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見習い演劇女優

 

 レティに父さんが果物を渡して満足させてやると、僕達は厨房へと移動して夕食の仕込みへと取り掛かる。


 今日買ってきた市場の野菜、キノコ、肉の下処理だ。


 エイグファングの肉の捌き方を父さんに見せてもらいながら、僕は野菜を切ってクリームシチューを作っていく。


 いつもなら鶏肉を入れたりするのだが、今日はエイグファングの肉があるために父さんが捌いたものをどっさりと入れてしまう。


 エイグファングの肉の旨味が溶け出したせいだろうか、厨房内に濃厚なシチューの旨そうな匂いが漂っていく。


「むっ! これはエイグファングの肉ではないか!?」


 それらは早速帰ってきたばかりのミハエルに察知されてしまったらしい。慌てて母さんに問い詰めるミハエルの姿が伺えた。


「わー! いい匂い!」


「おっ、シチューか!」


「この匂いは肉もあるな!」


 ミハエルだけでなく、冒険者のヘルミナやシーク、ラルフといったメンバーもちょうど帰ってきたようだ。


「私、アベルさんのシチュー大好きなのよね!」


「最近はアベルさんじゃなくてトーリが作っているらしいぜ?」


「えっ、本当?」


 ヘルミナが厨房口を覗いてきたので、僕は軽く笑って手を振ってあげる。


「本当だ。トーリが作っているわね」


「というかアベルさんが切ってるどでかい肉は何だ?」


「……魔物の肉じゃねえか?」


 賑やかな声と視線を感じながらも僕はシチューを煮込み、父さんはカブとキノコのスープ。エイグファングの肉を使った料理などを仕上げていく。


 夕方になると宿のお客がたくさん戻って来るからな。


 夜には多くの者が酒を飲むために食事量もかなり増える。これくらいのメニューじゃあっという間に食い尽くされてしまうからな。もっともっと料理を作らなければいけない。


「トーリ、カブとキノコのスープも煮込んどいてくれ」


「はいよ」


 とうとう父さんはスープの全てを僕に丸投げしたようだ。


 僕は二つの巨大鍋と火加減を見ながらボーっとし、時折父さんの料理を手伝う。


 そんな事をずーっとやっていると、徐々に空の景色が茜色に変化してきた。


 それが過ぎると仕事の終わった街人が一気に押し寄せてくる。


 未だに厨房から出ていないので、よく様子はわからないが食堂から聞こえる大勢の声やレティや母さんの案内の声を聞けば、満員に近いことは想像できるな。


「シエラさん! エール五つ!」


「こっちのテーブルには六つだ!」


「はいよ!」


 エールだけで十一個だ。それを客が頻繁にお代わりしてくるのだから、朝と昼とは忙しさが段違いになる。


 こうして母さんがエールをつぎに行っている間に、レティは他の客の注文に掴まったり、食事メニューについての質問を受けていたりした。


 僕はそれを厨房口から大変そうだなーと眺めていると、レティが慌ててこちらにやってきた。


「お父さん! もう料理とか出せる!?」


「おう! 出せるぞ! ただエイグファングのステーキは火を通すのに時間がかかるから、それだけは注意してもらってくれ! 量も限りがあるし、早めにな!」


「わかった!」


 父さんの言葉を聞いて、レティが食堂の方へと戻っていく。


「料理の注文を受け付けます! エイグファングの肉は調理するのに時間がかかりますし、量も限りあるので早めにお願いします!」


「「いよっしゃああああああああああ! 飯だ!」」


 レティの声を聞いて、客が野太い声を上げて合唱する。


「……あいつらもう酔ってるんじゃねえか?」 


「料理を待っている間、ずっとエールばかり呑んでいたからね」


 適当なツマミを食べさせていたけど、エールばかりハイペースで呑んでいたら酔っぱらうよね。


「……レティは大丈夫だろうか? 酔った奴がちょっかいかけないか心配だ」


 まあ、レティは十歳の少女だしな。酒の入った男達の注文を受けさせるには少し心もとないな。


「でも、そろそろリコッタがくる時間じゃない?」


「そうだな。彼女がこればレティを厨房に下げて、トーリと交代することができる」


「ちょっと、僕はどうなってもいいの?」


「誰がトーリに手を出すんだよ」


 それが最善だとわかってはいるが、可愛い長男をもう少し気遣ってほしいと僕は思う。


「すいません、遅れました!」


 僕と父さんがそんな言い合いをしていると、入り口から走って厨房口へとやってくる女性。


 赤い髪をセミロングで切り揃えており、肌は小麦色の焼けており健康的だ。


「はぁ、はぁ、劇団の練習が長引いてしまって……」


「構わねえから、奥の控室で着替えてきてくれ。レティを厨房に下げたいんだ」


「はい!」


 父さんにそう言われて、リコッタは急いで控室へと移動する。


「着替え終わりました!」


「相変わらず早いね」


 三十秒も経っていないというのに、リコッタはうちの宿屋のウエイトレス姿に着替えていた。


「劇団で早着替えは必須の技能だからね!」


 そう、彼女は演劇女優を目指している。日中は演劇団での稽古などをしており、こうして夕方になると忙しいうちのウエイトレスとして働いてくれるのだ。


「よし、じゃあ、二人共食堂の方へと行ってくれ。トーリはレティと交代だ」


「はい!」


「はーい」


 厨房でスープ注いだりしている方が楽だったので、ずっと厨房にいたかったな。


「レティ、交代だよ」


「わかった! 奥から二番目とそこのテーブルが注文待ちだから行ってきて!」


 レティはついでとばかりにテーブルにある空いた皿を下げると、的確に僕への仕事を振ってくれた。


「私が奥のテーブルに向かうね!」


 リコッタが片方を受け持ってくれたので、僕は近い方のテーブルへと向かう。


「ご注文をお伺いしまーす」


「何だぁ? レティちゃんはどこに行ったんだ?」 


「厨房だけど?」


「どうせ注文するなら可愛い店員がよかったぜ」


 僕がやってきたのが面白くないのか、途端にため息を吐く男性二人。


「まあまあ、レティが厨房に入ったってことは、これから料理を頼めばレティの手料理が食べられるってことだよ? そう思えば、そっちも悪くないと思わない?」


「……それもそうだな。アベルのオヤジが注いだスープよりも、可愛いレティちゃんに注がれたスープの方が美味しいに決まってるもんな!」


「おい、トーリ! レティちゃんのスープ一つだ!」


「そんなスープはないけど、カブとキノコのスープとエイグファングのクリームシチューならあるよ」


「じゃあ、それでいい!」


「はいはーい」


 レティも多少の料理は作れるけど、そこまで美味くはない。作ったのもほとんど僕だが、お客にはレティが注いだという事実さえあれば、より美味しく感じられるしいいだろう。


「シエラさーん、エール四つ追加で!」


「わかったわ!」


 僕が注文を厨房に伝えて、料理を運んでいるとリコッタがエールを入れている母さんに追加の注文を伝える。


 普段から演劇をやっているお陰か、騒がしい食堂内であってもリコッタの声はとてもよく通るな。声量の小さい僕にはできない真似なので羨ましいな。


 リコッタは手慣れた動きで厨房口から料理を受け取り、男達が座った卓やテーブルに流れるように料理を置いていく。その際に愛想のいい笑顔を浮かべるのも忘れはしない。


 そしてリコッタがテーブルから去るのに合わせて、男達がそのお尻へと手を伸ばすが、リコッタは華麗に腕を避けて、その手に持ったお盆で男達の頭頂部を叩いた。


「痛え!」


「どうなってるんだ? すぐ近くを通ったよな? ふっと消えたぞ?」


 さすがはリコッタ。ああいう客の対処方法も手慣れているな。




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『魔物喰らいの冒険者』

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