八百屋の息子
アイラと雑談をしながら見ていると、肉のカットが終わったらしく父さんがお金を払って大きな革袋を受け取っていた。
「次は野菜とキノコだな」
肉屋での買い物が終わるとカルロに手を振って、次は野菜売り場の方へと向かう。
こちらもこちらで、前世でもおなじみの食材から、この世界特有のものまでたくさん並んでいる。木箱に詰められた野菜はどれも青々としていて、とても瑞々しいものばかりだ。
野菜を目にした父さんは、瞳を厳しくしながら野菜を手に取って吟味し始める。
少しでも新鮮そうな野菜を手に入れようとしているのだろう。
「トーリ、アイラ、こっちとこっちのキャロルはどっちが新鮮だと思う?」
僕とアイラがぼんやりと他の野菜を眺めていると、父さんが聞いてきた。
父さんが見せてきたのはキャロルという野菜。キャベツと似たような食材であるが、色は紫だし、葉っぱも柔らかいこの世界ならではの野菜だ。
「根元を見せて」
「ほらよ」
僕がそう言うと、父さんがニヤリと笑いながら裏側にある根元を見せてくれる。
根元部分を見ると、右側が白っぽく左側は少し灰色っぽい。
「僕から見て右側のキャロルの方が新鮮だね」
「私もそう思う!」
「正解だ!」
僕とレティがそう答えた瞬間、割り込むように声が響いた。
視線を向ければそこには黒髪に眼鏡をかけた真面目そうな少年が、エプロンを付けて立っている。
「キャロルは根元の部分が白いほど甘い! 確かめる時はこうやって根元を見るのが一番だ。葉っぱが反り返っていたり、黒い斑点があるものは古かったりするから気をつけるんだぞ!」
息もつかぬ怒涛の勢いでキャロルについて説明しだしたのは、ハルト。
八百屋の息子であり、カルロと同じく同年代の友達だ。
「お、おう。俺が言おうとしたことは全部言われたな」
たまに父さんは、僕の目利きや知識を確かめるために聞いてくることがある。
こうして市場にくるのはただの荷物持ちだけではなく、勉強も兼ねているっていうことだ。
もっとも今回はハルトに全て解説されてしまったが。
「じゃあ、次だ。こっちのカブはどういうのが新鮮だ?」
「肌がきめ細やかでひび割れがなくつやつやしているもの。なおかつ、葉っぱは小ぶりものの方が柔らかくて美味しい!」
僕とアイラが答えようとしたのだが、ハルトに全部言われてしまった。
「お、おう、完璧な回答だと思うが、今はトーリとアイラに答えさせようとしたんだが……」
「すいません! 野菜の特性を聞かれると反射的に答えてしまうんです!」
「まあ、お前の両親はそういう風に教育していたもんな」
ハルトの両親はこういう質問をして、幼い頃からハルトに野菜の知識を仕込んでいたらしいからな。まあ、こうなるのも仕方がないのかな? いや、この家系が変態的なだけだと思うな。
「よし、じゃあ次の問いだ。ハルトは口を出すなよ?」
「……はい」
父さんが釘を刺すと露骨に残念そうにするハルト。
こいつこういう野菜とか食材の問いかけ好きだもんな。
「こっちのキノコの違いはわかるか?」
今度父さんが示したのは、木箱いっぱいに詰められた白いキノコだ。
初めて見るキノコだな。店でも使ったことのないキノコだ。
「え? ここにあるのって一種類じゃないの?」
「いーや、二種類だ。中央から右と左側で種類が違う」
「嘘!? 全部同じように見えるんだけど!?」
「はは、マルクも数の多いキノコ類は教え切れてないようだな」
僕とアイラの反応が面白いのか、父さんがそう言って笑う。
「ふぐー! ふぐー!」
その横ではハルトが口を出そうとして、父さんに口を塞がれていた。
ハルトにはどうやらわかるらしい。凄く言いたそうにしている。
とはいえ、僕もこの世界にある不思議な食材を考察する時間は好きなので、大人しくしてもらおう。
んー……形状は普通のキノコそのものだな。カサが大きかったり、丸かったりしてるわけでもない。目立ったガラもないからすぐに違いがわからないな。
「あっ、これとかちょっと色が灰色っぽくない?」
「えー? 影のせいでそう見えるだけじゃないの?」
「そんなことはないわよ」
「でも、これとか凄く白いけど、少しだけ灰色が混ざってるやつもある。色は見分けるポイントとしては曖昧じゃない?」
「あ、本当だ」
同じものでも微妙に色が濃いとか薄いというのはよくあることだ。
「そうだな。見分けるポイントは色じゃないな」
となると、見た目ではないのかもしれない。
「ちゃんとよく見ろ! 二人共! 食材に失礼だろ! 裏の――ふごっ!?」
「お前は黙ってろ」
ハルトが何かを叫ぼうとしたが、父さんがアイアンクローをすることで強制的に黙らされた。
「ちょっと触ってみてもいい?」
「ふごっ、ふごっ」
僕が尋ねると、ハルトは痛みに堪えながら頷いた。
許可を得た僕とアイラは右側と左側のキノコを一つずつ手に取って、感触を確かめてみる。
触った感触はどちらも同じでツルツルとしたものだ。
どちらに明確な違いがあるとは思えない。それはツバやツカの部分も同じだ。
全然わからないぞ。
アイラも同じ風に思ったのか、しきりに両方を見比べながら首を傾げている。
「わからないか。なら、しょうがないな」
「二人共、裏のひだをちゃんと見ろ!」
父さんが勿体ぶったように息を吐くと、アイアンクローを食らっているはずのハルトが叫んだ。
それを聞いた僕とアイラは、カサの裏にあるひだを見てみる。
「ヒダのラインが微妙に斜めになっているのがホワイトキノコ。真っ直ぐになっているのがプリムキノコだ!」
「えー! なにそれ!? 微妙過ぎるわよ!」
「……そう言われてみれば、ヒダのラインが微妙に違う気がする」
言われてみればの話で、本当に微妙にだ。
ちょっとした個性や癖なのではないかと思ってしまうような微妙な差。
「うーん、知識として知っていても見分けるのは難しそうね」
「下手をすると毒と間違えそう」
「フッ、この俺がいる限り店に毒キノコなど並べるものか!」
僕が呟くと、ハルトが自信満々というか気迫のこもった表情で言い放った。
その台詞だけ聞いていると正義のヒーローみたいで少しカッコいい。ただの八百屋の息子だけど。
「ははは、それもそうだな。店にはハルトがいるから安心だな」
「ああ、だから野菜やキノコを買う時はうちの店で買え」
そして最後には自分の店のアピールまでするとは、相変わらず商魂たくましい。
「まったくお前は、俺が言う事を全部言いやがって」
「申し訳ない! だが、反省はしていない!」
父親としての矜持を示す機会がなかったからか、父さんがどこか拗ねたように言う。
しかし、ハルトはそれを気にした風もなく、晴れやかな表情だった。
まあ、こいつが食材知識バカというのは皆が知っているしな。
いいなと思って頂ければ、ブックマーク、感想、下部より評価をお願いいたします。励みになります。