子供達のハンバーガー計画
さてさて、いつもならのんびりするところだが、今日はカルロとハルトが待ってくれているので早めに戻らないと。
僕が急いで身体を洗うのを全部済ませて戻ると、カルロとハルトはお湯に足を入れた状態で座っていた。もはや全身でお湯に浸かっているのは辛い。座り方からそんな様子がありありと伝わってくる。
「お待たせ」
「遅い。もう少しでのぼせるところだったよ」
「このまま上がってしまって帰ろうかと思ったくらいだ」
「これでも急いで洗ったんだけどなぁ」
カルロとハルトのことを思って、大急ぎで済ましてきたのだが、彼らからすると遅かったようだ。
まあ、そんなことは置いておいて、とりあえずお風呂だ。
僕は座り込むハルトの隣を通って、ゆっくりお湯に入る。
「ああー……気持ちいい」
身体から今日の疲れが染み出していくようだ。
やはり濡れタオルなどで済ませるのではなく、お湯に浸かるに限るな。
「そういやさ、トーリの宿は最近どう?」
僕がお湯の心地良さを堪能していると、カルロが尋ねてくる。
子供ではあるが、既にお店の一員として働いているので、互いの店のことを聞くのは僕達の中で主流だ。
「部屋も基本埋まってることも多いし、いい感じだよ」
「それって、ハンバーグってやつのお陰?」
「うーん、それは部屋というより食堂を埋めるのに貢献しているかな」
「ハンバーグとは何だ?」
カルロはハンバーグについて知っているようだが、ハルトは知らないよう。
「簡単に言うと、肉を潰して捏ねて焼いたものだよ」
「ほう、そのようなものが」
「というか、カルロはハンバーグのことよく知ってるね?」
ハンバーグは最近作ったものだし、そこまで大っぴらに振舞っているものでもない。僕がたまにサンドイッチで売りに出して、気に入ってくれた人などが注文するくらい。
「トーリの宿屋でハンバーグを食べて自分でも作りたくなったのか、最近ハンバーグを作るのに合う肉を教えてって言う人が増えたんだ。こっちは食べたこともないのに」
「あー、なるほど」
食べたこともないのに、それに合う肉を選んでくれって言われて困っているのか。それはちょっと大変だな。
にしても、うちで出しているハンバーグが少しずつ広まっているようだな。家でも作って食べたいと思うとは。
「だからさ、今度食べに行っていい?」
「ふむ、俺も興味があるな」
カルロだけでなく、ハルトも気に入ったのか前のめりになりながら聞いてくる。
「……うん、それならちょうどいいや。今度ハンバーグと野菜をパンで挟む、ハンバーガーってのを作ろうと思うんだ。だから、ダスティも含めて、二人にはそれに合う――」
「おお! 野菜を使うのか! それなら任せておけ! ハンバーグとやらがどんなものか知らないが、それに合う野菜を選定してみせよう!」
僕が言い切る前に、興奮したハルトが立ち上がって叫ぶ。
勢いよく立ち上がったせいか、太股の上に乗っていたタオルがはらりと落ちてしまい、僕の目の前に肌色のニンジンが露出する。
煽りのアングルで酷いものを見せられてしまった。
「よくわからないけど面白そうだね。じゃあ、作る時になったら呼んでよ」
「わかった。今度ダスティにも声かけておくから」
パン屋の息子のダスティがハンバーグに合うパンを、肉屋の息子のカルロがハンバーグにより合う肉を。そして八百屋の息子のハルトがパンや肉に合う野菜を選んでくれれば美味しいハンバーグができる気がする。
僕だけ宿屋っていうおかしい立ち位置だけど、そこはアイディアの発案者だから気にしないことにしょ
う。
それから僕達はハンバーガーについて話したり、最近の日常などを話すと、先に入っていたカルロとハルトが上がっていく。
長風呂が好きな僕は、一緒に上がらずにそのまま一人残る。
二人がいなくなって少し寂しいけど、広々とした湯船を静かに占拠するのも悪くない。
そのまま僕が一人で浸かっていうと、知らないおじさんが入ってきたり、お兄さんが入ってくる。気さくな人だと知らない人相手でも話しかけてくるけど、この二人はそういうタイプではないよう。
僕達はただただお湯を堪能するためにボーっとし続ける。
ああ、お湯に包まれているのが気持ちいい。このまま何時間でも入れ続けそうだ。
僕がボーっとしながら天井を見上げていると、その視界にぬっと父さんの顔が入り込んでくる。
「トーリ、そろそろ帰るぞ。今日はシエラやレティも家で待ってる」
「あー、そうだね。それじゃあ、上がるよ」
今日は母さんとレティも浴場に入ることになったために、早めに戻って僕達が宿の仕事をしないといけない。
もう上がらないといけないことを残念に思いながら、僕は湯船から上がった。
それから僕達は速やかに脱衣所で服を着替えて、木札と鍵を受付で返却する。
「お風呂上がりに冷たい飲み物はいかがですかー」
すると、ロビーでは小さな屋台が設置されており、そこには魔道具で冷やされた飲み物が売っていた。テーブルの上では、魔道具によって冷却されたのかコップから冷気が漂っている。
くっ、実にあくどい商売だ。こんな浴場から上がった所で冷たい飲み物があったら買ってしまうに決まっているだろう。
多分、このお兄さんは浴場の関係者に違いない。
「兄ちゃん、エールとフルーツジュースくれ!」
「はいよ!」
父さんは冷えたエール、僕はフルーツジュース。それが僕らのいつも頼む王道だ。
父さんがお金を差し出すと、お兄さんはテーブルに乗せた小さな冷蔵庫のような箱から瓶を取り出して、エールとフルーツジュースをくれる。
氷魔法を使っているのか、その瓶はキンキンに冷えている。
僕が冷たさを手で堪能していると、父さんはすぐに瓶を傾けて飲む。
ごくごくと喉を鳴らして、一気に七割を呑んでしまう。
「ぷはぁっ! やっぱり風呂上がりの冷たいエールは堪らねえな!」
くーっと、口の周りに泡をつけながら叫ぶ父さん。
父さんは風呂そのものよりも、この瞬間を一番楽しみにしている。それにしてもいい呑みっぷりだ。見ているこっちもがエールを呑みたくなったくらいだ。
とはいえ、フルーツジュースもまた王道。
僕は瓶を傾けて冷たいフルーツジュースを喉に流し込む。口の中に広がる濃厚な果汁の味。何種類ものフルーツが混ざり合い、絶妙な味と後味の良さを奏でている。
「あー、美味しい!」
「お風呂で温まった後の冷たい飲み物は最高だな!」
お風呂に入っていて喉が渇いていたせいだろうか、父さんと僕はあっという間に飲み干して瓶をお兄さんに返す。
「さて、宿に戻るか!」
「うん!」
お風呂に入って身も心もリフレッシュした僕らは、満足げな表情で浴場を後にする。
浴場の外に出ると、お湯に浸かって毛穴が開いたお陰か緩やかに吹く風が涼しく感じられた。
「いつかお金が貯まったら、うちにもお風呂を作りたいね」
「そうだな。後は家でも冷たいエールが呑めるといい!」
くいっと瓶を傾ける仕草をする父さん。
うちですぐにそれらができるとは思えないけど、それらのためならもうちょっと仕事を頑張ってもいいかもしれない……と少しだけ僕は思った。