2−2
「カンパーイ」
近藤春人と、沖田広海と、その友人が座った居酒屋は客が少なかった。
三人はそれぞれビールのジョッキを空けて行く。テーブルは次々に運ばれてくる料理の皿で一杯になった。
沖田広海とその友人は料理を手当しだい、猛烈な勢いで食べていた。僕はお腹いっぱいで食べれないからちょうどいいや。
それにしても良く食うな。最初に頼んだ分の皿は空だ。食べ物がなくなって、沖田広海とその友人の注意が、向かいに座っている近藤春人に向いた。
「え~と」沖田広海は目をキョロキョロさせた。「まだ、紹介してなかったね」
紹介された近藤は頭を下げて挨拶をした。
「わたしの友達の嵐山京子。高校からの友達で、大学も一緒」沖田広海は慌てて友達を紹介した。紹介された沖田広海の友達の嵐山京子は軽く頭を下げた。近藤も頭を下げた。
「近藤春人です。ビデオテープの販売の仕事をしています」僕は名刺を出した。二人は、僕の名刺をとって、それを見ていた。
「ビデオって、エッチなの?」沖田広海の友達の方、嵐山京子の方が聞いてきた。
初対面で失礼なヤツだ、と思った。が、この手の質問は誰でもしてくる。何回も聞かれた。エッチなビデオ売っているのか。俺にもエロビデオ、それも裏のやつを回してくれって。
「違うよ。業務用のビデオテープ。プロの人間が使うテープ」
「ふ~ん」嵐山京子は僕の名刺をひっくり返したりして「そうなんだ」
「毎日、毎日、テープを納品しに行くんだ。こーんなでかい箱でね」僕は両手を広げた。「重いんだこれが」
「だから、力持ちなんだ」沖田広海は楽しそうに言った。
「彼ねえスゴイんだよ。絵を入れてある箱あるでしょ木の箱。アレをすっと持ち上げて走って逃げてくれたの」そうだった。僕はそんなこともしたのだ。警察から逃げる時に、そんな事をやったんだっけ。でも、そのあと・・・。
「殴られたんだよね、確か・・・」僕は右の頬を指さした。
「そうだ・・・」沖田広海は「しまった」みたいな顔をしていた。
僕たちのやりとりと嵐山京子は不思議そうな顔で見ていた。
沖田広海は、僕との出会いのいきさつ、僕が絵に値段を付けたこと、警察に追われて逃げたこと、絵が入った箱を落としてしまったことなどを話した。
「ダメじゃないお客さん殴っちゃ」嵐山京子は沖田広海をこづいた。「それで、いくらの値がついたの?」
「二億四千万」沖田広海は言った。
「二億四千万!」嵐山京子は驚いた。
「そう、二億四千万」
「二億四千万の瞳!」
「ヒロミ・オキタじゃなくて、ヒロミ・ゴウってところね」
二人は、声を立てて笑った。
「ウソにしたって二億はスゴイわ。良かったじゃない。またファンが増えたじゃない」
「ファン?」
ファンとは僕のことか?
「そう、ヒロミの絵って結構ファンが多かったりするのよ。ちっちゃい子供とか、老人ホームの人たちとかにね」
ふ〜ん。あんな道端商売でも人気があるんだ。
「ねえ、せっかく新しいファンが出来たんだから、彼に絵でも描いてあげたらどう」嵐山京子は言った。
「そう!」沖田広海は叫んだ。「忘れてた。描きかけだったのよ。途中で警察が来て、描けなくなっちゃったの」
そんな事もやったな。モデルをやらされたんだ。僕の似顔絵を描いてくれるとかいうので。
「でも、描いていたのは、この人じゃないんでしょ」
嵐山京子の言葉に、沖田広海はこっくりと頷いた。
僕は二人を代わる代わる見た。
言っている事が良くわからない。
「変わってるでしょ、広海って目の前にあるものを描けないのよ。絵描きなのに」嵐山京子は言った。
目の前にあるものを描けない絵描き?それを絵描きというのだろうか?
そういえば、あの場所にいたギャラリーはみんな僕の顔を不思議そうに見ていた。「モデル」と「描いていた絵」が全然違うものだったからみんなヘンな顔で僕を見ていたのか。ということは、僕はいなくても良いモデルだったってことなのか。
「それじゃ、あの時、描いていたのは」
「ぜーんぜん違う絵だったの。ゴメンね騙して」沖田広海は言った。
「じゃあ、なんの絵、描いてたんだ?」
「もちろん、海の絵よ、海の絵。広海は海が専門の絵描きなの」言ったのは沖田広海の友人、嵐山だった。
読了ありがとうございました。
まだ続きます。