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海が見える部屋  作者: 岸田龍庵
5/28

2−1

 梅雨に入っていた。今は小雨だった。

 夜十時過ぎの阿佐ヶ谷駅を降りる人間はまばらで、小雨の中、足早に駅を離れていく。

 大勢の帰宅者に混じって近藤春人は改札を出た。

 角を曲がるとすぐに家が見えてくる。近藤の家の前に車が停まっていた。黒のベンツ。車の前に人影が二つ見えた。

 困るんだよね。人んちの前に車止められると。別に具体的に何に困るかってことはないが。ただ、やっぱり停められちゃ困る。なにせオレんちだからね。



「あのさ」僕は車の前にいる二人組の女に言った。「ヒトんちの前に車、停めないでくれるかな」

 二人とも、びっくりしたように僕を見た。

 一人は、ベンツの持ち主だろう。ベンツに見合った服を着ている。赤い髪に黒のコートが似合っている。もう一人は、カーキーのトレンチがあまり似合っていない黒髪の女の子だった。

「これ、違います。ウチらの車じゃないです」車の持ち主っぽい方が言った。

「あ?」トレンチの方が僕を指さしている。「見たことある」みたいな顔をしている。

 しかし、当の近藤は相手が誰なのか分からなかった。

 言われてみると見覚えがある。どこで会ったのだろう?思い出せない。

 会社の人間でもないし、取引先の人間にはいないタイプに見える。誰だろう?僕が思い出すよりも先に、カーキートレンチの女の方が先に思い出したらしい。



「覚えてる。原宿の、ほら道端のお店で絵を売っていた・・・」先にトレンチの方が言った。

 原宿の?道端?

 思い出した。冬の原宿、表参道。絵の店の女の子。警察に追われて、表参道を走って、殴られた、あの女の子。

「絵を売っていた、君か」名前は聞いたような聞かないような。

「そう、絵を売っていた君よ」女の子は言った。「久しぶり、二億四千万円のお客さん」思い出した。僕があのときに、夕陽の海の絵に付けた値段だ。

「偶然だね。どうしたのこんなところで」驚いた。たった一日、それも街中で、ほんの少し喋っただけなのに、こんな所で会うなんて。

「どうしたもこうしたも。私のアパートここだもの」女の子が指さした建物は、僕の家だった。

「へ?」びっくりした。「ここ、俺の家だよ」



「じゃあ、お隣りさんってこと」女の子は言った。

「いや、俺んちは一階」

「じゃあ、大屋さん?大家の近藤さん?」

「まあ、大家は俺の親父だけどね」

「あらま」彼女は目を丸くした。それから深く頭を下げた。

「二階を借りています。沖田広海です」そして頭をあげた。そう、沖田広海。そういう名前だ。確か、広い海って字を書くんじゃなかったっけ。

「近藤春人です。よろしく」

 なんという偶然。住む家が一階と二階だったとは。

「ねえ、立ち話もなんだし」もう一人の女が割り込んできた。「広海の部屋で話の続きしない?何の話か知らないけど」女は言った。

「私の部屋?」



 私の部屋?ということは沖田広海の部屋、ということはつまりは女の子の部屋だ。それも一人暮らしの女の子の部屋。



「ダメよダメ。散らかってるし、それに何でわたしの部屋なのよ。ダメダメ。絶対ダメだからね」

 そりゃそうだろうな。女の子同士ならともかく、男が一人でもいれば話は違う。それに僕たちは、そんなに知り合いでもない。

「でも、雨降ってるよ」確かに。小雨だが雨は降っていた。

「じゃあ、飲み行こうよ」言ったのは沖田広海だった。

「これから?」

「飲みに行こうよ。それで決定」と、勝手に決定されてしまった。

「それじゃ、十分後にここに集合。それでいいよね?大家さん、近藤さん」僕は、勢いに押されて、首を縦に振ってしまった。

「ねえ広海?この人、大屋さんなんだっけ」

「そうだよ、大屋さんの近藤さん」

「じゃあ、車置いていいですよね?」

 赤毛の女は停まっている黒いベンツを指さした。

読了ありがとうございました。

まだ続きます。

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