表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海が見える部屋  作者: 岸田龍庵
3/28

1−3

 沖田広海は、喋りながらスケッチブックに「絵」を描き始めた。中腰で、左腕でスケッチブックを抱えてペンを走らせている。



 沖田広海の視線が、モデルとスケッチブックの間を行き来する。

 モデルの近藤は、沖田広海の視線よりも、通行人の視線の方が気になっていた。

 絵の値段のやり取りをしていた時には意識しなかったギャラリーの視線。その視線の行方が見える。自分に注がれているのかが。だから気になっていた。


 沖田広海が絵を描くこと、およそ十五分が過ぎた。


 モデルの近藤春人はその様子を見ている。小さく、大きく、細かく、大胆に走るペンの動きは、止まらなかった。

 モデルの近藤は、まったく動かなかった。いや、動けなかった。目線のやり場にも困っていた。スケッチブックとモデルの顔を行き来する沖田広海の目が、近藤を捉えていた。


 沖田広海の店先にはギャラリーが集まってきた。ギャラリーが沖田広海の背中を取り囲んでいた。

 男も女も若者も年寄りも日本人も外国人も、男連れも女連れも親子も沖田広海の描く絵を見ていた。

 客の誰もが、描き上がっていく絵とモデルを見比べ、不思議そうに首を傾げていた。ギャラリーのおかしな様子は固まっているモデルの近藤にも見て取れた。



 なにがおかしいのかな?オレの顔に何かついてるのか?そりゃ、もっとまとな顔に生まれてくりゃよかったけど、あいにくオレはこんな顔だ。でも、そんなに変な顔かオレは。何かヘンなのか?



 沖田広海は急に立ち上がった。目が険しい。その視線はモデルの近藤を見てはいなかった。

「ゴメン、今日はおしまい。お客さん、どいて」沖田広海は、近藤を押し退けた。

 木の箱をひっくり返すと、その中に商品の絵を片付け始めた。慎重に一枚一枚片付けて行く。

 ほっとした。モデルから解放されて。それにしても、なんか慌ただしい。何が起こったんだ。

「何か・・・マズイの?」とても聞けるような状況じゃない感じがした。それでも聞いてみた。

「警察よ警察」沖田広海はあごで、示して見せた。

 彼女があごをしゃくった方を見た。道路を挟んだ反対側の歩道に、警官の姿がある。

 何やら他の店の人間にあれこれ言っている。隣の店の人間も、店をたたみ始めている。



「見廻りみたいだね」

「許可書、持ってないのよ」

「許可書?」

「こういう所で道端でお店出す時は、なんか許可取らないとダメみたいなの。それがないの」

「それで逃げるの?」

「そういうこと。家出少女に間違えられたらイヤだし」沖田広海は、すべての商品を片付けると木の箱の閉じた。

「お客さん、それじゃゴメンね」彼女は大きな木の箱を持ち上げようとした。両手いっぱい広げてもギリギリ届くくらいの大きな箱。

 そりゃそうだ。なんせ、バカでかい、かさばる絵が入っているんだ。おまけに持ち手もない。箱だって重そうだ。女の子が持てるわけがない。

 そうはいっても警察は待っちゃくれない。急いで逃げないと。なんだオレまで焦ってくる。さて、オレはどうしたものか。


 さあ、どうしようか・・・。


「どいて」お客の近藤は沖田広海をどかせた。箱の前にしゃがんみ、両手を箱にまわして力を入れる。

 結構重い、どころじゃない。

 持てるか。持つしかない。それこそ引っ込みがつかない。踏んばった。こういうのは一気に行かないと。踏んばった。持ち上がった。重い。とっても重い。

 近藤は一気呵成に木箱を持ち上げた。



「お待たせ」声を出すのもツライ。

 沖田広海は、箱が持ち上がったのを見ると走り出した。

 僕たちは走った。駆け降りる。表参道を。とてもキツイ。後ろは?追ってくるのか。赤信号だ。渡れない。どうする?


「こっち!」彼女が振り返った。左か?


 沖田広海と、近藤は表参道から明治通りに入った。二人が通った後を通行人が振り返る。だが、二人の後に追っ手の姿はない。

 沖田広海は、時折後ろを振り返った。箱を抱える近藤の向こうの様子を伺う。警官の姿はない。顔を真っ赤に染めた近藤がついてくるだけだった。

 沖田と近藤は、明治通りから竹下通りに入った。表参道よりも道幅が狭いからか通行人の多い。二人は通行人をかき分けて行く。



 もう限界だ。足が追いつかない。腕もしびれてきた。



「あっ!」足がもつれた次の瞬間。飛んでいた。

 近藤春人の両足が重なっていた。木の箱を持ったまま、地面と体が水平になった。それでも近藤は木の箱を持っていた。

 沖田広海は振り返って、木の箱に飛びついた。沖田広海の手が箱に届くと、二人は両側から箱をもったまま、落ちた。

 竹下通りに人の輪が出来ていた。

 木の箱を中心に寝そべった沖田広海と、近藤は見物人に囲まれていた。

 木の箱しか見えない。箱から手を離して起き上がった。正面に女の子が見えた。ええと、誰だっけ。

「ガン!」耳で、そんな音が聞こえた。アゴがしびれている。何が起こったんだ?

「大事に扱ってよね。壊れたらどうすんの!」

 近藤の目に女の顔と、握り拳が見えた。

読了ありがとうございました。

まだ続きます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ