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ナタリアと街へ

 

「よかったらいる? 私、使わないのよねー」


 ポットのような魔道具を持ち上げながら尋ねてくるナタリア。それはまるで近所の子供にお菓子をあげるかのような軽さだ。


「いやいや、さすがにこんな高級な物は貰えないよ」


 めっちゃ欲しい。これがあれば僕も毎日優雅にお湯や紅茶が飲めるかもしれない。


 けれど、さすがに高級過ぎてもらえない。日本円で計算すると軽く十万以上の代物だし。


 そんな感じに心臓に悪い掘り出し物をしながらも、室内は何とか片付いた。


 床に散乱していた衣服類は全て収納されており、アクセサリーや靴の類もしかるべき場所に置かれて整理された。


 後はここにある家具をどう配置したり、買い足したりするかだ。


 どういう風にすればいいだろうと考えながら、僕は室内に視線を巡らせる。


 室内にあるカーテンは真っ黒。ベッドに浸かっているシーツは薄紫、床にあるカーペットは紫。ぶら下がっているドレスも紫や赤、黒ばかりで基本的に部屋が薄暗く見えるな。


「紫とか黒が多いけど、カーテンとかカーペットとかシーツもその色じゃないとダメなの? たまには明るい色にしてみると印象ががらりと変わるよ?」


 模様替えをする時は大きい物から変えてみるのが一番だ。


 部屋の中で大きい物を変えてみると、それだけで見た目がガラリと変わる。だから提案してみたのだが、ナタリアの反応は芳しくない。


「うーん、カーテンが黒だと日光を遮断できるし、カーペットとかが暗い色だと何かを溢しても目立たないからいいのよねぇ」


「よし、全部取り換えようか!」


「ええっ! ちょっと待って! いきなり全部色を明るくしたら落ち着かないわよ! もうちょっと間を取った色にしましょう!」


 僕がそう言うと、珍しくナタリアが焦ったような表情を浮かべている。


 それがちょっと面白いし、日中引きこもれる環境が羨ましくて潰したくなるが、ナタリアの言い分も一理ある。


「部屋の内装だけどどんな風にしたい?」


「うーん、どうなん風にって言われてもねー」


 模様替えをする時は何かテーマなどを決めておくと雑多にならずに纏まりやすくなる。


 勿論、壁や天井を改造しなければいけない大掛かりなものは無理だけど。


「白系統、黒系統で揃えたい。カフェみたいにしたいとか……」


「……落ち着く感じかしら?」


「なら木製の家具で揃えてみようか。自然な感じで落ち着くし、お洒落だよ」


「じゃあ、それでお願い!」


 僕が提案すると、ナタリアは大して考えることもなくそう言った。


 明るくし過ぎない限りは内装に関しては口を挟まない方針らしい。ただ面倒だから思考停止しているようにも思えるけど。


 ナタリアから視線を外した僕は、部屋にある家具を眺めて脳裏にいくつもの家具の配置パターンを考える。


 そうしていくつかのパターンを脳裏に描き、ナタリアにピッタリそうなものを選出した。


「いくつか買い足したい物があるけどいい?」


「いいわよ。最近はお買い物もしてなかったし街に行くのも悪くないわ」


 そんな訳で僕達は模様替えをするために街へと繰り出すことにした。




 ◆




「んー、こうやって昼間の街を歩くのは久しぶりね!」


 ルベラの街の道を歩く中、ナタリアが陽光に目を細めながら柔らかな身体を大きく逸らして伸びをする。それだけで淡い水色のワンピースを押し上げるたわわな二つの果実は大きく震えて、道を歩く幾人もの紳士の目を集めていた。


 僕も一瞬だけ視線が向かったが、意思の力でそれを振りほどく。


「いつもは日が暮れてから歩いているもんね」


「そう。だからこうやって雑踏の中を歩くのも随分久し振りなの」


 大きく息を吐きながら、心地よさそうに言うナタリア。


 生活スタイルが違う彼女は、多くの人と異なる時間を生きている。


 だからこそ、こういう日常的な風景が恋しくなるのだろう。


「最初は布屋に行こうか。カーテンやカーペットくらいなら最初に買っても荷物にならないし」


「何言ってるのよ。お金ならあるんだから全部宿屋に送ってもらえばいいわよ」


 おー、これが持っている者の買い物か。節約節約と口を酸っぱくして言っているヘルミナ達が聞けば泣きそうだな。


 となると順番を気にせずに買い物を済ませることができるという訳か。


「それよりもまずは屋台でご飯を食べましょう! 私ちょっと小腹が空いてきたのよねー」


 僕が何てことを考えていると、ナタリアが腕をぐいぐいと引っ張って屋台の方へと連れていく。


「ええ!? 家具は?」


「そんな物は後でいいのよ」


 ナタリア本人が急いでいないみたいだし、別にちょっとくらい時間をかけてもいいか。


 どうせ早く家に帰って模様替えをしても、無駄に仕事を押し付けられるだけだし。父さんには悪いが、しばらくの間は一人で宿を回してもらうことにしよう。


 ナタリアは僕の手を引きながら、気ままに歩くと豚串の屋台に目をつけた。


 大き目の豚のお肉にソースを絡められた串焼きだ。屋台からはタレと肉汁の香ばしい匂いが漂っており、僕達の胃袋を刺激する。


 ナタリアはこの匂いですぐに気に入ったのだろう。


「すいませーん、豚串二本貰えるかしら?」


「おお、姉さんえらい別嬪さんだな。綺麗だから値段は少しだけおまけして銅貨一枚と賤貨五枚だ」


 おお、ナタリアのお陰で賤貨五枚お得になった。


 母さんやレティもたまに割引してもらうし、やっぱり美人さんはお得だね。


「あら、本当? でも、銀貨しか持ってきてないんだけど……」


「ああもう! だったら銅貨一枚でいいさ! その代わりまた来てくれよな!」


 なんと最終的に半額になってしまった。僕の顔面偏差値で同じようなことを言えば、多分帰れと言われたり、舌打ちされるかもしれないな。


 ナタリアが銀貨を差し出して、店主が九枚の銅貨をお釣りとして返す。


 そして、最後に豚串を受け取ったところで笑顔を浮かべる。


「ありがとう。またくるわ」


「……お、おう。毎度あり」


 それは傍から見ている僕でも綺麗と思える笑顔であり、それを正面から受けた屋台のおっちゃんは見事に放心してしまった。


 それでもきちんとお礼の言葉を言えたのは、プロとして染みついた習慣のお陰だろうな。


「はい、トーリの分」


「ありがとう。銭貨五枚払うよ」


「何言ってるのよ。今日は私に付き合ってもらっているんだから全部奢るわ。勿論、内装の報酬とは関係ないから安心して」


 僕がお金を払おうとするが、ナタリアはそれを受取ろうとせずに押し付けるようにして豚の肉串を渡す。


 ここで言い合っても仕方がないし、ナタリアの好意なのだ。ここは素直に甘えておこう。


「わかった。ありがとう」


 僕が礼を言うと、ナタリアは満足げに頷いてから豚串に齧り付いた。


「んっ、熱いけどおいひいわ」


 まだ少し熱かったらしくナタリアが口元で転がすようにしながら食べる。


 どうやら少し冷ました方がいいようだ。ナタリアの食べる姿を見てそれを理解した僕は、息で少し冷ましてから齧り付く。


 噛みしめると豚肉から大量の肉汁が迸り、甘辛いソースがそれと絡み合う。コリュッとした弾力ある食感が心地よく、噛めば噛むほど豚肉の味が吐き出される。


「単純だけど王道的な美味しさだよね」


「宿の料理も美味しいけど、たまにこういう粗削りな味を食べたくなるのよ」


「それは僕もわかる。帰り道とか、ついフラッと寄って食べちゃう」


 無性にこういう味が食べたくなる時はよくある。


 僕とナタリアはしばらく無言で肉串を食べ進める。


「あっ」


 すると、ナタリアが食べている途中でソースを胸元に溢してしまった。


 それはナタリアの肌だけでなく、淡い水色のドレスにまでかかってシミを作っていた。


「ああ、しっかりしなよ。綺麗なワンピースなのに勿体ない」


「別にいいわよ。またお店が買ってくれるし」


 ということはこのシミがついたから捨ててしまうということだろうか? それではあまりにもワンピースが可哀想だ。というか、これ絶対に高いやつだし。


「お店が買ってくれるからといって服を蔑ろにしたらダメだよ。ちょっと染み抜きしたら綺麗になってまた使えるから」


「トーリってば、何だかお母さんみたい」


「はい、ハンカチ。どっちにしろ胸元が汚れたままじゃ嫌でしょ」


「拭いてくれてもいいのよ?」


 僕がハンカチを差し出すと、ナタリアはわざと前屈みで胸を強調しながら言ってきた。


 その凶悪な光景に手を伸ばしたくなるが、さすがにそれはヤバい。


「……自分で拭いて」


「うふふ、はぁい」


 そんな僕の葛藤が見透かされたのか、ナタリアがクスクスと笑いながらハンカチを受け取った。ぐぐぐ、見事に遊ばれている感じがあるな。


 夜の世界で君臨するナタリアからすれば、僕のような子供は格好の玩具なのだろうな。


 ちょっとした悔しさを紛らわすように僕は、残っている豚の肉串を食べ進める。


 僕が全部肉串を食べ終わると、ナタリアはちょうど胸元を拭き終わったよう。


「拭き終わったら返して」


「うーん、これは洗って返すわ」


「とは言っても、宿の洗濯サービスを使えば、洗うのは僕かレティか母さんになるんだけど?」


「失礼ね。貸してもらったハンカチなのだから自分で洗うわよ」


 僕がそのように言うと、ナタリアが少し不満そうな表情をする。


 へー、ナタリアが洗濯なんてできるんだという言葉が出そうになったが、それを言ったら怒られそうな気配がしたので黙っておくことにした。


「へー、洗濯なんてできるんだ? って顔をしてるわよ」


「き、気のせいですよ」


 ジットリとした視線を向けてくるナタリアに、僕は思わず顔を逸らす。


 どうして女性というのはこういう時鋭いのだろうか。不思議でならない。


 僕が冷や汗を流していると、ナタリアはホッと息を吐く。


「にしても、トーリといると自分も普通の女の子として生きているみたい。何だか不思議な感覚だわ」


「僕からしたら普通のだらしない姉さんみたいなものだからね」


「……あら、だらしなくなんて――」


「朝に弱い。片付けができない、ハンカチも持ってきていない、綺麗なワンピースも汚しちゃう。他にも色々と……」


「ああ、聞きたくないわ。ほら、あっちに美味しそうなスープがあるから、あっちに行きましょう」


 僕がつらつらと言い並べていくと、ナタリアはそれから逃げるように移動した。




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『魔物喰らいの冒険者』

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