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海が見える部屋  作者: 岸田龍庵
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2−3

 海が専門の絵描き。


 そりゃそういう絵描きさんはいるんだろうが、実物を、実際の風景を見なくても欠ける物なのだろうか?

 こうなってくると絵に(うと)い僕には全くわからない話になってくる。



「海は大好き。何も言うことないもの。良く、遊びに行ったりするんだ」

「良く、なんてモンじゃないわよ」嵐山京子が割って入った。

「私なんか夜中にたたき起されるのよ、広海に。海に行こうって。コンビニ行くんじゃないんだから。勘弁してほしいんだけど」と、沖田広海の顔を見た。

 沖田広海は首をすくめた。




「でも、海ってイイよね」そしてぽつりと言った。

「飽きないもん。一日中見てても飽きないもの。広くて、青くて、のんびりしてて、風が強くて、(しお)の匂いがして、臭くて、(まぶし)しくて、いくら見てても飽きないもの。

 もし、海が干上がっちゃたらどうしよう」

 沖田広海の妙に真剣な言葉に、嵐山京子と近藤春人はゲラゲラ笑った。酔っ払っているからか、くだらないことでも十分におかしいようだ。

「海が干上がる前に私たちの方が生きちゃいないわよ」笑いながら嵐山京子は言った。

「ま、そうなんだけどね」

「本当に、海が好きなんだね」

「うん。今でも、すぐに描けるよ。海の絵ならね」



「へえ」そうなのか、何もなくても海の絵は描けるのか。



「じゃあさ、今描いてよ。この間は途中で警察が着ちゃったから、全部描いてもらえなかったから。今、描けるんだったら描いてよ」僕は何気なしに言った。

 沖田広海と嵐山京子はそろって僕を見ていた。二人の視線が僕の視界に入ってくる。

「よしっ」沖田広海は指を鳴らした。「描いてあげる」言うなり立ち上がった。

「私の部屋に行こう。それが一番」




「酔ってるでしょ、広海?」

「酔ってるよ」

 なんて会話をしている二人の後を僕は歩いた。沖田広海の黒髪と嵐山京子の赤毛が楽しそうに僕の家の前を歩いている。

 二階に続く外階段を登ると部屋はすぐ目の前にあった。

「さ、入った入った」

 近藤春人は沖田広海の部屋に入った。入るとそこはキッチンになっていた。



 不思議な気分だった。

 今は沖田広海の部屋は、その昔は近藤の部屋だった。両親が十何年か前に改築してアパートとして貸し出した。それ以来、近藤は自分の家の二階に足を踏み入れたことはなかった。

 十何年振りかに入る自分の部屋だった場所は明らかに他人の家、違う暮らしの匂いがする部屋になっていた。

 沖田広海と嵐山京子は、キッチンの奥の部屋に消えた。見慣れないキッチンを一通り見回すと、近藤は沖田広海と嵐山京子のあとを追った。



 沖田広海の部屋。そこは絵の壁に囲まれた部屋だった。家具は椅子しかない。

 窓と畳以外の場所は壁ではなく絵に変わっていた。異なったサイズの、縦描きの、横描きの絵が、壁を作っていた。絵の壁紙。壁は絵に(おお)われていた。

 その絵はみんな「海の絵」だった。昼間の、朝焼けの、夕陽の夜の、凪の、時化の、遠浅の、どれも海の、海を描いた絵だった。

 海を望む、海を眺めたような、海が見える絵。海の絵に囲まれた中に、沖田広海の部屋はあった。

 そして極め付けは天井だった。ちょうど天井の大きさに描かれた大きな海の絵が張りつけてあった。部屋中が徹底した海が見える部屋だった。


 それにしてもこの臭い。


「匂い」じゃなくて「臭い」だ。

 なんちゅうか、古くなったテンプラのカスをかき集めたみたいな、ゴムのような。絵の具の臭いなんだろうが、ちょっと僕の周りにはない種類の臭いだ。

 飾られている絵の数もすごいが、それにも増して臭いもすごい。思わず鼻をつまみたくなるような臭いだ。

「広海、窓開けなさいよ。窓」嵐山京子は言った。

「ああ、そうかそうか」沖田広海は自分の部屋の窓を開けた。風が入ってくる。雨に濡れた夜の風が部屋の臭いを消して行く。

「さ、どうぞ」沖田広海は改まって「大屋さんにどうぞって言うのも何かヘンね」自分の部屋に招いてくれた。



 僕は、部屋に入った。そして見回す。足もとと窓以外はすべて絵に囲まれている部屋の中央に僕は立っていた。

 海の絵の中で一枚だけ良く覚えている絵を見つけた。

「あの絵」僕は夕焼けの海の絵を見た。

「うん、あの絵よ」沖田広海は言った。「二億の絵ね」

「広海の絵で一番人気の絵ね。いくらお金を積まれても売らない絵でしょ」付け加えたのは友人の嵐山京子だった。

「そう、売らない絵」沖田広海はスケッチブックを開いていた。

「ちなみにね。これがこの前、描いていた絵よ」そういって広げたスケッチブックを僕に見せた。

「なにこれ?」言ったのは嵐山京子だった。

読了ありがとうございました。

まだ続きます

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