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「ゴメン。ほんとに、ゴメン」
竹下通りの路地の自販機の前に近藤は座っていた。沖田広海は近藤に謝っていた。両手を合わせて。
「もう怒ってないから、謝らなくていいよ。それにしても、効いたよ君のパンチ。アゴがしびれた」近藤は沖田広海に殴られたアゴをさすった。
沖田広海は近藤の隣に座り込んだ。
「疲れた」
近藤は自販機でコーラとコーヒーを買うと、コーラを沖田広海に渡した。缶ジュースを受け取る沖田広海の手が震えていた。
「むちゃくちゃだよ。あんな重たい物、女の子が持てるわけないじゃん」
「警察がいたから。焦っていたのかな」ジュースを飲みながら沖田広海は小首をかしげた。
「いつも、こんな感じなの?」
「まあね」
「一人じゃ大変だね」
「慣れればね」
とても慣れているように見えなかったが。
「聞いてもいいかな」近藤は切り出した。
「どうして絵、売るの?」
その質問に沖田広海は、まじまじと近藤を見た。
「どうして?」
「うん、あんな大変なのに、わざわざ売りに来ることないじゃん」
「だって、たくさんの人に見てもらいたいからよ。それで売れれば言うことないもん」
「でも、絵なんて一人で描いてて、一人で楽しめればいいんじゃないの。芸術家なんてみんなそうじゃん。訳のわからん絵描いていればさ、それだけで十分みたいなところ、あるじゃん」
多分、僕の率直な意見だった。僕の何気ない一言だった。少なくとも僕はそう思った。
「ガン」と音がした。ジュースの缶がゴミ箱の中に叩きつけられていた。
沖田広海は立ち上がっていた。
近藤は何が起こったのか分からなかった。見ると、沖田広海の怒った横顔があった。
「私、帰る」沖田広海は短く言った。
「ここまで運んでくれてありがとう。あとは一人で持てるから」そういって沖田広海はズルズルと絵の入った木の箱を引きずり出した。
「一人で運べるって言ったって・・・」引きずってるじゃないか。どうしたんだ急に。近藤春人は手伝おうして後を追った。
「ついてこないで、仲間と待ち合わせしてるから」沖田広海は近藤に背を向けたまま言うと、竹下通りの人込みの中に消えていった。
訳がわからないまま、近藤はしばらく沖田広海の背中を追っていた。やがてそれは見えなくなった。沖田広海は消えてしまった。
こういうのを「キツネにつままれた」というのか。近藤春人はわけのわからないまま竹下通りを歩き始めた。すれ違う人込みの中を歩いている間に、近藤は沖田広海のことを考えなくなった。
帰りの電車に乗った時にはもうすでに沖田広海のことも、今日の出来事のほとんど忘れていた。
読了ありがとうございました。
まだ続きます。