農家姉妹
「ごめんくださーい」
宿屋の厨房で、いつものように早朝から朝食の仕込みを行っていると元気の良い少女の声が聞こえてきた。
「今の声はユウナちゃんじゃねえか? 見に行くぞ」
厨房の火を一旦消すと、僕と父さんは玄関へと移動する。
すると、そこには茶色の髪をサイドテールにした少女ユウナと、よく似た顔立ちのセミロングの少女エリーナがいた。
「あっ、おはようございます! アベルさん、トーリ君!」
「おっはよー! おじさん、トーリ!」
丁寧な口調の方が姉であるエリーナだ。
柔和な顔立ちをしており、話しているだけで柔らかい雰囲気になれる。僕と同じ十二歳だ。
一方姉と違って砕けた喋り方をして元気いっぱいなのが妹のユウナだ。姉とは対照的にハキハキしているのが特徴だ。こっちは二つ下の十歳。レティと同じ年だ。
「おう、おはよう。今日も野菜を卸しに来てくれたのか?」
「そうだよ! 父さんが中庭にリヤカー引っ張ってるから!」
ユウナが示す中庭には、色々な野菜を詰めたリヤカーを引っ張る男性、カールスさんの姿が。
「おお、カールス! 今日もいい野菜は採れたか?」
「ああ、今日も新鮮な野菜が一杯あるぜ」
そう、カールスさんの一家はルベラの街から少し離れた村に住む村人だ。普段は畑を耕した自給自足の生活をしているのだが、こうして新鮮な野菜が採れると宿屋に食材を持ってきてくれる。僕の宿屋の外部の仕入れ先だ。
「トーリ君は顔が眠そうだね? ちゃんと寝てる?」
「顔は洗ったのか?」
「きちんと眠ったし、顔も洗ったよ」
「そう、ならよかった」
僕が答えると、ほっとしたように胸を撫でるエリーナ。
無言でビンタして喝を入れてくる我が母とはえらい違いだ。
「そっちは眠くないの? 村からルベラまで結構かかるんだよね?」
「私達は慣れてるから大丈夫だよ。ただ暗いうちに起きるのは春でもちょっと寒いよね」
暗いうちって一体何時に起きているというのか……。
「……どれくらい時間かけて来てるの?」
「いつも夜明け前に出発してるから歩いて二時間くらい? だよねユウナ?」
「うん、帰りは荷物がないからもうちょっと早いけどね」
こんなに小さな少女が荷物を持って二時間歩いて街まできているのか。しかも、それを大した苦とも思ってもいない様子。やっぱりこの世界の子供は逞しいな。
「トーリも今度村に遊びにきなよ!」
ユウナが無邪気な笑顔を浮かべて誘ってくれるが、僕にはちょっと体力的にも精神的にも厳しい気がする。
「……うーん、仕事が落ち着いたら考えておくよ」
「仕事が落ち着いたらって、毎日宿屋やってるじゃん。いつなの?」
曖昧に笑って濁してみたが、ユウナは逃がしてくれない。
ずいっとこちらを見上げて尋ねてくる。
「まあ、おいおい?」
「おいおいっていつなの?」
「まあまあ、ユウナ。トーリ君も忙しいんだから無理を言ったらダメだよ」
僕が困っている様子を察してくれたのかエリーナがやんわりとユウナを止めてくれる。
さすがは心優しいエリーナだ。助かる。
「今日も色々な野菜を持ってきてくれたね」
僕は話の話題を変えるために持ってきてくれた野菜へと話をシフトさせる。
リヤカーの中にはキャベツ、レタス、アスパラガス、セロリ、ゴボウ、トマト、サヤエンドウなどと色とりどりの野菜がぎっしりと詰まっていた。
まだ土がついたやつもあり、今朝とったばかりの野菜なのだろう。
「ここにあるのもオススメなんだけど、今日は一押しの野菜があるんだ!」
エリーナはそう言うとリヤカーではなく、傍に置いてある鞄の中から小さな箱を取り出した。
蓋を開けるとクッション材としての木屑が敷き詰められており、それをどけると色鮮やかな丸い球体がいくつも顔を表した。
その球体の照りやきめ細やかさを見れば、プチトマトを彷彿とさせるが、それよりも形が少し尖っていて楕円形だ。
トマトならいくつもの種類を市場で見てきたけれど、これには少し見覚えがない。
「これは何のトマトなの? 市場でも見たことがないんだけど……」
「これはプリッチトマト。普通のトマトよりも皮が薄いせいで傷つきやすいから、ルベラの市場なんかでは回らないんだ。でも、焼いて食べると他のトマトよりも凄く甘いんだよ!」
「私達の村では結構皆作ってるけどね」
エリーナの台詞に付け加えるようにユウナが言う。
市場では安定した品質の食材を求められるからな。自然とこういった一癖のある食材は流通しにくくなるというわけか。
僕が知らないだけで、まだまだ身近には出回っていない食材がたくさんありそうだな。
「おいおい、カールス! あんなの作っていたのなら、うちに下ろしてくれよ!」
「さすがに店で出せるような量は無理だよ。ここにたどり着く前に潰れる。あれはエリーナがお前さんの家族に食べさせてあげたい一心で特別に持ってきたんだよ。娘の優しさに感謝しろ」
ここまで歩いて二時間はかかるって言っていたよな。
傷付きやすくて運ぶのが難しいというのに、エリーナはわざわざ僕達のために持ってくれたというのか。
「そんなに大変な物を持ってきてくれたんだね」
「うん、トーリの家族にはいつもお世話になっているしね! なによりこれの美味しさを知ってほしかったから」
優しい笑みを浮かべながら、心からそんな台詞を言うエリーナ。
なんという優しさだろうか。その微笑みが心が、僕の胸に染みて暖かくなるよ。
「カールス達はこれから市場に食材を卸しに行くんだろ? 昼はどうするんだ?」
僕がエリーナの優しさに心を打たれていると、父さんが傍にやってきて僕の肩に手を置く。
「ああ、いつも通りここで食べさせてもらおうと思っているけど?」
「だったら、このプリッチトマトを俺とトーリが美味しく料理して食べさせてやるよ! 楽しみにしてろよ!」
さり気なく僕まで混ぜられているけど、どうせ昼食の仕込みも僕がやるんだしいいか。
料理をして恩返ししてあげたいのは僕も同じだし。
「おじさん本当? 串焼きなら家でもよく食べるからいらないからね!」
「ああ、任せろ! 串焼き以外で食わせてやるよ!」
さすがは収穫して食べているだけあって、シンプルに美味しそうな食べ方を経験しているようだ。
焼いたら甘みが強くなるのか。一度は豪快に串焼きも食べてみたいな。
「まあ、そんな訳でお昼になったらまたおいで。これで料理を作ってみるから」
「ありがとう! じゃあ、お昼を楽しみにしてるね!」
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