冒険者はいつ働こうが自由
「……お金がないなぁ」
忙しい朝の時間帯が過ぎた食堂内で、ラルフがため息を吐いて呟いた。
ラルフやシーク、ヘルミナ以外は誰もが仕事に出ており食堂内には誰もいない。
ちょうど仕事も一段落ついて暇な僕は声をかけた。
「ラルフ達金欠なの?」
「ああ、そうだ。このままいけば次の宿の支払いがマズくなるほどに……」
「それは困ったね」
うちの宿代も払えないとなると、相当切羽詰まっている状況なのだろう。
「ラルフとシークが無駄にお金を使い込むからこうなるのよ」
「冒険者って意外と細々としたものでお金がなくなるしね」
「そうなのよ! 宿代に日々の食事代、武器や防具の手入れ、携帯食料、ポーション、傷薬や包帯……挙げればキリがないわね!」
自分の指を折り曲げながらかかる費用の名目を熱く語り出すヘルミナ。
どうやら一番に金欠という状況に頭を悩ましているのは、真面目なヘルミナのようだ。
「なのに、この二人ときたら深く考えもせずに予定金額を超過した買い物をしてくるのよ! 安いお肉を買ってって言ったのに、偶然見つけた高い魔物肉とか買ってくるし!」
「あれはしょうがねえよ! 滅多に手に入らねえキングフロッグの肉が市場にあったんだ! そりゃ、買うしかねえだろうが!?」
テーブルを叩きながら怒鳴り声を上げるヘルミナとラルフ。
「そういうのはお金がある時にっていつも言ってるでしょうが!」
「そ、その時にはもうあるかわからねえだろ!?」
「そんなもの諦めなさい! 巡り合わせが悪かったと思えばいいのよ!」
「目の前に美味い物があるっていうのに見過ごせねえよ!」
さっきまで冷静であったというのにあっという間にヒートアップしてしまった。
「まあ、ラルフが買い込んだのは三日前だからなぁ。またヘルミナの怒りに火が点いたんだろう」
「なにシークは関係ないみたいな面してんのよ! シークだって無駄に矢を買い込んだでしょ!? 密かに属性矢とか買い込んでいるの知っているんだからね!」
「あ、あれは凶暴な魔物に備えてのものであって、いつかはきっと役に立つ!」
「いつかっていつよ! 全然使わないじゃない!」
余裕の表情でいたシークだったが、実はこいつも財政を圧迫する張本人だったらしい。
パーティーの財布を管理するヘルミナも大変だな。
「俺達ばっか攻めるけどよ。ヘルミナだって魔石に使い込んでいるじゃねえか!」
「そうだそうだ!」
僕が心の中でヘルミナに同情していると、ラルフとシークがここぞとばかりに口を開く。
「何よ? 私に無駄な出費があるってわけ?」
ヘルミナは自らにやましい部分などあるまいと言い張る様に、毅然とした態度だ。
「ヘルミナっていつも後ろから魔法を放っているよな? 使うタイミングは多い時で一回の戦闘中に四回だ」
「そうだけど?」
「……その割に魔石の消耗が激しくねえか? そのペースでいけば、軽く二週間は保つだろうよ! なのにどうして一週間くらいで取り換えているんだよ!」
魔法使いは時に、魔物から取ることができる魔石のエネルギーを使って魔法を発動する。
そうすれば魔力の消費を極限に抑えながら魔法が発動できるからだ。
ヘルミナは魔法の使用回数が低いにも関わらずに、何故か魔石の消費が早い。
これは雲息が怪しくなってきた。
「うっ、いや、それは……」
シークの指摘にヘルミナが息を詰まらせて視線を泳がせる。
思わず手に抱えていた杖を背中に隠していたのはやましさの表れか……。
先程の堂々とした態度はどこに行ってしまったのやら。
「知ってるんだぞ! ヘルミナが夜中に魔石を利用して光魔法を使っていることを!」
「俺達が蝋燭台を節約してさっさと就寝するというのにお前は優雅に魔法を使って本を読んでいるな!」
「そ、それは魔法使いとしての魔法の勉強を……」
ラルフとシークの口から次々と所業を指摘する声が上がり、思わずヘルミナの声が萎んでいく。
そこに追い打ちとばかりにシークが一冊の本を手に掲げる。
「ほお? 魔法の勉強とはちょっとエッチな表現を含む恋愛小説を指すのかね?」
「ちょっ! なんでシークが持ってるのよ!? 私の部屋に勝手に入ったわね!?」
ヘルミナは顔を赤くし、目もくらむようなスピードでそれを回収した。
「失礼な。そんな事をすれば従業員に怒られるし、他の女性客にボコられるだろうが。お前が俺達の部屋に来た時に勝手に忘れていったんだよ」
「……もー、最悪」
どんな本を置くのも自由だけど、とりあえず過激な表現があるようだったらレティの目につかない場所にお願いします。
いや、レティや母さんからすればバレバレかもしれないけどね。いつも部屋の掃除をしていることだし。
「まあ、私は二人ほど衝動的に買い物はしないから! ちょっと魔石と本を買うくらいだし!」
「そのちょっとも俺達のちょっとも同じだろうが! トーリはどう思う?」
怒鳴り合う三人がそんな事を言いながら意見を求めてくるが、僕からすればどちらも五十歩百歩だ。
「どっちも同じようなものだと思うよ」
僕がきっぱりと告げると、三人はテーブルの上に力なく突っ伏した。
「原因を追究したことだし、これからはきちんと相談してから買うようにすればいいんじゃないの?」
金銭計画を突発的に狂わせるラルフとシーク。二人に内緒で魔石や本を買い込んでしまうヘルミナ。
パーティーのお金なのだから、それぞれがきちんと話し合って、使える物を買うべきだと思う。
僕が優しく諭すように言うと、テーブルに突っ伏したヘルミナやラルフ、シークが頭を掻きながら、
「まあ、それもそうね。私もきちんと二人に相談してから魔石や本を買えばよかったわ」
「俺もだな。これからはできるだけヘルミナに言われた物以外は買わないようにするぜ」
「俺ももう少し矢は丁寧に使って再利用することにするよ。それで属性矢も必要な時に必要な数だけ確保する。無暗に買い込んで貯めたりはしない」
うんうん、同じパーティーなのだから仲良く相談しながら行動しないとね。
「よっしゃ! お金もないことだし、これから討伐依頼を受けるか!」
「そうだな。次は節約することよりも稼ぐことを考えよう!」
「そうね。このままだと明日の夕食は保存食になっちゃうし!」
ヘルミナたちのパーティーの金銭事情は予想以上に深刻なようだが、この纏まりさえあれば依頼でお金を稼ぐことができるだろう。
彼女らのやる気に満ちた表情を見れば、それは一目瞭然だ。
僕は三人の作戦会議を邪魔しないようにそっとテーブルから離れる。
そして玄関口を見やると、空からポツリポツリと雨が降ってきた。
宿屋の前にある石畳の道がポツポツと色を変えて斑模様に。
そして雨は瞬く間に勢いを増して、土砂降りとなった。
「きゃー! 凄い雨!」
「これじゃ、洗濯は無理ね」
中庭で洗濯物を干していたレティと母さんが、洗濯物を手に持ちながら駆け込んでくる。
あっという間に凄い雨になったな。
これから依頼を受けようと息巻いていたヘルミナ達は、この土砂降りの中は依頼を受けにいかないといけないのか。大変だな。
そう思っていると、どこか死んだ表情でヘルミナ達が玄関口にやってくる。
それからボーっと空を眺めて、
「今日の依頼は中止よ」
「雨で風邪でも引いてしまったら大変だ」
「明日稼げば問題ねえさ」
そう呟くと、三人は顔を見合わせてこくりと頷く。
それからさっきと同じように三人共テーブルに突っ伏した。
「トーリ、私甘い物が食べたーい」
「俺達は適当につまめる物な」
まあ、冒険者はいつ働くのもそれぞれの自由だしな。
少し心配になるけど、きちんと明日は働くよね?
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