落ち着いている。道を歩く人も旅人や男性というよりも、買い物に出てきた主婦や子供達が多い。
辺りを眺めればエルフの親子や猫っぽい耳をした獣人の家族、休日なのかドワーフのおじさんが一人で雑貨屋を眺めていたりする。
人間だけでなく様々な種族が入り乱れている不思議なファンタジー世界であるけど、特に目立った問題もなく共存できているのは凄いなと思うな。
どこかまったりとした時間帯の道をゆっくりと歩くことしばらく。大通りの先にある南の広場にたどり着き、そこに面する形で一件のパン屋があった。
そこが僕のおつかいの目的地であり、友人であるダスティが働いているパン屋である。
クリーム色の壁色をしており、扉や屋根の部分は木造。看板にはちょっと洒落た文字で、『ルバーリエ』と書かれている。
全体的に温かでありながら清潔感が溢れる店だ。
ガラス窓から中を覗くと、いくつものパンが棚に並べられており、ちょうどダスティらしき少年ができたてのパンを並べているところだった。
白いコック服のような服に、黒いエプロン。あのくすんだ金髪は間違いなくダスティだ。
うん、ダスティがいるならちょうどいいな。この間、浴場でハルトとカルロと話したハンバーガー計画をダスティにも話して誘ってみるか。
そう決めた僕は、お店の扉を開いて中へと入る。
「いらっしゃいま――何だトーリかよ」
カランコロンというベルの音が鳴ると同時に、ダスティが振り返って笑顔を振りまくが、客が僕と気付くなりおざなりな態度になった。
にっこりとした笑顔が急に、悪い目つきになるものだからびっくりするな。
「ちょっと、ちゃんと買い物にきた客なんだけど、その態度はなくない?」
「お前にやる愛想笑いなんてねえ」
まあ、僕もダスティやハルト、カルロがきても同じような適当な態度だしね。
黙々とパンを並べ始めるダスティの横を通って、僕はトレーとトングを取って店内を回る。
テーブルの上に置いてある籠の中には、たくさんのパンが並べられている。皆とても綺麗に焼き上がっており、店内の温かみある光を反射してキラキラと輝いていた
そして何より、小麦やバターで満ちたこの匂い。焼きあがったばかりのパンの匂いは、とても柔らかでいながら人の胃袋を刺激するものだ。
僕がワクワクしながら並べられているパンを並べていると、不意にダスティが口を開く。
「今日も昼飯のパンか?」
「うん、何かおすすめはある?」
「いつものフルーツ系なら今日はブルーベリーとクランベリーを乗っけた奴だな」
僕の家族がいつもどのような物を好んで買っているか、ダスティは当然知っているので好みを考えた上で答えてくれる。
僕はダスティが指さして教えてくれた、丸いフルーツパンをトングで丁寧にトレーに載せる。
「じゃあ、母さんとレティにこれを二つで……総菜パンは何がいい?」
母さんとレティは甘いものを好むけど、僕と父さんはどちらかというと食べ応えのある総菜パンなんかが好きだ。
「今日はエンパナーダだな。カルロが余った肉をくれたから、それを詰め込んでやった。外はカリッとして中は甘辛いタレの絡んだ肉が入っていていけるぞ?」
ダスティが振り返り、腕に抱えたトレーを見せてもらうと、そこには餃子を大きくしたような半月状のパンがあった。
香ばしい小麦の香りと、中に入っているだろう肉の匂いが微かに漂ってくる。
「おお、それは美味しそうだね」
「へへっ、俺が作ったやつだからな」
「じゃあ、それを二つもらうことにするよ」
「ほらよ」
僕がそう言うと、ダスティが抱えていたトレーから僕のトレーへと移してくれる。
後は皆が食べるために食パンを一斤ほどトレーに載せて、会計をしてもらう。
「あー、全部で銅貨五枚と賤貨七枚だ」
「そこであーって言うのやめてくれる? ちょっと本当に合ってるか心配になるから」
「しょうがねえだろ癖なんだから。ちゃんと合ってるから文句言うなって」
ダスティの言う通り、一応計算は合っているけど何か心配になるんだよ。
僕が呆れている間に、ダスティはパンを慣れた手つきで荒い紙袋に包んでいく。
「あっ、フルーツ系は特に崩れないように念入りにね」
フルーツが盛り付けられているパンは、どうしても形が崩れやすくなる。持って帰っている間に、少しでも崩してしまえば怒られるのは僕だからな。ダスティに丁寧に包んでもらわないと。
「わかってるよ。ほら、ちゃんと崩れないように包んだぜ」
「ありがとう。あの二人が一番うるさいからね」
パンが入った紙袋を受け取り、そのまま帰りそうになる僕だが、ちゃんとハンバーガーの件は覚えている。
「あっ、ダスティ。今日の夕方前とか空いてるよね?」
「ああ、空いてるけどそれがどうした?」
「カルロとハルトと新しい料理を作るんだけど、ダスティも一緒にやらない? その料理にはパンを使うからダスティの力も貸してほしいんだ」
「へえ、どんな料理だ?」
パンを使うと聞いて胡乱げな表情をしていたダスティが、興味深そうにする。
「ハンバーガーって言って、パンの間に肉や野菜なんかを挟んだものなんだ」
「ハンバーガー? というか、それってただのサンドイッチじゃねえのか?」
うっ、そこを言われると僕も少し苦しい。ぶっちゃけサンドイッチとハンバーガーという名称の明確な違いがよくわからないからだ。
「まあ、似ているけど少し違うよ。ハンバーガーは食パンなんかを使わずに、甘味や塩味が少ない丸パンを使って、具材との調和を前面に引き出すものだから」
「ふーん、そうなのか? まあ、トーリ達が作ろうとしているパン料理に興味あるし行ってやるよ」
まあ、僕やカルロ、ハルトが既に絡んでいる以上、ダスティだけがこないということはないけどね。こな
かったら一人だけ仲間外れみたいでつまらないだろうし。
「わかった。カルロとハルトにも声かけておくから、仕事が落ち着いたら僕の宿にきてね」
「おう、わかった」
こうやって僕はダスティの店を後にし、カルロとハルトにも誘いをかけてから宿に戻った。
お盆前で忙しくなりました。少しだけお待ちください