買い物の終わり
野菜やキノコ類の勉強が終わると、父さんは目星をつけた食材を買い込んだ。
それから父さんは、それぞれの店の店主や農家などと食材に関しての談義をし始めた。
チラリと見てみると、そこには当然のようにハルトも混ざっている。
「このトマトなんかは焼いた方が美味い。加熱することで甘みが増すんだ。チーズと野菜とパスタなんかと一緒に入れてグラタンにすると堪らん」
「おお、そうか! 早速今日のまかないで使ってみることにするぜ」
どうやら本日のまかないはグラタンらしい。
話を聞く限り、結構美味しそうなので楽しみだな。
「ねえ、トーリ。ちょっと、付いてきてくれる? 私の方も野菜は買ったけど、調味料とか果物はまだだから」
「そうだね。あっちは長くなりそうだし、アイラの買い物も済ませちゃおうか」
僕は父さんに一言告げてから、アイラと共に行動をする。
必要な野菜は買ったようなので、後は調味料や果物を買うとのことだ。
それほど時間のかかるものではないな。
「すいません。砂糖をもらえますか?」
「この革袋の量で銀貨三枚だよ」
この世界での調味料は少し割高だ。だが、前世のように金と同じ価値があるといえるほど貴重ではない。
高品質な真っ白な砂糖ではないが、僕達庶民でも十分に変える値段だ。
勿論、違う国でしか手に入らないものや希少な物はバカ高いけどね。
「中を確認してもいいですか?」
「お嬢ちゃん、歳の割にしっかりしているね」
稀にではあるが、砂糖や塩といった調味料は混ざりものがある時がある。
こういう市場では滅多にないが、裏路地辺りで売られているものは混ざりものが多い。
中を確認せずに買ったら、中身は違うものだった。上部分だけが本物で下部分はほとんど砂だったという話もよく聞く。
こういう市場に出店している店は、勿論そんな事はしないだろうが何事も確認は大事だ。
庶民でも買える値段とはいえ、割高なのは確かなのだし。
「はい、問題ありません。ありがとうございます」
きちんと中身を確かめたアイラは、銀貨三枚を店主に差し出した。
店主は中身を確認された事を気にもせずに「毎度!」と笑顔で受け取った。
「さて、後は果物だけだね」
「そうね」
僕とアイラは移動し、アイラは買うべき果物を眺めている。
その間に僕は向かい側にある魔道具屋があったので、興味本位に覗いてみた。
魔道具とは魔法使いによって、魔法の力が込められた道具のことである。
魔物から取ることのできる魔石をエネルギー源にして、そこに魔法使いが魔法文字を描いてやることで魔法的な現象を引き起こせるとっても便利な道具だ。
水を出す、火を起こすといった単純な仕組みなものはまだ庶民でも手に入る値段だ。
だが、攻撃的な魔法を発するものや、防御魔法を構築する複雑なものなどはかなりお高い。
安いもので金貨五十枚以上はするらしいので、僕のような庶民には一生縁のない代物だ。
まあ、僕は戦いたいわけでもない。のんびりと宿屋で働きながら楽しく過ごせればそれでいいので問題ない。
だけど、そんな僕にも欲しい魔道具はある。
それは長時間熱を発することができる魔道具や、温風または冷風を出せる魔道具だ。
これさえ、あれば暑い夏や寒い冬だってのんびりと過ごすことができるのだ。
特に冬なんかは壁が薄く、暖炉もない屋根裏部屋で寝るのは結構厳しいからな。
ぜひとも暖房効果のある魔道具を手に入れたいところだ。
僕は店に並べられた魔道具をチラリと並べる。
温風を出せる魔道具。金貨六十枚。
冷風を出せる魔道具。金貨七十枚。
しかも、これに付属品として大きな魔石が必要になると、さらに金額は増える……。
とてもじゃないけど、うちで買える値段のものではないな。
「まーた、魔道具見てるの?」
値段を考えてため息を吐いていると、買い物を終えたのかアイラがやってきた。
「そうだよ。この温風を出せる魔道具と冷風を出せる魔道具が欲しくてね」
僕がそう言いながら指さすと、アイラは値段を見てすぐに顔をしかめた。
「そんな高いものを私達が買えるわけないじゃない。そういうのはお金持ちの商人や貴族様が買う物よ」
「だけど、これさえあればもっと快適な睡眠ができるんだよ。暑い夏は冷風で部屋を涼しく。寒い夏は温風によって部屋を暖かく……っ!」
「トーリってば、変なところで拘るわよね」
僕が熱く語ると、アイラが微妙な表情でこちらを見る。
不便さも慣れれば平気だが、出来れば贅沢に過ごしたいと思うのが人間の心。
「快適なのんびりライフを過ごすためにも、やっぱり魔道具は欲しいよ」
人生に潤いを持たせるのに目標を持つことは悪いことではない。
この魔道具を買う事を目標に僕は頑張ろう。
勿論、前世のような働き方はしない。
今世ではのんびりと働いてお金を稼ぐのだ。
悲しい事にそんな普通の事が前世ではできなくなっているが、あらゆる事が大雑把なこの世界では何とでもなるというものだ。
そう、今回はほどほどに働いて、のんびりと幸せに生きる。
それが大前提だからな。
「……そう、じゃあまずはそのための一歩として果物屋に向かうべきね」
「どうして?」
のんびりライフと果物。どうすれば話が通じるのだろうか。
僕が怪訝な表情で見ると、アイラが呆れた表情をする。
「レティへのお土産。アベルさん、食材の話に熱中してすっかり忘れているわよ」
「……あっ」
僕も忘れていた。
このまま宿屋に帰っていたら、レティは不機嫌になり僕も困っていたところだ。
僕は魔道具屋を出て、急いでレティの好きな果物を買う。
快適な生活をするためにも、家族との約束を守ることも大事だからな。僕が約束したことではないんだけど、フォローはしておこう。
◆
「それじゃあ、私は帰るから! 夜も頑張るのよトーリ!」
「はいはい、気を付けてね」
買い出しを終えた僕と父さんはアイラを見送る。
「いやー、アイラも可愛くなったなー」
「そうだね」
人混みに消えていくアイラを見送りながら、父さんの言葉に同意する。
すると、父さんは僕の脇腹を小突きながら声を潜めて。
「……トーリ的にはどうなんだ?」
「どうとはどういうこと?」
さっき父さんの言葉に同意して可愛いって言ったじゃないか。
「むー、察しの悪い奴め。アイラを好きになったりしないのか?」
「えー、そうは言われても……」
確かにアイラは可愛いし、一緒にいても落ち着くけど、前世の影響かこの年齢でそういう事を考える気にならないんだよね。
「お前ももう十二歳だ。そろそろそういう恋の一つや二つがあってもいい歳だろ?」
そう、この世界では十六歳が成人年齢だ。
となると僕は前世でいう高校生近くの立場というわけだ。
父さんが恋愛について心配するのも当然の時期である。
だけど、僕としては家庭を持つことよりも、もっとのんびり働きながら楽しく過ごしていたいというのが本音である。
こんな事を父さんに言ったら怒られそうだから言わないけど。
「というか恋が二つあることはよろしくないと思うけど?」
「はっ、何言ってんだ。俺が若い時には大勢の女に言い寄られたもので――」
「そのことは母さんも知ってるの?」
「おいちょっと待て! 男と男の会話を女に漏らすとかなしだろ!?」
そんな感じに適当に話題を逸らしつつ、僕と父さんは宿屋に戻った。
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