模様替え完了
そんな感じで僕とナタリアは模様替えの家具を買う前に、あちこちの屋台や店を練り歩いた。一緒にスープ料理を食べたり、フルーツジュースを飲んだり、店にある服を見てみたり。とにかくナタリアの気の向くままに散策し、一通り楽しんでから模様替えに必要な物を買い込んだ。
そして宿屋に戻り、夕方になると買い込んだ模様替えの品々が届いた。
「ちょっと、トーリ! あんたいつの間にこんな物買い込んだの! しかも宿に届けさせるなんて!」
「違うよ。それはナタリアが買ったものだよ」
「そうそう、私が買ったのよ。ちょっと部屋の家具を替えようと思って」
僕が慌てて弁明し、ナタリアがそのように言うと母さんが落ち着く。
「あら、そうなの? 急に届いたからビックリしたじゃないの」
「ごめん、言うの忘れてた」
この世界では郵送技術といったものが、そこまで発達していないから、商品を届けさせることになると結構なお金がかかってしまう。それはもう気軽に頼めるような値段ではなく、結構な贅沢と言えるような額だ。
そりゃ、母さんもビックリするよね。
「もう、次はちゃんと言っておいてね」
「はーい」
とりあえず、僕が買って送り付けたものではないとわかったからか、母さんがホッとして仕事に戻る。
「それじゃあ、荷物を持って上がろうか」
「いいけど、トーリで大丈夫? このテーブルとか結構重いわよ?」
丸いテーブルを指で突きながら心配そうに言うナタリア。
カーテンやカーペットならともかく、この丸いテーブルはちょっときつそうだな。
僕の身体の半分以上はあるし、これを抱えて階段を上るのは結構危なそう。
「うーん、さすがに僕じゃきつそうだし、力のある母さん――」
ちょうど目の前にいるし頼ろうと思ったが、母さんにキッと鋭い眼差しで睨まれた。
「じゃなくて、父さんに……」
そう思ったところでぬっとナタリアの背後から黒い影が現れて、丸いテーブルを持ち上げた。
「あら、ウルガス。手伝ってくれるの?」
「…………」
ナタリアがそう尋ねると、ウルガスがこくりと頷いてくれる。
どうやらウルガスが手伝ってくれるようだ。ウルガスほどの力持ちなら、少し急な階段であっても余裕そうだ。
「ありがとう、ウルガス。それじゃあナタリアの部屋まで持って行ってくれる?」
僕がそう言うと、ウルガスはノッシノッシと階段を上って行く。
それに続いてカーテンやカーペット、ちょっとした小物などを持って僕とナタリアが続く。
僕とナタリアが二階に登りきると、ウルガスがナタリアの部屋の前でテーブルを抱えて待っていた。
「ほら、ナタリア。ウルガスが待ってるし、鍵を開けてあげて」
「大丈夫よ。鍵なら開いてるから、そのまま押し入ってちょうだい」
「いや、そこ自慢げに言うところじゃないから。というか、何で鍵かけてないの」
僕が振り返りながら尋ねると、ナタリアは顔を逸らしながら。
「え、えっと失くしちゃったから?」
「……鍵を失くしたらちゃんと従業員に言ってと最初に注意したよね?」
「あら、そうだったかしら? もう結構前のことだから忘れたわ」
ナタリアはそうとぼけているが、勿論最初のほうに何度も伝えている。鍵の管理は宿の安全に関わることであり、大事な資産。失くされると作り直さないといけないので当然お客の弁償となる。
「まあ、このことは後でいいよ。部屋を模様替えしてたら鍵が出てくるかもしれないし。でも、出てこなかったらお金払ってもらうよ」
「はーい」
お金に余裕があるからか、ナタリアはさして反省した風もなく返事を上げる。
まったく、綺麗な女性の割に警戒心が薄すぎやしないだろうか。
とりあえず、ウルガスが部屋に入り、その後に僕とナタリアも入室。
「あ、とりあえず窓際にかけておいて」
ウルガスが所在なさげにテーブルを抱えていたので、とりあえず窓際の壁にかけてもらう。
「ウルガスありがとう。さて、それじゃあ模様替えをやろうか」
礼を言って、早速模様替えに取り掛かろうとするとウルガスに肩を突かれる。
「ん? どうしたの?」
僕が問い返すとウルガスが力こぶを作ったり、何か物を持ち運ぶような動作をする。
「手伝ってくれるってことじゃない?」
「……っ!」
ナタリアがそう言うと、ウルガスはそうとばかりに頷いた。
「そうなんだ。それじゃあ、ウルガスも手伝って」
こうして俺達三人でナタリアの部屋の模様替えを始めた。
◆
模様替えといっても、ナタリアの部屋は所詮広めの一室でしかないし、衣類こそ多いもののさして整理にも困らない。皆でベッドの位置や、タンスの位置を調整し、ウルガスが既存のテーブルを物置へとしまい込む。
ちなみにナタリアの鍵はベッドの下から出てきた。長い間放置されていたので埃だらけだった。失くしたらわざわざ新しいのを注文しないといけなかったので安心した。
軽く部屋掃除をしたらカーテンを取り換えて、カーペットと布団のシーツも交換。カーテンは淡い緑色になり、カーペットとシーツは落ち着きのある紺色。その上に卓袱台のような丸テーブルを乗せて、部屋の端に観葉植物を置き、ナタリアが気に入って買った小さな人形などの小物をタンスの上などに配置したら完成だ。
「これで完成かな」
僕がそう呟くと、ウルガスが喜ぶように拍手する。
「……これが私の部屋、以前とは大違いね。何だか部屋全体が少し明るくなってきたように感じられるわ」
以前のナタリアの部屋は暗い紫色が中心だったからね。それはナタリアの髪色やイメージととても似合っていたが、少し重々しすぎる。
全体的に少し明るくしつつも、落ち着きある装いにしておいた。
ナタリアは目を輝かせながら室内をぐるりと歩くと、真ん中のカーペットでごろりと寝転がる。
「ああ、このカーペット最高だわ」
無造作に寝転がっているお陰か、ワンピースの裾がめくれて際どいところまで見えている。ここには男である僕と、性別は不詳だがウルガスもいるのでもう少し気を付けてもらいたい。だが、気持ちよさそうに転がるナタリアを見ると、僕も寝転がりたくなってくる。
「ほら、トーリもおいで。金貨五十枚のカーペットは格別の心地よさよ?」
そう、この毛先のいいカーペットは超高級品。羊系の魔物の毛を使用しており、かなり肌触りがいいのだとか。
ナタリアが悪魔のような囁きでカーペットを叩くので、僕も思わず寝転がる。
いざ、金貨五十枚の高級カーペットへ!
「ああ、これは人をダメにするカーペットだ!」
「でしょ? 私の目に狂いはなかったわ」
柔らかく長い毛先が僕の肌を優しく撫でるように通り過ぎていく。全身を柔らかな毛が包み込んでいるようで、一度寝転んでしまえば、もう離れたくないと思えるほど。
こ、こんなカーペットには寝転んだことがない。これが金貨五十枚のカーペットの威力か……。
僕とナタリアが気持ちよさそうにしていると、ふとウルガスがうずうずした様子で立っているのが見えた。きっとウルガスもこのカーペットで寝転がりたいのだろう。
「そうねえ、ウルガスは鎧を外したら寝転がってもいいわよ?」
「……っ!」
ナタリアがニヤリと笑みを浮かべながら言うと、ウルガスがドキッとしたように反応し、それからぐぬぬと考え込むような仕草をとる。
そんなウルガスを見たナタリアがクスクスと笑う。
「うふふ、冗談よ。ウルガスもこっちで寝転がってもいいわよ。ただその前に布で鎧の埃は落としておいてね」
どうやらウルガスをからかっていただけのようだ。
ウルガスはナタリアの言葉を聞くと嬉しそうに頷き、ポーチから布を取り出して玄関口で磨き始めた。
「思えばウルガスの鎧っていつも綺麗だよね。部屋に手入れ道具とか入っているし、手入れは毎日欠かさないのかな?」
僕がそのように尋ねると、ウルガスは布で鎧を拭う片手間で親指をグッと立てた。
勿論! ということらしい。
「あら、ウルガスの部屋にも入ったことあるの?」
「そりゃ、従業員だから掃除に入ったりするよ」
「あっ、そうね。じゃあ、トーリが掃除する時は、いつもより多めに下着を散らかしておいてあげるわ」
「言っとくけど基本的にナタリアの部屋はレティ担当だからね?」
絶対という訳でもないが、部屋の掃除は泊まる客の性別に合わせて担当している。まあ、部屋にいない状態なので、そこまで神経質にならなくてもいいが、その方がやりやすいだろうから。
「……なるほど、じゃあ無垢なレティちゃんに大人の道具を見せて――」
「頼むからうちの妹に変なこと教えないでくれる?」
「あら、変なことって何かしら? お姉さんに具体的に教えてちょうだい?」
ぐぬぬ、ああ言えばこう言う。この手のやり取りでナタリアに勝てる気がしない。
僕が歯噛みしていると、ウルガスは鎧を拭き終わったのか近くのカーペットで寝転がる。
鎧越しの感触でカーペットの気持ち良さがわかるのだろうか?
「ウルガス、気持ちいい?」
「……っ!」
僕が尋ねると、ウルガスが仰向けでこくこくと頷く。
まあ、クッション性が伝わっているかもしれないし、金貨五十枚のカーペットに転がっていると思うと、精神的にも優雅な気分になれるよね。
「トーリ、今の言葉凄くエロ――」
「……ナタリア。自重」
「はいはい、ごめんね。トーリをからかうのが面白くて」
さすがに注意すると、ナタリアはケロリとした様子で謝る。
まあ、ちゃんとわかってくれたのならいい。
「はぁ、ここいいわね。立たなくても低いテーブルが目の前にあるから、このカーペットの範囲内で生活ができそう」
「ナタリアはあんまりテーブルも使ってないみたいだったしね。わざわざ椅子に座るよりも、こっちの方
がいいと思って」
「助かるわ。私はあんまり化粧をしないタイプだし、する時は店に行けばプロがしてくれるからね」
ナタリアは化粧なんてしなくても綺麗ということもあるし、化粧をしたとしても軽めが似合う感じだ。店に行けばプロにしてくれるせいか、備え付けのテーブルはほとんど使った形跡がなかったしな。
だったらどかしてしまって、低い丸テーブルの方が邪魔な時は端に寄せることができるし、部屋を広々と使えると思ったのだ。
「もう、カーペットの上で寝たいわ」
「気持ちはわかるけど、ちゃんとベッドで寝ようよ」
◆
模様替えした部屋でナタリアとウルガスとごろごろしていると、階段の方から足音が聞こえて扉が開いた。
「お兄ちゃん! そろそろ仕事手伝って! あれ? ナタリアさんの部屋ってこんなんだっけ?」
「レティ、気持ちはわかるけどお客さんの部屋に入る時は、ちゃんとノックしないと」
仕事を手伝って欲しくて急いでいるのはわかるけど、従業員としてのマナーは忘れてはいけない。
「あ! ご、ごめんなさい」
「いいわよ。私はそんなの気にしないから」
レティがぺこりと頭を下げるとナタリアは手を振って気にしてないと笑う。
「これ、お兄ちゃんが考えたの?」
「考えたというより、二人で相談して暮らしやすいようにしただけだけどね」
「へえー、凄いじゃない」
「うふふ、レティちゃん。このカーペットは金貨五十枚もする高級ものよ?」
「ええっ!? 金貨五十枚!? す、凄い!」
何だか僕主導の模様替え技術よりも、心から称賛されている気がする。
まあ、金貨五十枚のカーペットの方が凄いと思うのもわかるから仕方がないよね。
「寝転んでみる? 快適よ?」
「お、お邪魔します!」
ナタリアに促されてレティが恐る恐る僕の隣に寝転がる。
「はぁー……凄い」
レティがため息のような言葉を漏らす。表情は気持ちよさそうに弛緩しており、全身でカーペットを堪能するために目は閉じられていた。
「ちょっとレティ! トーリ! まだなの!?」
レティも堕ちたと確信したところで、階下から母さんの通る声が響いてくる。
「はっ! そうだった! お兄ちゃん、もう夕食始まって、私達だけで回すのきついから手伝って!」
「えー」
「えーって、お兄ちゃん今日は外で遊んだり、十分休憩していたじゃない!」
僕が駄々を捏ねて寝転がるも、レティが無理矢理手を取って起こしてくる。
僕の方が身体も大きて重いはずなのに、軽々と起こされてしまった。
「遊んだりとは心外な。ちゃんと従業員としてお客の要望に応えていただけだよ」
「いいから仕事!」
僕の言い訳も通じずに、レティに手を引っ張られて連れ出されてしまう。
「あっ、ちょっと待ってトーリ」
「はいはい?」
お客であるナタリアが声をかけてくると、さすがにレティも無視できずに素直に止まってくれる。ここでさらなる要望がくれば、僕は何とか仕事をサボれるかもしれない。
「はい、この魔道具あげるわ。今日のお礼よ」
「いや、これは高過ぎるし、受け取れないよ」
「私にとって今日は、それ以上の価値があったからいいの。本当にありがとうね。それじゃあ、お仕事頑張って。後で私とウルガスも食べに降りるから」
ナタリアはお湯の出る魔道具を僕に押し付けるなり、扉を閉めてしまった。
返品は拒否するというナタリアの心の表れだろう。
「何かお湯の出る魔道具貰っちゃった」
「よかったね。母さんが隠している茶葉があるから、仕事終わりに一緒に紅茶飲もう」
「そうだね」
さあ、仕事終わりの紅茶のために、今日も頑張るとしますか。
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