ハンバーグサンド
「ほら、トーリ起きろ」
聞き覚えのある声と共に身体を揺らされて、僕は目を覚ます。
視界には野性味のある父さんの顔がアップで写っていた。魔道ランプで室内を照らしているせいか、彫りのある顔立ちに絶妙な陰影をみせる。
「うわっ! 出た!」
「誰が出ただ。ほら、さっさと起きろ」
父さんに頭を軽く叩かれながら、僕は視線を窓へと向ける。
そこには光を受けて明るく輝くカーテンの姿はない。というか室内は依然として暗いままではっきり言うと夜だ。
朝早い宿屋の息子が起きるにしろ、早すぎる時間帯だ。
「父さん、まだ早いよ?」
「……今日は弁当売りだから早く起きろって言ったよな?」
「お、おお。そういえばそんな事を昨日言っていた気がする……」
釘を刺すように言われたけど、眠ったら綺麗に忘れていた。というか目覚まし時計もないこの世界で、そんな風に急に早起きするのは無理だと思うんだ。
「はぁ……とりあえず着替えたら、さっさと厨房に降りてこい。ランプはここに置いておいてやるから」
「はーい」
ここで二度寝とかしたら、今度こそ怒られるんだろうな。
二度寝は至福だからやっておきたいんだけど、それは洒落にならないよな? いや、でも、こうやって寝転んで微睡むくらいなら父さんも許してくれ――。
「二度寝すんなよ」
などと考えていると、下に降りたと思っていた父さんが梯子からこちらを覗いていた。
じっとりとした不気味な視線が妙に怖い。
「はい」
僕は即座に返事をすると、ベッドから降りて着替えを始めた。
◆
「今日はトーリに馬車の待合所で弁当を売ってもらう。せっかくだし、トーリも一種類弁当を作れ!」
厨房に降りるなり、唐突に父さんからそう告げられた。
「食材は何でもいいの?」
「銅貨三枚の値段で収まるのであれば、ここにある食材を使っていいぞ!」
うちの弁当は高くて銅貨三枚だからな。基本的にはこれを下回る値段で提供できるように料理を作れということか。
それならちょうど昨日ラルフから催促されたことだし、ハンバーグでも作ってあげるか。
いつ作っていいという約束はしたものの、こういうのは早めに済ましてしまった方がいいだろうし。
そう決めた僕は、早速料理にとりかかる。
タマネギをみじん切りにして、少しの油を入れたフライパンで熱していく。
水分が抜けて茶色くなってきたら、一先ず器に移して粗熱を取る。
それが終わると、次はエイグファングの肉の余りを手に取る。
こいつの美味しさは昨日知ったので、どうせならこれを挽き肉にしてあげよう。
そう思った僕はエイグファングの肉を包丁で叩いてミンチにしていく。
トントントンとリズミカルな包丁の音が、静かな厨房に響いていく。
「……あれか。この間も作っていたハンバーグとやらか」
「そうだよ」
僕が取り掛かる料理に納得いったのか、父さんも他の弁当の料理に入るようだ。
その間、僕はひたすらにエイグファングの肉を叩いて細かくしていく。
その末にどこか味のある挽き肉が完成すると、早速それに塩胡椒を加えて混ぜていく。
粘りが出るようになれば冷ましたタマネギ、卵を加えて均等に混ぜる。
タネの基本ができると、ハンバーグを手でこねてしっかりと空気を抜いてあげる。
この時に空気を抜いてやると、後でひび割れにくくなるのでポイントだ。
分厚くなり過ぎないように調整して作ったら、早速フライパンに投入だ。
真ん中を少し凹ましつつ、強火で焼いていく。
それぞれの表面に十分な火が通ったら火を弱めて、フライパンに蓋をしてじっくりと蒸し焼きにしていく。
ハンバーグに火が通るのを待っていると、実に美味しそうな香りがしてきた。
蓋を開けて確認すると、中までしっかりと火が通った様子なので火から下ろす。
それからキャベツを千切りにし、ハンバーグと一緒に肉汁を絡めながら食パンで挟めば完成だな。
あとは弁当に入れやすいように切って、詰めてやれば問題ない。
「おっ、できたのか。一つくれよ」
僕がハンバーグサンドを詰めやすいように切っていると、父さんがひょいと掴んだ。
そして口の中に放り込むなり、父さんはカッと目を見開いた。
「うおっ! パンと合うな!」
どれ、朝食もまだなことだし僕も味見をしてみるか。
驚く父さんをよそに僕もハンバーグサンドを口に運ぶ。
濃厚な肉の味がするエイグファングのハンバーグが美味しい。単品で食べれば味が強いハンバーグだが、柔らかな食パンと千切りキャベツが見事に肉汁を受け止めており、ほどよく中和してくれている。
「……これ、もっと時間を置いたらパンが肉汁を吸収して美味くなるんじゃねえか?」
「父さんも気付いた? そう、これは冷めても美味しい。いや、むしろ時間を置いた方が美味しくなる組み合わせなんだよ」
カツサンドとかと一緒だ。濃厚な肉汁のソースがパンとキャベツに染み込んだ方がより美味しくなる。そんな一品だ。
最初に食べてそれに気付いてしまうとは、さすがは父さんだ。
「……これならうちの弁当として出しても問題ないな。よし、もっと作れ!」
◆
朝から大量のハンバーグサンドを作った僕は、ルベラの街の南側にある荷馬車の待合所である広場に来ていた。
広場では今日も荷馬車がたくさん並んでおり、あちこちの村や街へと人や荷物を運ぶために準備している。
人々はそれに乗じてお金を払い、目的の場所へと向かうのだ。
そして僕はその人や、よそからやってくる人を目当てにお弁当を売るというわけだ。
「あっ、トーリもお弁当を売りにきたの?」
今日はどこでお弁当を売ろうかと考えていると、アイラが声をかけてきた。
その姿は甲子園の売り子のように蓋のない箱を抱えて肩から下げている。所謂番重を持っているようなスタイルだ。
弁当を木箱で詰めていちいち売るのが面倒臭かったので、僕がやってみたらあっという間に浸透してしまったものだ。
今ではここに弁当を売りにきている人々は皆このスタイルだ。
何かファンタジー感漂う異世界に、昭和のようなスタイルを浸透させてしまったようで少し申し訳なく思う。
「そうだよ。今日は父さんが、僕も弁当を一つ作れとか言ってきたせいで早起きだよ」
「トーリが弁当を作ったの? どんなの?」
「ハンバーグサンドだよ」
「はんばーぐサンド? サンドイッチみたいなものかしら?」
僕が言うと、アイラが首を傾げて言う。
「あれ? アイラにはハンバーグを食べさせたことがなかったっけ?」
「トーリの手料理なんてほとんど食べたことないわよ」
ああ、そうか。レティや母さんは食べてくれることがあるから、アイラも食べたことがあると思っていた。
「そっちは何のお弁当?」
「ブラックバッファローの肉を使ったサンドイッチ。まあ、昨日の余りね。日持ちと腹持ちを考えればパンと一緒に食べようってなるのは当たり前よね」
お客さんからすれば、どこもかしこもサンドイッチでつまらなく思ってしまうかもしれないが、そこは個人の工夫でどうにかするしかないな。
「ねえ、お互いのお弁当を一つ交換しましょうよ」
「いいね。僕、ブラックバッファローの肉が食べたいと思っていたんだ」
「一応聞くけど、はんばーぐってどんな料理なの?」
「肉を細かくミンチにして、味を調えながら手でこねて焼いた肉料理だよ」
僕がハンバーグがどんなものか説明すると、アイラが表情を険しくしていく。
「……それ大丈夫なの? ちゃんと売り物の領域というか、料理としての域にあるわよね?」
「失礼な。きちんと父さんのお墨付きも貰っているよ」
「そ、そう。ならいいけど……」
半信半疑といった表情でお弁当の交換をするアイラ。
自分から言っておきながら、その顔はないと思いますが……。
なんてことを思っていると、アイラは早速弁当を開けだした。
アイラは弁当を開くと、疑うような目つきでハンバーグサンドを見つめる。
「見た目はよくある肉を挟んだサンドね。香りは意外といい」
そのような感想を漏らすと、アイラは一つのハンバーグサンドを手で掴んで口へと運んだ。
「えっ! なにこれ!? 柔らかくて美味しい!?」
「ふふふ、でしょう? さらに肉汁とソースがパンとキャベツに染み込んでいるのがいいよね」
僕が自慢げに語る中、アイラははむはむとハンバーグサンドを食べ進める。
気に入ってくれて嬉しいのだが、アイラ自身は弁当を売らなくていいのだろうか。
「はんばーぐサンドって何だ? 聞いたことがないんだが?」
僕がそんな事を思っていると、剣を背負った冒険者風の男性が声をかけてきた。
どうやら僕達の会話を小耳に挟んでやってきたらしい。
「やめときなさいよ。サンドイッチなんてパンに具材を挟んだだけでしょ?」
「それなら自分で好きな具材を買って、現地で作った方がよくないか? 自分好みで安く作れるだろ?」
「あーわかる。店とかで買うと嫌いな食材挟まっていたり、微妙な組み合わせが混ざっていたりするのよね」
僕が説明しようとすると、仲間である女性と男性が口を開いてそんな事を言う。
まあ、気持ちはわからないでもないな。仲間の女性と男性が言ったのも真実の一部なわけであるし。
「でも、僕のハンバーグサンドはそれらの意見を打ち破るほどの美味しさがあると思うよ」
「ほう、それほど自信があるのなら買っていこう。いくらだい?」
「銅貨三枚だよ」
僕がそう言うと、男性は財布から銅貨を三枚差し出してくる。
僕はそれを受け取り、番重の端に置いておく。
「ありがとうございます」
「サンドイッチは人の数だけたくさんの種類が生まれる。だから俺は人が作ったサンドイッチが大好きでね。街に入った時、出る時は必ずこうしてサンドイッチを買うようにしているんだ」
「今は出る時なの?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ、お弁当を食べて気に入ってくれたら、今度来た時にうちの宿屋に泊まっていってくださいね」
「ああ、念のために君がいる宿屋の名前を聞いておこう」
「鳥の宿り木亭だよ」
「わかった。美味しかったら次は泊るとしよう」
冒険者のお兄さんはそう答えると、仲間を引き連れて颯爽と馬車に乗っていった。
そして夕方頃。
いつものように夕食の仕込みをしていると、騒がしくやってくる一団があった。
「いたぞ! 今朝の弁当売りの少年だ!」
「あれ? 朝に弁当を買ってくれた冒険者さん。どうしたの? 街を出たはずじゃ……」
「はんばーぐサンドとやらが美味すぎて途中で引き返してきた!」
首を傾げながら言うと、冒険者のお兄さんは堂々と告げた。
えー、まさか午前中ずっと馬車に揺られて目的地に向かっていたというのに、僕のお弁当を食べたからわざわざ引き返してきたっていうの?
「凄い美味しさだったわ! あれは料理人じゃないと作れない味よ!」
「そうだ! あんなの現地じゃ作れない!」
どこかサンドイッチに対して、否定的だったお仲間も食べたのか意見がひっくり返っている。そんなに気に入ってしまったのか。
「トーリの料理を気に入ってわざわざ来てくれたんだ。これは仕込みの料理を追加しねえといけねえな」
「えー、ハンバーグを作るのも飽きたんだけどー」
これをきっかけに、彼らはもうしばらくこの街で活動することにしたようだ。
弁当の値段修正しました