休憩時間に紅茶を
昼食が終わって、客足の落ち着いた時間帯。
「トーリとレティは先に休憩していいわよー」
「「はーい」」
まばらにやってくる旅人の受付を母さんがやってくれることになったので、僕とレティは遠慮なく休憩に入る。
一階から四階へと階段を上がると、僕達家族の生活空間。
僕がお湯の出る魔道具とコップと置いてあった紅茶ポッドを準備して、レティが棚の奥深くにある茶葉を慎重に取り出す。
「凄いね。母さん、そんな奥に隠してるんだ。というか何でレティが知ってるの?」
「ちょっと前に母さんが飲んでるのを見つけてね。その時に口止め代わりに飲ましてくれたのよ。それから母さんは隠す場所を移したんだけど、母さんの性格からしてここかなーって」
ふむ、見事に茶葉を隠してしまう母さんもそうだが、あっさりと隠し場所を看破してしまうレティが恐ろしいな。母さん、レティに見つかってから隠し場所を変えたというのに……。
レティが茶葉を取って椅子に座り、僕が用意したカップをテーブルに乗せる。
それから魔道具の蓋部分に付いているボタンを押すと、石が淡い水色の光を灯し、傾けるとカップへとお湯が注がれた。
「何度見ても便利よね。ボタン一つ押すだけですぐにお湯が出るなんて」
「そうだね。これのお陰でいつでもお湯が飲めるからね」
今の季節は春だが、寒くなっていくにつれて重宝されるようになるだろう。寒い中、わざわざ火を起こしてお湯を作らなくても、すぐに飲めるというのは素晴らしい。
便利な家電製品が溢れた前世ならともかく、科学もあまり発展していないこの世界ではかなり稀少だ。きっと余裕のある家や商人の家、貴族の家くらいしか買うことができないだろう。
そんな物をくれたナタリアには感謝しないとね。
「というかお兄ちゃん、茶葉も入れていないのにどうしてお湯を入れているの?」
「ああ、これは紅茶をより美味しく飲むためだよ」
「どういうこと?」
僕がそう言うと、レティは不思議そうに首を傾げる。
「今朝ミハエルに紅茶を美味しく飲むためのコツを聞いたんだ。そしたら最初にコップをお湯で温めておく方がいいって」
「何でわざわざコップを温めるの?」
「コップが冷たいままだと紅茶の温度が急激に下がるんだ。そうなると香りや風味が損なわれちゃうんだって」
「へー、そうなんだ」
何となくわかるけど詳しいことまではわからない。レティはそんな返事をしながらコップを見つめていた。
まあ、ミハエルのように紅茶を飲みなれた人でもないと理解できないよな。
僕も前世で紅茶を飲んだことは勿論あるが、喫茶店やドリンクバーか、インスタントなものを飲んでいたくらい。
こんな風に茶葉からこして飲んだことなどなかった。
うろ覚えでコップを温めるといいらしいとは知っていたけど、その理由などはミハエルに教わるまで全く知らなかった。
ティーポットにも同じようにお湯を入れて温めてからしばらく。
「レティ、ティーポットに茶葉を入れて」
「はーい」
僕がそう頼むと、レティが茶葉をカップに入れた。
「一応聞くけど、量とか教えてもらっているの?」
「母さんが好みだって言ってたから。前の感じで真似してる」
好みって……まあ、最終的には自分の好みが一番だしいいか。見たところそこまで量も多くなさそうだし。
レティが茶葉を入れ終わると、僕が魔道具でお湯をティーポットに注ぐ。
「お湯を注ぐ時に勢いよく注ぐのがいいんだって。こうすると、茶葉が跳ねて風味や味が出るらしいよ」
「あっ、凄い。茶葉が跳ねてる」
レティが興味深そうに眺めているのを微笑ましく思いながら、すぐにティーポットの蓋をする。
後は細かい茶葉なら二分半から三分、大きな茶葉なら三分から四分。この茶葉は細かいようなので置いてある三分の砂時計をひっくり返す。
後は砂が落ちきるまで待つだけ。僕とレティはじーっとティーポットを眺める。
「また茶葉が動いた!」
「何だか生き物みたいで可愛いね」
ティーポットの中はお湯を注いだ後でも、たまに茶葉がふよふよと上下する。
それが可愛い生き物のようで見ているだけで楽しい。
それから少し時間が経過すると、浮いていた茶葉が一気にティーポットの底へと降りていく。
「うわー、茶葉が落ちてく」
落ちていく茶葉を前にして感嘆の声を漏らすレティ。
琥珀色の水面の中でゆらゆらと落ちていく様は、秋の落葉をスロー再生で見ているよう。どこか幻想的な光景に見とれて、僕とレティは無言で眺め続ける。
「お兄ちゃん、砂落ちてる。というか目がヤバい」
「え? あ、本当だ。砂が落ちてる」
しばらくボーっと観察していたら、いつの間にか三分が経過していた模様。
しかし、それが終わると温めるのに使ったカップのお湯は邪魔になるので捨ててしまう。少し勿体なく感じてしまうのは、今まで苦労してお湯を作っていたからだろうか。
「それじゃあ紅茶を淹れるね」
「うん、お願い!」
僕はティーポッドを持ち上げて、レティのカップへと素早く紅茶を注いでいく。
ある程度の量を淹れたら、今度は僕のカップへ。
「何で一気に淹れちゃわないの?」
「片方に一気に淹れると紅茶の濃さが均等にならないからだよ」
さすがにこれはミハエルに聞かなくてもわかる。片方だけに注ぎ続けるとムラができてしまうからな。
「ふーん、お兄ちゃん、紅茶の店でも開けるんじゃない?」
「さすがに、これくらいじゃ無理だよ。紅茶っていっても、色々な種類もあって、それぞれ淹れ方も違うだろうし」
でも、紅茶の淹れ方をマスターして、小さな喫茶店を開くとか悪くないかもしれない。宿屋の仕事よりのんびりできそうだ。その代わり、たゆまぬ努力と知識が必要で準備が大変そうだけど。
「まあ、肝心なのは味だしね」
レティがそう苦笑しながら言ったところで、最後の一滴を注ぎきる。
ちょうど二杯分の紅茶が空になって入り切った。
「よし、これで終わり。それじゃあ、飲もうか」
「うん!」
紅茶が注ぎ終わったので、お互いのカップに手を伸ばす。
カップから零れないように引き寄せると、スッとするような匂いが鼻孔をくすぐった。喉の奥までスッとするような強烈なものではないが、香りが強めのようだ。
紅茶の香ばしい匂いを楽しみ、ゆっくりとカップを傾ける。
温かな紅茶の味が口の中で広がっていく。それは喉を奥にまで風味が広がり、呑み込むとスッと通っていった。
「あっ、この前に母さんと飲んだものより美味しい……かも?」
「そこはしっかり美味しいって言い切ってほしかったな」
最後に首を傾げなければこちらも素直に喜べたんだけどな。
「だって、紅茶とかそんなに飲んだこともないからわかんないんだもん。お兄ちゃんはわかるの?」
「いや、僕もそんなにだけどね……」
前世を加えるといくつか飲んだことはあるが、どれと比べると美味しいなどと言われると非常に難しい。レティの言い分ももっともだ。
今度ミハエルに飲んでもらって感想を聞いてみようかな。
ミハエルなら色々な紅茶を飲んでいるだろうし、的確な感想を教えてくれそうだ。
「にしても香り高いけど、飲みやすいよね」
「香りが気に入ったから買ったって母さんが言ってた」
まあ、最初に選ぶ理由なんてそんな感じだろう。
ナタリアのお陰で気軽に紅茶が楽しめるようになったし、今後はもう少し紅茶に目を向けてもいいかもしれないな。
「これだけいい紅茶があるとクッキーとか、何か甘い物が食べたくなるね」
「あー、クッキーは前回、私と母さんで食べちゃったしな……でも、もしかしたらあるかもしれないから探してみる!」
僕が何げなく呟くと、レティがそのような事を言って動き出した。
レティは茶葉と同じ棚を漁ったり、違う棚を引き出したり。それから少し考え込んだ後に一番下の棚の奥を調べて、小さな木箱を取り出した。
レティが無言で蓋を開けて、ニシシと笑う。
「やっぱりあった! 母さんのことだからしっかり補充してると思ったのよ」
さっき考え込んだのは母さんの思考をトレースしていたのか。レティ、恐ろしい子だ。
「これも貰いましょう!」
「それは大賛成だけどバレた時大丈夫なの?」
「え? 存在しないものが無くなったところで何か問題でも起こるの?」
「……それもそうだね。何も問題なんて起こらないね」
誰も知らない物が無くなったところで騒ぐはずもない。何故ならうちにはクッキーや茶葉なんて物は最初からなかったのだから。
「紅茶の香り!? ちょっとちょっと! レティ! トーリ! 私の紅茶飲んでるでしょー!」
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