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プリッチトマトのグラタン

後半別視点です。

 

 カールスさん一家から野菜を買い、朝の仕事を終わらせた父さんと僕は厨房にてプリッチトマトを見つめていた。


「……父さん、意気揚々と宣言したけど何を作るか決めてるの?」


「いや、決めてない。これから考えるところだ」


 僕が尋ねると、きっぱりとそう言う父さん。


 てっきり父さんの頭の中には具体的な料理が浮かんでいると思ったのだが、そうではないようだ。


 完全にその時のノリで言った台詞なんだな。


「何を作るか決めないと、カールスさんが市場から戻ってきちゃうよ?」


「……わかってる」


 父さんはそう頷くと、腕を組んで唸り声を上げ出す。


「んー、焼いたら甘みが増す……串に刺して焼くっていうのは家でもやってるってユウナが言ってたしな」


 というかあれだけ立派な台詞を吐いておいて、ただ串に刺して焼くだけというのはどうなのか……。


 というかこうして考え込む時間などほとんどないのだが。後一時間くらいしたら昼食を目当てに街の人々が押し寄せてくる。悠長に考えて作っている場合ではないぞ。


「トーリは何かいい案がないか?」


「案って言っても僕は食べたことすらないのに……」


「だったら、お前も焼いて食ってみろ」


 父さんがプリッチトマトと串を差し出してくるので、僕はそれを受け取り、プリッチトマトを串に刺す。


 すると、抵抗もほとんどなく串が刺さってしまった。トマトの皮とは思えないほどだ。


 皮の柔らかさに驚きながら、僕は火で直接プリッチトマトを炙る。


 柔らかな皮とは裏腹に、熱には結構な耐性があるのかプリッチトマトは破れることもない。


 程よく身が引き締まり、皮が縮み始めたところで火から離した。


 火にあぶられたプリッチトマトはより濃厚な甘みと酸味の香りを放っている。


 まるでトマトスープでも作ったかのような濃厚な匂いだ。


 立ち上る湯気に息を吹きかけて、少し冷ましてから僕はそれを口に入れる。


 すると濃厚なトマトのエキスが口の中で爆発した。歯を立てる必要なんてなく、上顎で軽く押すだけで内部の凝縮された旨味が弾けたのだ。


「今までに食べたトマトよりも濃厚で風味が強い!」


「だからこそ、店でも使いてえんだけど何分運搬が難しくてなぁ」


 父さんがカールスさんに食い下がってお願いしていた気持ちが今ならよくわかる。でも、採れる畑とルベラの街が遠いから難しんだよな。


「いっそ、中庭で作れないかな?」


「こいつは手間もかかるし、そこまでやるわけにはいかねえんだよ」


 だよねー。仮にできたとしても仕事量が増えては本末転倒だしな。


「どうだ? 何か案は思いつきそうか?」


「……んー、これが一番美味しいんじゃないかなって思えるよ」


「だよなー。焼くだけで既に美味いんだもんなー」


 しかし、それでは格好がつかない。


 この焼いたプリッチトマトを活かしたメニューはないだろうか? 


 まるごと焼いたものをメニューとして出せる……出せる。


 ん? 丸ごとぶち込んで焼く?


「父さん、グラタンの中に入れるのはどうかな?」


「おお! それだ! それならプリッチトマトを焼きつつ、チーズとも合わせられる! でかしたぞトーリ!」


 僕の案は合格と判断されたらしく、腕を組んでいた父さんはすぐさまに動き出す。


 グラタンとして混ぜるように焼いてやればプリッチトマトを旨味もそのまま活かせる、かつ、チーズや他の野菜との相性も楽しめるからな。


 これならエリーナやユウナ達も満足するだろう。


 僕はそう思い、父さんと料理にとりかかった。




 ◆




 私とユウナとお父さんの三人は市場から戻り、約束通りにトーリ君の宿屋に戻ってきた。


 混雑を避けて早めに戻ってきたつもりだったけど、既に食堂の中はたくさんの人々が席についている。


 これだけお客がいるってことは、食事が美味しいという事なのだろう。


 プリッチトマトを使った料理。まだどんなものがくるか知らないけど、ワクワクする。


「おーい、アベル! トーリ! 昼食を食いにきたぞー!」


「はいはーい」


 入り口でお父さんが声を上げると、ウェイターをしていたトーリ君が少し間延びした声を上げて案内してくれる。


 普段と変わらない様子で働いていることが少し面白く、私は小さく笑う。


 トーリ君は私と同じ十二歳だというのに、どこか大人っぽさを感じさせる不思議な少年だ。


 面倒くさがりでボーっとしたことも多いが、責任感はあってやることはきちんとこなす。


 不真面目なのか真面目なのかよくわからない人だ。


 トーリ君に案内された私達は、空いているテーブル席に腰を下ろす。


「お昼になると凄く混んでいるね」


「それだけご飯が美味しいってことよ」 


「そこら中からいい匂いしているもんね。私もうお腹空いたー」


 それは私も同じだ。夜が明ける前に起きて、畑で野菜の収穫をし、選別をして積んだらルベラの街までひたすら歩く。


 朝食は口にしていたが、それはもう随分前のこと。


 すでにエネルギーは消耗して、お腹と背中がくっ付きそうな勢いだ。


「いい感じに仕上がると思うから、ちょっと待ってて」


 トーリ君は水やカトラリーボックスを置くと、そう言って厨房の方へと戻っていく。


 きっと今からプリッチトマトを使った料理を用意してくれるのだろう。


 私とユウナは水をチビチビと飲みながら、微かに厨房で動くアベルさんを眺めます。


 それは父さんも同じで視線にはまだかな? まだかな? と言葉が書いてあるかのようだった。 


「できたぜトーリ!」


「わかった!」


 アベルさんとトーリの声が聞こえると同時に、食堂内に濃厚なチーズの香りが広がる。


 それだけでなく濃厚な甘いトマトの香りも漂ってきた。


「これ、チーズとトマトの匂いだよね?」


「グラタンだ!」


 鼻を鳴らしながら呟くと、同じく察していたユウナが喜ぶように叫んだ。


 私達が爛々と目を輝かせる仲、トーリ君はグラタンをお盆へと乗せて運んでくる。


 しかし、それを一人の金髪の男性が阻んだ。


「トーリ君! それはプリッチトマトを使ったグラタンではないかね!? 傷つきやすいから滅多に流通はしないはず! 今日はもしや出せるのかい!?」


「いや、今日は彼女達が持ってきてくれたので特別に出すんだよ。残念ながらミハエルの分はないよ」


「そ、そんな……っ!」


 トーリ君がそういうと男性はこの世の終わりとばかりに崩れ落ちる。


 街の人なのにプリッチトマトを知っているとは結構な博識さんだ。そして、それほどまでにうちの野菜を欲している人がいると思えると誇らしく思える。


「お待たせしました。プリッチトマトのグラタンです」


 いつもよりも丁寧な口調と共に目の前に並べられるプリッチトマトのグラタン。


 お皿の上にはふんだんにチーズが乗せられており、それが熱でトロトロになっている。


 チーズはその熱さを物語るかのようにじゅうじゅうと音を上げて、湯気と濃厚な香りを振りまきます。


 中を切り開かずにこれだけの匂いだ。中を切り開けばどうなるか。


 私は期待感に喉の音を鳴らしながら、フォークを手に取った。


 そしてトロトロに溶けたチーズの層へとフォークを入れると、どろりと山が崩れ中から真っ赤なプリッチトマトが顔を出してきました。


 中にあるのはそれだけでなく、ジャガイモ、ブロッコリー、ニンジン、パスタといった様々なものも微かに見えている。


「とろっとろに焼いたチーズと焼いたプリッチトマト! これ絶対に美味しいよ!」


「もう食べよう! お姉ちゃん!」


「う、うん!」


 私とユウナは辛抱堪らなくなり、言葉も少な目でフォークを動かした。フォークを潜らせてプリッチトマトをすくい上げる。


 それだけで勝手にチーズも絡みついてき、私はチーズの糸を丁寧に切ってから口へと運ぶ。


「熱い! でも美味しい!」


 最初にやってきたのは濃厚なトマトの果汁の爆発。熱せられることによって甘みと酸味を増した果汁が噛むまでもなく弾けた。当然熱々なのでそれらも熱いのだが、まだ耐えられる範囲。


 私は口の中でコロコロと動かしながら、ゆっくりとチーズとの相性を味わう。


 濃厚なチーズと濃厚なトマトの組み合わせが凄くいい。トマトはチーズと相性がいいって知っていたけど、焼いたプリッチトマトは普通のトマト以上にチーズと合う。


「こんなに美味しいグラタンは初めて!」


 隣で食べるユウナも熱さに涙目になっているが、それでもフォークを進めている。


 熱くても次々と食べたくなる美味しさだもんね。


「濃厚なチーズと焼いたことで甘みを増したプリッチトマト。それらが合わさることで絶妙な味加減になっているな!」


 これにはお父さんも満足のようで、しきりに頷きながら食べている。


「トーリ君、ありがとう。うちの野菜をこんなに美味しくしてくれて」


「こちらこそ、いつも美味しい野菜をありがとう。また街にくることがあったら、いつでもご飯を食べにきてね」


「うん、ありがとう」


 私がお礼の言葉を言うと、トーリ君は他の客に呼ばれて注文を取りに行く。


 本当はもう少しゆっくりと話していたかったけど、トーリ君は仕事中だから仕方がない。


まだまだ私の家には、美味しく料理してもらいたい野菜がたくさんある。だから、また今度も野菜を持ってここに来ようと思う。


 朝早くに起きて、ここまで荷物を持ちながら歩くのは辛いけど、美味しい昼食というご褒美があれば頑張れるから。




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